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母と再会した次の日、私たちは公爵邸へ帰還するために馬車に揺られていた。
昨日の話がまだ信じられない。
でも、難しい顔をして窓の外を眺めるダグラス様が、昨日の出来事を真実だと教えてくれているようだった。
「君は、大きな翼を取り戻したいとは思わないのか?」
先ほどまで黙り込んでいたダグラス様が口を開いた。
「なぜそのようなことを?私は大きな翼など望みません。確かに空を飛んでみたいと空想したことはありますが…」
「私なんかと違って望むならどこへでも行けるだろう?君を蔑み見下した者たちが蔓延る貴族社会に縛られずとも生きていける。それなのになぜ…」
私の返答に、ダグラス様は納得できていないようだった。
「なぜそのようなことを言うのですか。私がお傍にいると迷惑でしょうか?それに私なんかなんて言わないでください。ダグラス様と私の仲に、翼は関係ないと思います!」
眉尻を下げ、なぜか悲しそうな顔をするダグラス様に私は必死に自分の考えを伝えた。
「君は初めて会った時からそうだったな。翼は関係ない…か。」
ポツリとこぼれたその言葉は弱々しかった。
「片翼になってから哀れみを受けるか、遠巻きにされて役立たずと陰口を言われるばかりであった。」
ダグラス様がそんな扱いを受けていたことに衝撃を受ける。
「誰がそんなことを…!アクイラ家は、ダグラス様は体を張って王国を守った英雄なのに。」
わなわなと震える唇に手を当てる。
「英雄か…。そう呼ぶ者もいるが、私が役立たずになった事実は変わらない。」
「そんな!そんなことはございません…!」
必死に考えるが言葉が続かない。
「気を遣わなくても良い。君は自由になってもいい。幸いにも子は…」
「そこまでです!ダグラス様、それ以上言ってはダメ!」
私は慌ててダグラス様の口に手を押し当てて言葉を無理やり止める。
「私は公爵邸に来てから『私は私らしくいてもいい』、そう思えるようになりました。それは、リンダやルーカス、使用人たちのおかげでもあります。でも!一番は、ダグラス様、あなたが私のために心を砕いてくれたから…!私はダグラス様が戦争で戦ってくれたおかげで平和に生きてこられた。そして幸せを知ることができた。少なくとも私にとっては英雄です。それに、軍人の皆様はダグラス様のことを英雄と称え、尊敬しているってルーカスに聞きました。だから…ダグラス様を悪く言う人の言葉など信じないでください!」
一気に捲し立てるように言う私に、ダグラス様は目を丸くしたまま固まっていた。
「私の居場所はダグラス様の隣です!わかりましたか!?」
勢いに任せて話す私に、ダグラス様が首を縦にコクコクと動かす。
「あ、すみません!」
手で口を塞いだままだったことに気が付いた私は、慌てて手を離す。
「いや、いい。ありがとう。少し弱気になっていたみたいだ、すまない。君の言葉で目が覚めたよ。」
ダグラス様の表情が穏やかになったのを見てほっと息を吐く。
「あ、あの、夢中で…はしたなかったですね。申し訳ありませんでした。」
ふと我に返ると恥ずかしさがこみ上げてくる。
顔が赤くなるのを隠すために顔を伏せた。
「いや、恥じることはない。君、いや、ラナの言葉はきちんと届いたよ。勇敢な妻をもって私は幸せだ。」
「っ!?あの、今、名前…」
言われた言葉も嬉しかったが、突然の名前呼びに戸惑う。
「名前で呼んでも良いだろう?」
「え、ええ。もちろんです。すみません、突然のことに驚いてしまって。」
どんな顔をすればいいかわからず再び下を向いた。
「ははっ!さっきまでの威勢のよさはどこへ行ったのだ。」
「笑わないでください。」
ダグラス様が笑ってくれているのが嬉しい気持ちと、恥ずかしいからやめてほしい気持ちがせめぎあう。
「レイラ殿に約束した通り、ラナの幸せは私が守ろう。それくらいの力は残っている。だから、ラナはそのままで傍にいてくれ。」
その言葉に顔を上げると、穏やかに笑うダグラス様の顔。
それが嬉しくて私も満面の笑みになる。
「はい。私もダグラス様に幸せになっていただけるように頑張りますね!」
そう宣言すると、
「わかった。」
と言ってダグラス様はまた窓の外へ視線を向けた。
その横顔は優しい雰囲気だった。
少し赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか?
―――――
オリエを出発して二日目。
私たちは馬車の中でたわいのない話で盛り上がっていた。
「そういえばダグラス様、相談があるのです。」
「あらたまってどうしたのだ?休憩を挟もうか?」
私の言葉に真剣な表情を見せるダグラス様。
「たいした話ではないのです。猫の名前を一緒に決めたくて…」
「ああ、そのことか。たしか、まだ名前がないと聞いていたな。それで、候補はあるのか?」
普通にこういった話ができるのが嬉しい。
「ニゲル、フェリシア、レオの三つで悩んでいます。でも、どれもしっくりこなくて…」
「そうだな、その中であればフェリシアがいいかもしれん。ニゲルやレオの方が呼びやすくはあるが…」
そう言いながら、ダグラス様がしばし考え込む。
「確かオスだっただろうか?であれば、フェリクスはどうだろうか?フェリシアもいいがオス猫ならこちらの方が合っている気がする。それに、幸運、幸福という意味ではどちらも同じだ。」
「確かに、フェリクスっていい名前ですね!考えていただきありがとうございます。」
ダグラス様が考えてくれた名前が一番、あの黒猫にぴったりな気がした。
「本当に私が考えた名前でいいのか?」
「はい!ダグラス様に考えていただいた名前が一番あの子に合っている気がします。」
私は嬉しくてふふふと笑う。
そんな私の頭にダグラス様の手がポンポンッと軽く触れる。
前にもされたが、気恥ずかしい。
「あ、すまない。ラナが楽しそうだったのでつい…」
赤くなる私に気が付いたダグラス様がさっと手を引っ込める。
「いえ、大丈夫です。」
私は赤くなった顔をごまかすように視線を逸らす。
何が大丈夫なのかわからない。
「そうか。」
私の気持ちを知ってか知らずかダグラス様はそれ以上、何も話すことはなかった。
―――――
「ラナ、着いたぞ。」
ダグラス様の声に重い瞼を開ける。
「ここは…?」
一瞬、自分がどこにいるか分からなかった。
「ファベルの街の宿屋に着いたぞ。歩けるか?」
「あ、歩けます。」
ダグラス様の声に現状を思い出す。
いつの間にか馬車で眠ってしまっていたみたいだ。
「今日は疲れているだろうから夕食は別でとろうか。」
ダグラス様の気遣う言葉に少しの寂しさを感じる。
「私は一緒に食事をとりたいのですが…だめでしょうか?」
寂しい気持ちがこぼれてしまった。
昨日、ダグラス様に啖呵を切ってから私は少し大胆になってしまったようだ。
「い、いや、そういうわけではない。ラナが平気だと言うなら一緒に夕食をとろう。」
「嬉しいです。」
ダグラス様の言葉に心が温かくなる。
その後、私たちは一緒に夕食をとり、それぞれの部屋で就寝する。
行きはこの宿で一緒に眠ったのよね…。
あの時のぬくもりを思い出すと体がポカポカと温かくなってきた。
明日はいよいよ公爵邸に帰る日。
残してきたサリーやアンヌ、リンダにたくさん話したいことがある。
一日では語りつくせないかもしれない。
でも、きっとみんな楽しそうに聞いてくれるに違いない。
そんなことを思いながら瞼を閉じる。
最後までお読みいただきありがとうございます。




