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どれくらい抱き合っていただろうか。
少し涙が落ち着いてきた私たちはお互いの体を離した。
「少し背が伸びた?つらくはなかった?ずっと会いたかったわ。」
お母さんが確かめるように、私の腕や肩に触れる。
「お母さんと会えないこと以上につらいことなんてなかったわ!お母さんは何かつらい思いをしていない?あの時の怪我は…?」
「あの時…気を失ってしまったけれど、大した怪我ではなかったわ。相変わらず街の人たちは親切にしてくれるけれど、ラナがいなくてずっと寂しかったのよ。」
お母さんの言葉にほっと息を吐く。
ずっと、伯爵に引き取られた日のことを心配し続けていたのだ。
「私、手紙を出したのだけれど届いている?返事がなくて心配していたの。」
「ごめんなさい。手紙は受け取って読んだわ。けれど、あなたからの手紙だと信じられなかったの。でも昨日、先触れがあって…朝から耳を澄ませて、ラナを待っていたのよ。」
私の字は知っているはずなのに…
お母さんの言葉に違和感を感じた。
「私の字は知っているはずでしょう?」
「伯爵邸から届けられるあなたからの手紙と筆跡が違いすぎたの。伯爵邸からの手紙には貴族教育を受けて筆跡を矯正したと書かれていたわ。それに、私が会いたいと書いても、ずっと会いたくないと…」
お母さんの悲しげな顔に私は胸が締め付けられた。
伯爵が何か工作したのだろう。
「一度もお母さんからの手紙が私に届いたことはないわ。それに私がお母さんに手紙を書いたのは、三週間前が初めてのことなの。きっと伯爵がお母さんの手紙に勝手に返事をしていたのね。」
「そんな…じゃあ私はずっと騙されて…?ごめんなさい!ラナが貴族令嬢として幸せに生活していると…!平民の私が会いに行けばラナの幸せを壊してしまうと、信じていたのに…。伯爵家ではどんな生活を?ひどいことをされたのではないの?知っていれば助けに行ったのに…本当にごめんなさい。」
私の言葉にお母さんがその場に崩れ落ちた。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し泣くお母さんの姿が痛々しい。
「謝らないで。お母さんは悪くないわ。伯爵家に助けに来たって返り討ちにされてしまうもの。」
しゃがみ込み、お母さんの背をさする。
「ちがう、ちがうのよ。私はラナを助けに行くことができた。それなのに…」
「お母さん…」
泣きながら私をもう一度抱きしめるお母さんの言っていることが分からなかった。
でも、私を助けたかったという気持ちはしっかりと伝わってきた。
「じゃ、じゃあ公爵家に嫁いだというのも本当なの?」
「本当よ。公爵家の方々は皆良い人ばかりで、幸せに暮らしているわ。」
声を震わせ確認するお母さんを抱きしめ返す。
「本当に、本当に幸せなのね?」
「うん。幸せだよ。お母さんのことも探してくれて、会いに連れてきてくださったの!」
何度も確認するお母さんを安心させたくて、明るい声で答えた。
「良かった。良かったわ…」
私の言葉にお母さんは体の力を抜く。
「お母さんは、どうしていたの?つらいことはない?」
「ラナに会えないことだけがつらかったわ。何度か伯爵邸に様子を見に行ったりもしたけれど、ラナが会いたくないと言っていると門前払いにされていたの。ひと目だけでもと必死に頼み込んで、遠目から夜会へ行く姿を一度見せてもらったこともあるけれど、その時は暗くて豪華なドレスを着ていることしかわからなかったわ。あの時、諦めずに声を掛けていたら…ラナにつらい思いをさせずに済んだのに…」
もう一度泣き崩れるお母さんを見て、私は初めて伯爵に強い怒りを抱いた。
「あの時、お母さんが近くに居たのね。珍しく豪華なドレスを与えられたと思ったら、そんな企てをしていたなんて…!お母さんは何も悪くないわ。悪いのは伯爵よ!」
私は怒りで目の前が赤く染まる。
「それでも私は母として伯爵の言葉を信じるべきではなかった。ラナ、ごめんなさい。」
「お母さん、ごめんなさいと泣くよりも会えてうれしいと笑ってほしいわ。」
うなだれるお母さんに、怒りをぐっと飲み込んだ私は努めて穏やかな声を出した。
「ラナは相変わらず優しすぎるわ。そうね…、会えてうれしいわ。おかえりなさい、ラナ。」
涙を拭って、優しく微笑むお母さん。
「わ、私も会いたかったわ!ただいま、お母さん!」
『おかえり』その一言で胸がいっぱいになる。
『ただいま』と言った私はきちんと笑えていただろうか?
「お母さん、もう一度抱きしめてくれる?」
「もちろんよ。」
私の甘えた声にお母さんが答えてくれた。
久しぶりの母の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
お母さんはこんなに小さかっただろうか?
私はお母さんのぬくもりを感じながら目を閉じた。
その時、ふとダグラス様のことを思い出す。
「あ!」
「ラナ、どうしたの?」
突然声を上げた私に母が不思議そうな目でこちらを見る。
「お母さん、ダグラス様…じゃなくて旦那様を外でお待たせしているの。呼んできてもいいかな?」
「もちろんよ!公爵様をお待たせしていたなんて…!すぐ呼んでいらっしゃい!何かおもてなしできるものがあったかしら?」
慌てる私の言葉を聞いて、母も慌てだす。
先ほどまでの少し重たい空気はすっかりなくなっていた。
母と暮らしていたあの頃に戻ったみたい。
そんな嬉しさを感じながら、家を飛び出した。
「ダグラス様!お待たせして申し訳ありません。」
「もういいのか?話したいことは話せたか?」
慌てて駆け寄る私にダグラス様が優しく微笑む。
「はい。お互い聞きたいことは聞けたと思います。まだまだ離れがたいですが…。」
「そうか。では私も挨拶に伺ってもいいだろうか?」
「はい、もちろんです!ぜひ母に会ってください。」
ダグラス様をもてなすため、今頃は母も駆け回っていることだろう。
その様子を想像するとついつい笑いそうになった。
「よほど楽しかったのだな。」
私の表情を見てダグラス様も嬉しそうに笑った。
ダグラス様を連れて家の前まで戻った私は玄関の扉をノックする。
「はい、少々お待ちください!」
母の声とともにガタガタと物音が聞こえる。
「私が訪ねては迷惑だっただろうか?」
「いえ、そんなことはありません。高貴な方をお迎えする用意がなくて慌てているだけだと思います。」
ダグラス様の言葉に私は笑いながらそう答えた。
「お待たせいたしました!どうぞお入りください。」
しばらく待つと母が内側から扉を開けてくれた。
肩で息をする母の慌てぶりが少し可愛らしい。
「突然の訪問で申し訳ない。あまり気を遣わないでいただけるだろうか。」
「お気遣いありがとうございます。粗末な家ですがどうぞお寛ぎください。」
ダグラス様の言葉に母が居間の椅子を勧める。
そこに二人で並んで座ると、
「粗茶ですが…。」
とお茶が出された。
「レイラ殿もお座りください。」
「はい。失礼いたします。」
ダグラス様の言葉に母も着席した。
向かい合う私たちの間に、しばし沈黙が流れる。
「お母さん、こちらの方が私の旦那様のダグラス様です。」
「ダグラス・アクイラです。ダグラスとお呼びください。ラナさんと結婚して半年ほどになります。」
「ご丁寧にありがとうございます。アクイラ公爵様。私は平民ですので、お名前でお呼びするのは恐れ多いことでございます。」
ダグラス様と母が挨拶を交わす。
こんな形で結婚を報告することになるなんて少し気恥ずかしい。
こじんまりとした我が家に翼も体も大きいダグラス様がいると、少し窮屈そうに見える。
「ダグラス様は公爵邸で安心して暮らせるようにたくさん配慮してくださったの。食事が本当においしくて、肉は柔らかくて肉汁たっぷりで、チョコレート菓子が特にとろけるような食感で…」
いつの間にか私は公爵家で出される料理について話すことに夢中になっていた。
「ふふふ。本当に大切にされているのね。安心したわ。」
そんな私を見て母が嬉しそうに笑い声をもらす。
「何が言いたいのかわからなくなってきたけれど、私は幸せ。それだけは信じて。」
「ええ、信じるわ。健やかに過ごしているのね。」
私の言葉に母が嬉しそうに頬に手を当て微笑んだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。




