27
ファベルの街を出発した私たちは公爵邸へ帰ってきた。
「おかえりなさいませ、奥様。」
リンダが私に近づき手荷物を持ってくれる。
サリーとアンヌは荷物を荷馬車から運んでくれているようだ。
ダグラス様は到着して早々、ルーカスに連れていかれてしまった。
何か仕事の話があったのかもしれない。
「ただいま、リンダ。レーヌはもう休ませてあげてもいいかしら?」
「そうですね。レーヌ、後のことは任せて休んでちょうだい。」
私の言葉を受けて、リンダがレーヌに休むように言った。
「奥様、ありがとうございます。では本日は下がらせていただきます。」
レーヌが頭を下げ、その場を去っていった。
旅の疲れもあるだろうから今日はゆっくりと休んでほしい。
「奥様のお部屋にご案内いたしますね。ドレスなどの荷物もすでに運び込んでおりますから。」
「わかったわ。いよいよ部屋が完成したのね。」
レーヌを見送った後、リンダと共に歩き出す。
私の自室はどんな部屋になっているのだろうか?
打ち合わせで壁紙の色や家具など自分で選ばせてもらった。
想像通りの部屋になっているかどうかが気になって、心が躍る。
階段を上って左に曲がった。
客間のある一階よりも、落ち着いた雰囲気の二階の廊下を歩いていく。
そして重厚な作りの扉の前で立ち止まった。
右手側には目の前の扉と同じ意匠の扉が二つ並んでいる。
「本日より、こちらで生活していただきます。」
リンダがそう言いながら扉を開いた。
「想像通りだわ。素敵…」
部屋の中へ入って辺りを見渡す。
落ち着いたクリーム色の壁紙に、少し小さめの家具が並んでいた。
部屋の中央には客間のものより一回り小さな寝台。
全体的に落ち着いた雰囲気で可愛らしくもある。
私は一瞬でこの部屋が気に入った。
「喜んでいただけたようでよかったです。さ、お着替えをして夕食にいたしましょう。」
荷物を部屋の隅に置いたリンダが、目を輝かせる私に微笑みかけた。
「本日はダグラス様と夕食をご一緒できるかしら?」
リンダに着替えを手伝ってもらいながら問いかける。
「今回の旅で旦那様とずいぶん仲良くなられたのですね。確認してまいりますが、本日は難しいかもしれませんね。ルーカスが今か今かと旦那様を待ち構えておりましたから、今頃、執務室にいらっしゃると思います。」
「帰ってきたばかりなのにゆっくりはできないのね。心配だわ。私に付き合っていただいたせいで…」
リンダの言葉にがっかりするが、そういう理由ならば諦めるほかない。
「夕食の件は聞かなくてもいいわ。ダグラス様のためにできることがあればいいのだけれど…」
「承知いたしました。奥様は十分できることをなさっておいでですよ。ですが、また贈り物をしてもいいかもしれないですね。」
リンダの提案にしばし考え込んだ。
ハンカチは贈ったばかりだし、私にできること…
「手作りの菓子は喜んでいただけると思う?」
まさかそんなもので喜んでもらえないだろうと思いながらも尋ねてみた。
自信があるものの中で自分が用意できるものを考えると、母に教えてもらったクッキーしか思いつかなかった。
「大賛成です!きっと喜ばれると思いますよ。旦那様は甘いものがお好きですから。」
不安げに聞く私にリンダが楽しそうに賛成してくれる。
甘いものが好きならば喜んでもらえるかもしれない。
「なら、早速だけれど、明日作って差し入れしてもいいかしら?」
「料理長とルーカスに確認しておきますね。」
「ありがとう。」
許可取りはリンダにお任せすることにした。
「さ、お話はここまでにして夕食にいたしましょう。」
椅子に座り、部屋に運び込まれる料理の数々を眺める。
傍にはリンダがいて、目の前には美味しそうな料理。
私はやっと帰ってこられたという気持ちになった。
母の住む家も確かに私の家で間違いない。
でも、いつの間にか、この場所も私にとっては同じくらいの存在になっていた。
夕食後に湯浴みをし、寝台でマッサージを受けた。
真新しい柔らかな寝具の感触とリンダの温かい手にほぐされ、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
―――――
次の日の朝は起こされる前にすっきり起きることができた。
「奥様、おはようございます。」
「おはよう、リンダ。」
私たちはいつものように挨拶を交わし、一日を始めた。
今日、レーヌはお休みだと聞いている。
ちゃんと休めているようで良かった。
「菓子作りの件、料理長とルーカスの許可が取れました。それと、本日の夕食は旦那様とご一緒できるそうです。」
「嬉しいわ!確認してくれてありがとう。」
朝の支度を手伝ってもらいながら、リンダから嬉しい報告を聞く。
「朝食後の時間に調理場をお借りできるとのことです。何を作られるのですか?」
「クッキーにしようと思うの。私が自信をもって作れるのは母に教えてもらったクッキーくらいしかなくて…」
「思い出の品なのですね。旦那様もさぞ喜ばれることでしょう。」
「そうかしら?」
リンダとそんな会話を続けていると、部屋にサリーとアンヌが朝食を運んできた。
「奥様、おかえりなさいませ。昨日はご挨拶できず申し訳ありません。」
朝食を運んできたサリーがそう言いながら頭を下げる。
「おかえりなさいませ、奥様!ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。」
アンヌもサリーに続き頭を下げた。
「ただいま、サリー、アンヌ。気にしないで。昨日は荷物運びありがとう。」
おかえりなさい、ただいまと言い合える人がいることに幸せを感じる。
改めて、この場所が私の帰る場所なのだなと実感した。
朝食をいただいた後、サリーとアンヌと別れてリンダと共に調理場へ向かう。
調理場に到着すると料理長が待ってくれていた。
いつ見てもその迫力に驚かされる。
この大きな体からあんな繊細な料理が生み出されるなんてと感心してしまう。
「本日は調理場をお貸しいただきありがとうございます。邪魔にならないようにいたしますので、よろしくお願いします。」
「いえいえ、こちらこそ粗末なところですが好きに使ってください。」
料理長はそう言うと、調理場の一角へ案内してくれた。
公爵邸の調理場が粗末だったら、ほとんどの調理場は粗末以下になるだろう。
そう思ってしまうほど立派な設備が整っている。
「では、材料を少し分けていただきますね。」
私はそう言うと、調理を開始した。
今回はチョコレートを混ぜて作ってみようと思う。
まずは生地を作り、半分に分ける。
一方はそのまま成形し、もう一方には刻んだチョコレートを混ぜて成形する。
後は、あらかじめ温めておいたオーブンで焼けば完成だ。
料理長とリンダは真剣に作業する私を見守ってくれていた。
「完成した…」
オーブンから取り出したクッキーはこんがり焼けていて美味しそうだ。
ほっと息を吐く私の手元を料理長が覗き込む。
「味見していただけますか?」
「喜んで味見いたしますよ。」
料理長に味見を頼むと、二種類のクッキーを一枚ずつ食べてくれた。
「お上手ですね。サクサクしていて口の中でほろっと崩れる食感が癖になりそうです。」
「本当ですか?良かった…」
お世辞も混じっているだろうが、ダグラス様に渡しても大丈夫ということだろう。
私はほっと胸を撫でおろした。
「完成したのですね。早速旦那様に差し入れに行きましょう。今は執務室にいらっしゃるそうですから。」
「そうね。早速持っていきましょう。」
私は用意されていたバスケットに急いでクッキーを詰めた。
「本日はありがとうございました。後片付けまでできず申し訳ありません。」
「こちらこそ良いものを見せていただきました。片付けは私たちの仕事ですからお気になさらないでください。」
料理長の言葉に、再度感謝を伝えて調理場を出る。
「喜んでいただけるかしら?」
「もちろん喜んでいただけますよ!」
リンダの言葉に少し励まされる。
しばらく歩くと執務室の扉が見えてきた。
緊張でバスケットを持つ手がかすかに震える。
扉の前にたどり着くと、リンダがノックして入室の許可を得た。
ルーカスが開けてくれた扉から執務室に入る。
「失礼いたします。」
「そちらのソファに座って少し待っていてくれ。」
ダグラス様は書類に目を通しながらそう言った。
ソファに座りながら辺りを見渡す。
初めて入る執務室は書斎と違って少し雑然とした雰囲気のある部屋だった。
この部屋の窓が庭園から見えていたのね。
「待たせて済まない。用事があると聞いたのだが。」
ダグラス様の方を見るとちょうど書類を机に置いたところだった。
こちらに移動して向かいに座るダグラス様の表情は少し疲れているようだった。
「お忙しいところ、時間を作っていただきありがとうございます。ダグラス様に差し入れをと思い、クッキーを作ってまいりました。お口に合うかはわかりませんが…」
クッキーの入ったバスケットをダグラス様へ差し出した。
すると、ダグラス様は少し驚いたように目を見開いて固まっていた。
「ご迷惑だったでしょうか…?」
ダグラス様の様子に不安になる。
「そんなことはない。これを君が作ったのか?食べてもいいだろうか?」
「ぜひお召し上がりください。」
ダグラス様がチョコレート入りのクッキーを口に入れる。
「うん。美味い。ラナは菓子作りの才能もあったのだな。」
少し間が空いた後、ダグラス様はそう言って微笑んだ。
「昔、母に教えてもらったのです。菓子はこれしか作れませんが、お疲れのダグラス様に少しでも元気になっていただければと…」
そこまで話した私は、少し図々しかったかもと思って言葉を切った。
「そうか。心遣い感謝する。ラナも休憩に付き合ってくれるか?」
「はい、嬉しいです。」
私の心配は杞憂だったようだ。
ダグラス様の穏やかな表情が見られて嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
リンダがお茶を用意してくれ、しばしダグラス様と一緒にクッキーを食べた。
この穏やかな時間がいつまでも続けばいい。
そう思ってしまうほど、私はダグラス様との語らいを楽しく感じていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




