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「レイラ殿、お聞きしたいことがあるのだが、いいだろうか。」
私と母との会話が途切れたタイミングでダグラス様が母に尋ねた。
「何でございましょうか?」
母が姿勢を正した。
「辛いことを聞くのは心苦しいが、答えていただきたい。ラナさんがコルビダエ伯爵の娘であることは間違いないだろうか?」
「はい。間違いありません。」
今なぜそんなことを聞くのだろうか。
先ほどまでの朗らかな空気が一変したことを察して、二人の話に集中した。
「ラナさんは侯爵家以上の鳥人族に現れる、特別な視力や聴力を持っているようです。レイラ殿も同程度の能力を持っているのでは?」
「それは…」
ダグラス様が私の視力と聴力の話をすると、母は気まずそうに視線を落とした。
普通より少し良いだけだと思っていた視力や聴力だったが、そうではなかったのだろうか?
母の答えを私も待った。
「お話しすることでラナが不幸になることはないと確約していただけますか?そして、ここだけの話にとどめていただきたいのですが、お約束いただけますでしょうか?」
「どんな話であってもラナさんの扱いが変わらないことをお約束します。ですが、この三人だけに情報をとどめるというのはお約束しかねます。ただ、ラナさんとレイラ殿の生活に影響が出ないように最大限の配慮をすることはお約束できます。」
私を案ずる母にダグラス様が答える。
その返答にしばし黙り込んだ母は、意を決したようにダグラス様を見上げた。
「ラナの安全と幸せを最優先にしてくださるのであれば、お話しします。」
母の言葉にダグラス様が深く頷いた。
その様子を確認し、母は重い口を開く。
「…私もラナと同程度の視力と聴力を有しております。もちろんこの意味も理解しております。」
その言葉にダグラス様が息をのんだ。
その意味とは何だろうか?
ダグラス様の動揺の仕方も少しおかしい。
「では、侯爵家以上の家の血筋を引いているということか?それならば、なぜそんなに翼が小さいのだ。」
少し大きくなったダグラス様の声に、母は深く息を吐いた。
「いえ、貴族家の血は引いておりません。私たちは過去にこの国を去った鷲の一族の末裔です。」
「なんだと!?なぜ人里にいるのだ。」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がるダグラス様。
私も衝撃が強すぎて言葉を失ってしまった。
「アクイラ公爵様、落ち着いてください。」
この場で母だけが妙に冷静だった。
「すまない。だが、人里にいる理由と翼について教えていただけないだろうか。」
椅子に座り直しながら、早口にダグラス様が尋ねる。
私も聞きたいことがあったが、今この二人の会話に口をはさむべきではないだろう。
「順を追って説明しますね。私が幼いころ、母と共に北の山脈にある鷲の里から人里に降りたのがここでの生活の始まりでした。私の母が人の営みに興味を持った。それがきっかけだったと聞いています。」
祖母は豪快な人だったと聞いたことはあったが、その話は初耳だった。
「翼はどうしたのだ?」
「一族に伝わる秘術で小さく擬態しております。その昔、人里を離れた鷲の一族の中には、少数ではありますが人里で暮らしたかったという者がおりました。その者たちのために研究を重ね、翼を小さく擬態する術が編み出されたと聞いています。私は母からその秘術を教えられました。」
母の言葉にダグラス様が目を見開いた。
「では、ラナさんの翼は…?」
「ラナの翼には私が秘術を施しました。ラナが成人を迎える十六歳の誕生日に話すつもりでしたが、コルビダエ伯爵に連れ去られたせいで伝えることができませんでした。」
母が話しながら悔しそうに顔をしかめ、こぶしを握り締めた。
母の苦しげな表情を見るのが辛い。
ずっとこの秘密を抱えていて辛かったのだろうか…
ダグラス様に視線を向けると、眉間にしわを寄せて何かを考えている様子だった。
「秘術を解くことはできないのか?」
ダグラス様がそう聞くと、母はしばらく考え込んだ後、
「方法はございます。ただ、解いてしまえば、今まで通りの生活は望めません。ラナにだけであればその方法を教えても構いません。ですが、無理に聞き出すことはないようにお願いします。」
と深刻な顔で答えた。
「わかりました。では席を外します。アクイラ公爵家当主として、ラナさんに無理強いしないことを約束します。誓約書を交わしてもいい。」
「いえ、誓約書は必要ありません。先ほどからのお話とお二人の様子を見ていたら、信用できることは分かりましたから。」
母がそう言うと、ダグラス様は席を立った。
何か言いたげにこちらを見つめた後、何も言わぬまま家を出て行ってしまった。
「お母さん、今の話は本当のことなの?」
勝手に進んでいく話に頭が追い付かない。
「本当のことよ。鷲の一族であることも、秘術のことも…」
そう言った後、母はため息をついた。
「私の翼が他より小さいのはその秘術のせいだったの?」
母を責めるつもりはなかった。
だけど今までさんざん馬鹿にされてきた、この小さな翼の原因を知りたかった。
「ラナ…、ごめんなさい。あなたは秘術が効きすぎてしまう体質だったみたいなの。だから、通常よりも小さな翼になってしまったわ。そのせいで苦労したのよね…本当にごめんなさい。」
母が深々と頭を下げた。
「謝らないで。お母さんを責めたかったわけではないの…ただ知りたかっただけなの。」
私は震える母の肩に触れた。
「本当にごめんなさい。あなたが望むのなら、翼を本来の大きさに戻すこともできるわ。」
ゆっくり顔を上げた母の言葉に心が揺れる。
「私は…」
私はどうしたいのか考えがまとまらない。
言葉が途切れたまま、沈黙が続いた。
「ラナ、今決めなくてもいいわ。でも術を解く方法を知っておいてほしいの。翼を本来の大きさに戻すことができれば、あなたはどこまでも高くどこまでも遠くへ飛ぶことができるの。何かあった時、必ずあなたの力になる。術を解かずに平穏に過ごせるならそれでもいい。知っておくべきことよ。」
母の言葉をいまだに信じることができない。
どこまでも高く、遠くに飛べるなんて空想の世界の話としか思えなかった。
それでも、ダグラス様に何かあった時に助けになれるかもしれない。
「――お母さん、その方法を教えてくれる?」
私は覚悟を決めて母を見据えた。
「もちろんよ。その方法は、空を飛びたいと強く願いながらある言葉を口にする、ただそれだけよ。その言葉は――ソルウェレ・カルメン。」
その言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立った。
初めて聞いた言葉なのに胸がざわつくのはなぜだろうか?
この言葉を使う日が来なければいい、そう強く願いながら私はその言葉を胸の中で何度も復唱した。
最後までお読みいただきありがとうございます。




