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翌朝、いつも通りダグラス様と他愛ない会話を楽しみながら朝食の時間を過ごしていた。
その時ふと、玄関付近が騒がしくなったことに気がついた。
「ダグラス様、玄関付近が騒がしいようですが…」
私が異変をダグラス様に伝えようとした次の瞬間、慌てた様子のルーカスが朝食の席へ飛び込んできた。
「お食事中に申し訳ありません。先ほど、大旦那様より早馬で伝令が届きました。東の国境で動きがあったとのことでございます。急ぎ、執務室へお越しください。」
いつになく焦っている様子のルーカスに、私は言葉を失った。
「わかった。すぐに向かう。ラナは自室で待機していてくれ。大丈夫だからそんな顔をするな。」
ダグラス様はそう言って、私の頭をひと撫でしてから足早にその場を去っていった。
私は今どんな顔をしているのだろうか。
きっと不安な気持ちを隠すことができていないのだろう。
ダグラス様は大丈夫とおっしゃっていたが、何か嫌な予感がした。
東の国境といえばベスティア帝国との国境線だ。
そこで動きがあったということは、また戦争が起こるのかもしれない。
そこまで考えた私の背筋に冷たいものが走った。
「奥様、顔色がよろしくありません。朝食の続きはどうなさいますか?」
傍にいたレーヌに声を掛けられハッとした。
そういえば朝食の途中だった。
でも、今はとてもではないが食べられそうにない。
「ごめんなさい、レーヌ。部屋で少し休むわ。」
「それがよろしいかと思います。では奥様のお部屋へ戻りましょう。」
私はレーヌに支えてもらいながら立ち上がった。
自室へ戻り、ハーブティーを淹れてもらう。
カップを持つ指先が少し震えていた。
ダグラス様は今頃、何を報告されているのだろうか。
気になるが、私が聞きに行くわけにもいかない。
悪い予感が当たりませんようにと願うほかなかった。
「庭園へ出てはだめかしら?」
私はいてもたってもいられず、レーヌをうかがう。
ひと目だけでもダグラス様が見られれば安心できるかもしれないと、そう思った。
「申し訳ありません。旦那様のご指示で、奥様をお部屋の外へお出しするわけにはまいりません。顔色も優れませんし、今はこちらでお休みください。」
「そうなのね…わかったわ。」
レーヌにそう言われ、私は肩を落とした。
そんな私の様子に気がついたのか、フェリクスが膝に乗ってきた。
私を慰めるように体をこすりつけるフェリクスを見て、少し気持ちが落ち着いた。
フェリクスの背を撫でながら、深呼吸を繰り返す。
その後、夕食の時間まで自室から出ることは許されなかった。
当然フェリクスの遊具についての打ち合わせも明日以降に延期となった。
不安で何も手につかない私をアンヌとサリーがかいがいしく世話してくれる。
レーヌは忙しく動き回っており、あまり部屋にはいなかった。
だが、部屋に戻ってくるたびにダグラス様の様子を教えてくれていた。
「奥様、旦那様から夕食を共にするよう言付かってまいりました。」
部屋に戻ったレーヌから、ダグラス様と夕食を共にできると聞かされて心が躍る。
日が沈み、今日はもうダグラス様と会えないかもしれないと思っていたからとても嬉しい。
「レーヌ、ありがとう。嬉しいわ。急いで向かうわね。」
私はいてもたってもいられず、動き出した。
「まずはお着替えをいたしましょう。」
「そうね。ごめんなさい。気が急いてしまって…」
サリーに引き留められなければ、そのまま食卓へ向かうところだった。
私は一度落ち着くために大きく息を吐きだし、気を引き締めた。
夕食の場へ着くと、ちょうどダグラス様も到着したところだった。
「ダグラス様…」
ダグラス様の姿を確認し、張りつめていた緊張が解けていく。
思わずダグラス様に手を伸ばしそうになり、慌てて手を引っ込めた。
「心配をかけてすまないな。」
そんな私をダグラス様は抱き寄せてくれた。
いつもなら恥ずかしいと思う状況だが、今は安堵する気持ちが強い。
「夕食を食べながら話をしよう。」
そう言いながらダグラス様が離れていってしまう。
「はい。かしこまりました。」
私は不安や寂しさを押し込めて、夕食の席についた。
前菜がテーブルに並び、食事が始まった。
しかし、いつものような穏やかな雰囲気はなく、空気が張りつめている。
「本日は不自由をさせてすまなかった。」
「いえ、詳しい事情は分かりませんが、何かが起こったことだけは分かります。ダグラス様を案じておりましたが、苦ではありませんでした。」
「そうか…」
食事をしながら会話を始めたダグラス様がまた口を閉ざした。
「…何があったかお聞きしてもいいでしょうか?」
本当は聞いてはいけないかもしれないが、思わず聞いてしまっていた。
「東の国境でベスティア帝国軍に動きがあった。どうやらここから北東にあたる国境付近に陣を張り、戦力を集めているようだ。」
「それはつまり…」
悪い想像が当たってしまった。
私は言葉を続けることができなかった。
「わかっていると思うが、戦争の準備を整えつつあるということだ。いつ戦いの火蓋が切られてもおかしくない状況だ。」
ダグラス様の重々しい言葉に、息をのんだ。
「ベスティア帝国軍を迎撃する準備のため、夜には北東の砦へ出る。しばらくここを留守にするが、リンダやルーカスと共に屋敷を守っていてくれ。」
続けられたダグラス様の言葉がうまく飲み込めない。
信じられないが、一刻を争う事態なのだろう。
「…承知いたしました。無事のご帰還を祈っております。」
私は何とか言葉を絞り出し、ダグラス様に答えた。
本当は行ってほしくない。
そんな急にいなくなってしまうなんて嫌だ。
でもそんなわがままが通じるような状況ではなかった。
私は背筋を伸ばし、ダグラス様を見据えた。
「ああ、ありがとう。必ず帰ると約束するよ。」
私の視線を真っすぐ受け止め、力強く頷いて見せてくれた。
その後の夕食は努めて明るく振る舞った。
ダグラス様の憂いになってはいけない。
その思いだけが、今の私を支えてくれていた。
今夜、ダグラス様が屋敷を出発する。
この夕食の時間が終われば、あとは見送りで一瞬会えるだけだろう。
あまりにもダグラス様と共にいられる時間が短すぎた。
この夕食の時間が少しでも長く続けばいいのに…
そう願わずにはいられなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




