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夕食の時間はあっという間に過ぎ、ダグラス様は準備のために自身の部屋へと戻ってしまった。
私も自室へといったん下がり、出発の時を待った。
部屋へ戻った私はソファに座り、ダグラス様にいただいたペンダントをそっと服の中から取り出した。
初めての街歩きでいただいたこのペンダントは今でも私の宝物だ。
ペンダントを握りしめ、ダグラス様の無事を祈る。
そんな私にレーヌがそっとハンカチを差し出してきた。
「奥様…涙がこぼれております。」
確認すると確かに涙が静かに流れ落ちていた。
「気がつかなかったわ。ありがとう。」
私はレーヌからハンカチを受け取り、涙を優しく拭う。
「泣き顔で送り出したくないわ。泣いていたことは誰にも内緒にしていてね。」
「かしこまりました。誰にも言いません。」
私がそう頼むと、レーヌは微笑みながら頷いてくれた。
「ありがとう。」
そう言った次の瞬間、部屋の扉が叩かれた。
「奥様、リンダでございます。旦那様の準備が整いましたので、これより出立されるそうでございます。」
その言葉を聞いて慌てて部屋を飛び出し、玄関ホールへ向かう。
玄関ホールに到着すると、ダグラス様とルーカスが何やら真剣な表情で話し込んでいた。
私は少し離れた場所で声を掛けるタイミングを探していた。
「ここから北東にある砦に入る。何かあればそこに伝令を出してくれ。公爵家の軍も動かすことになるが、半分はここに残していく。ここの守りはルーカスに任せたぞ。」
「心得ております。奥様の安全はお任せください。」
「ああ。頼んだ。」
私はダグラス様とルーカスの会話に耳を傾けながら、ダグラス様が向かう場所を改めて確認した。
ルーカスと話し終わったダグラス様がこちらを向く。
「ラナ、待たせたな。なるべく早く終わらせるつもりだが、いつ帰れるかは約束できない。私が飛翔できさえすればやつらの手の内を把握し、ひと月もかからずに終わらせることもできるだろうが…今はそんなことを言っている場合ではないな。不安にさせて申し訳ないが、家を頼む。何かあればルーカスやリンダを頼るといい。」
そう言いながらダグラス様が私を抱き寄せた。
夕食前に抱きしめられた時とは違い、涙がこぼれそうだった。
今泣いてはいけない。
私は目を瞬かせて涙がこぼれそうになるのを必死に我慢した。
「はい、お任せください。ダグラス様のご無事をお祈りしております。私にできることはあるでしょうか?」
表情を隠すため、ダグラス様の胸に顔を隠す。
少し震えた声にどうか気づかないでと、強く願った。
「物資の手配など後方支援をお願いすることになるだろう。そして…手紙を書いてはくれないだろうか?返事を書くことは約束できないが必ず読む。」
「必ず、必ず書きます。後方支援もお任せください。」
私の言葉にダグラス様が腕に力を込めた。
「旦那様、そろそろ出発しませんと…」
「そうだな。もう行かなければ。」
ルーカスの言葉に、ダグラス様が私から体を離した。
空いた距離に胸が締め付けられる。
それでも私は歯を食いしばって微笑んで見せた。
「ダグラス様、ご武運をお祈り申し上げます。ルーカスやリンダがいてくれるのでこちらのことは心配無用です。いってらっしゃいませ。」
「ああ、いってくる。」
ダグラス様が私の頭をひと撫でした。
ああ、もう行ってしまうのね。
私はその背を見送ることしかできない。
玄関ホールを出たダグラス様を追って私も外へ出た。
ダグラス様は用意されていた馬にまたがると、兵を率いて駆けて行ってしまった。
その姿が見えなくなるまで、その場を動くことができなかった。
―――――
翌朝、私は久しぶりに自室の寝台で目を覚ました。
昨夜はダグラス様のことを考えて、なかなか眠ることができなかった。
それなのに、今朝は日が昇る前に目が覚めてしまった。
公爵邸に来たばかりのころも、こうやって早くに目が覚めてしまっていたっけ…
そのときは、いつ追い出されるのかという恐怖が大きかった。
でも今は、ダグラス様に何かあったらと思う恐怖が大きい。
ダグラス様と出会って一年も経っていないのに、私も随分と変わったようだ。
耳を澄ませると使用人たちが動く音が聞こえた。
いつも通りの日常にダグラス様だけがいない。
そのことがこんなにつらいなんて…
私は膝を抱え込み、目を閉じる。
しばらくするとレーヌが部屋に入ってきた。
「奥様、起きていらしたのですね。昨夜は眠れませんでしたか?」
「いえ、大丈夫。少し早く目が覚めてしまっただけよ。」
心配そうにのぞき込んでくるレーヌから視線を逸らしてしまった。
「そうでございますか。奥様が倒れては皆、心配いたします。ご無理はなさいませんようお願いいたします。」
「わかっているわ。心配してくれてありがとう。」
私がそう言って微笑むと、レーヌも少し肩の力を抜いたようだった。
朝食を終えた私は、昨日延期になった内装業者との打ち合わせをするために応接室へ向かった。
応接室へ到着するとすでにルーカスが内装業者と思われる初老の男性と話をしていた。
「遅れてごめんなさいね。そちらの方は…?」
ルーカスと男性が立ち上がり、私を迎えてくれた。
「奥様、こちらが今回の工事を請け負う内装業者でございます。先代の時代からのお付き合いで、腕は確かですので、ご安心ください。」
「この度はお声掛けいただきありがとうございます。しっかりと務めさせていただきます。」
ルーカスに紹介された男性は私に深々と頭を下げた。
「よろしくお願いするわね。座って話しましょう。早速相談なのだけど――」
私が着席し、話し出す。
するとルーカスと男性も着席して、真剣に話を聞いてくれた。
私が要望を伝えると男性が次々と新しい提案をしてくれる。
その案に対して、さらに私やルーカスが意見を言った。
それを繰り返すうちにどんどん完成形が見えてきた。
その上、男性は手元の用紙にさらさらと図面を描き起こしてくれる。
公爵家と古くからの付き合いというだけあって、柱の位置や窓の位置まで熟知しているようだった。
ルーカスが腕は確かだと言った通り、想像以上の出来上がりになりそうだ。
「ありがとう。では、それでお願いするわ。」
出来上がった図面を確認し、工事を発注した。
「かしこまりました。では、資材の準備が整い次第、着工いたします。遅くとも三日後には作業を開始できるかと思います。」
「では、あとはわたくしにお任せください。」
男性の言葉を受けて、ルーカスが言葉を続けた。
「ええ。楽しみにしているわ。」
私はそう言いながら席を立ち、応接室を後にした。
―――――
業者との打ち合わせから二日後、私のもとにルーカスから着工の知らせが届いた。
自室のソファに座り、フェリクスの腹を撫でる。
数日前にダグラス様と笑い合っていたのに…
ここ数日は何を考えていても、最終的にダグラス様に思考が飛んでしまう。
部屋に閉じこもっていては頭がおかしくなってしまいそうだった。
「気分転換に庭園に出てもいいかしら?」
「ええ。大丈夫でございますよ。今から行かれますか?」
傍で待機してくれているレーヌに確認すると、すぐに許可が下りた。
「そうね。今から行くわ。」
「では警備の者を手配いたしますので、少々お待ちください。」
レーヌはそう言うと、部屋の外で待機する使用人に指示を出す。
ダグラス様が屋敷からいなくなった後、私の傍には常に警備兵が配置されるようになった。
こうして敷地内を歩くだけでも、大人数での移動となってしまっていた。
必要なことだとわかってはいるが、毎度私のために人員を割かせてしまい申し訳ない。
「準備ができました。」
しばらく待つとレーヌに声を掛けられた。
私はフェリクスを抱き上げると、庭園へと向かうため部屋を出た。
庭園では色とりどりの花が私を迎えてくれた。
でも、どうしても花よりも執務室の窓に視線が向いてしまう。
執務室に人影はない。
本当にダグラス様は行ってしまわれたのね…
そこまで考えて私は庭園の花に視線を戻した。
ふと目に留まったのは黄色のスイセン。
張り裂けそうな胸の痛みをごまかすように、その花に顔を寄せて香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。




