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「奥様、工事の様子を見に行かれてはいかがでしょうか。」
受け取った報告書に目を通していた私に、リンダが声を掛けた。
「気になるけれど…お邪魔ではないかしら?」
「大丈夫でございますよ。ルーカスから許可ももらっておりますから。今から一緒に行ってみませんか?」
「それなら行ってみようかしら。」
リンダが事前に許可を取ってくれていたのならと、いったん報告書を机に置いて席を立った。
着工してから数日しかたっていないが、どのくらい出来上がっているのだろうか。
「最近は物資の手配などで気を張っていらっしゃいましたよね。たまにはこういった息抜きも必要ですよ。」
「リンダ、気遣ってくれてありがとう。」
想像以上に私は周囲に心配をかけているらしい。
先日、レーヌからも無理をするなと言われたばかりだったことを思い出した。
表に出していないつもりだったが、隠しきれていなかったようだと反省した。
フェリクスを抱き上げ、リンダの案内で警備兵と共に工事中の部屋へと向かう。
部屋の中では数人の職人と下働きが忙しそうに動き回っていた。
入室すると、皆の動きが止まってしまった。
やはり来てはいけなかっただろうか…
私がそう思った次の瞬間、先日打ち合わせをした男性が近寄ってきた。
この男性がこの場の監督者なのだろう。
「奥様、見に来ていただきありがとうございます。工事は順調に進んでおりますよ。」
「邪魔してしまったかしら。私は端の方にいるから、気にせず作業を続けて。」
「いえ、とんでもございません。作業を進めさせていただきます。」
私の言葉を受け、監督者の男性が職人に声を掛けて作業を再開した。
私は職人たちの邪魔にならないように部屋の隅へ寄った。
軽快な音と共に、フェリクスの遊び場が少しずつできていく様は見ていて気持ちがいい。
資材は部屋の一番大きな窓から搬入されていた。
しばらくその作業を観察していたところ、窓枠をやたらと触って確認している男性がいるのが気になった。
「あれは何をしているのかしら?窓枠に何かあるのかしら?」
「聞いてみましょうか。」
私が窓枠を触る男性を指さし、リンダに疑問を投げかける。
すると、リンダがすぐにその男性のもとへ聞きに行ってくれた。
「どうして、窓枠を気にされているのですか?」
リンダに声を掛けられ、男性は慌てた様子で振り返った。
「いえ、あの、窓枠に木材をぶつけてしまいまして。傷がついていないか確認しておりました。申し訳ございません。」
頭を下げる男性の言葉を聞いて、なるほどと納得した。
公爵邸に傷をつけたとなれば、たとえ窓枠でも大事になりそうだ。
「それで、傷はあったのですか?」
「い、いえ、ございませんでした。ですが、私の不注意でご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。」
リンダの追及にしどろもどろになりながらも謝罪する男性が少しかわいそうになってきた。
「リンダ、もういいわ。傷はついていなかったようだし。」
私がリンダに近づくとフェリクスが私の腕から抜け出して、その男性に飛び掛かった。
「あ!だめよ、フェリクス!」
「痛っ!」
咄嗟に手を伸ばすが、すでにフェリクスがその男性の頬に爪を立てたところだった。
私はフェリクスを無理やり手元に戻すが、フェリクスは毛を逆立てて威嚇を続けていた。
「ごめんなさい。普段はそんなことないのだけれど…」
「いえ、お気になさらず。昔から動物には嫌われやすい体質でして…」
私が詫びると、その男性は苦笑いをしながら頬に布を押し当てた。
「どうかなさいましたか?」
私たちの騒ぎに気づいた監督者の男性がこちらに近づいてくる。
「私の猫がこちらの男性の頬を傷つけてしまって。手当してあげてくださる?これ以上は邪魔になりそうだから、失礼するわ。」
「わかりました。この者のことはお気になさらないでください。またいつでも見にいらしてくださいね。」
監督者の男性が人好きするような笑みを浮かべながら頭を下げた。
「ありがとう。リンダ、行きましょう。」
「承知いたしました。」
私はフェリクスをなだめながら、リンダを伴って自室へ戻った。
部屋に入ったとたん、機嫌を直したフェリクスが私にすり寄ってきた。
先ほどは何だったのだろうか?
「フェリクス、何もしていない人を傷つけてはだめよ。わかった?」
フェリクスを叱ってみるが、理解してくれてはいないようだった。
―――――
その日の夕食時、食卓で食事をしていた私の耳に馬の駆ける音がかすかに聞こえた。
ダグラス様からの伝令かもしれない。
「レーヌ、馬が駆ける音がしたわ。確認してきて。」
私はいてもたってもいられず、レーヌに指示を出す。
「かしこまりました。」
レーヌは一言そう返すと、すぐに部屋から出て行った。
食事が喉を通らず、一度手を止める。
しばらくすると、ルーカスの走る足音が聞こえてきた。
嫌な予感に、体が震える。
「奥様、旦那様から伝令です。この手紙を奥様にと…!」
「ありがとう。すぐ確認するわ。」
部屋に飛び込んできたルーカスから手紙を受け取る。
封を開けようとするが指先が震えてしまい、うまく開けられない。
焦る気持ちを落ち着けて、なんとか封を開けた私は手紙の内容に目を通した。
手紙を読み終えた私は食事を中断し、自室にルーカスを連れて戻った。
「ここなら防音がしっかりしているわ。」
「何か重要なことが書かれていたのですか?」
私が口を開くと、ルーカスが緊張した面持ちで尋ねてきた。
「ええ。開戦が間近に迫っているそうよ。正確な日付まではまだ特定されていないようだけれど、ベスティア帝国軍の動きが活発になっていることを受けて、そう判断されたみたい。」
私が手紙の内容を説明すると、ルーカスが息をのんだ。
部屋の隅に控えていたレーヌもガタッと物音を立てた。
きっと動揺したのだろう。
私も手の震えが止まらない。
「伝令を届けてくれた方はまだいらっしゃる?」
「ええ、馬を交換している頃だと思います。」
私の突然の質問にルーカスが答えてくれた。
「では、少しの間引き留めてもらえるかしら。ダグラス様への手紙とお守りを送りたいの。」
私はそう言いながら、数日前から用意していた手作りのお守りを机の引き出しから出して見せた。
「かしこまりました!急げば間に合うはずです。」
そう言うとルーカスが部屋を飛び出していった。
ルーカスが出て行ったのを確認して、私は机に向かい便せんに筆を走らせる。
とにかく無事を祈り、こちらは心配いらないことを伝えなくては。
字が乱れてしまったが、なんとか手紙を書き上げた。
そして便せんとお守りを封筒に入れ、封をする。
このお守りには、ダグラス様の勝利を願う月桂樹と家紋を刺繍していた。
ダグラス様の支えになってねと、封筒越しにお守りに念を込めた。
「レーヌ、これをルーカスのもとへ届けて。」
「すぐに行ってまいります。」
私から手紙を受け取ったレーヌも部屋を飛び出す。
これできっとダグラス様に届くはずだ。
深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着ける。
窓辺へ移動し、北東を見つめた。
目を凝らしても、ダグラス様がいる場所は当然見えなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




