21
車窓から見える太陽がちょうどてっぺんまで来た頃、ダグラス様はようやく目を覚まされた。
寝ぼけているのか少しきょろきょろと辺りを見渡している。
「おはようございます、ダグラス様。」
「ああ、おはよう。少し眠っていたようだ。これは君が?」
目を瞬かせながらこちらを見たダグラス様は自分に掛けられたストールに気が付いたようだ。
「はい。午前中は特に冷えますので。」
「ありがとう。君は寒くなかったか?」
ダグラス様はふわっと微笑むと丁寧にストールをたたんで返してくれた。
「お気遣いありがとうございます。この通り元気いっぱいでございます。」
「ふはっ。そうか、元気いっぱいなのだな。」
私の返答が面白かったのか、ダグラス様が笑い声をもらした。
そんなに可笑しかっただろうか?
でもダグラス様が笑ってくださるならそれでいい気がした。
道中、休憩を挟みながら進む。
先ほどは小さな町で軽食を頂いた。
大きな丸いパンの間に肉や野菜が挟まれた料理が一番美味しかった。
公爵邸に帰ったら料理長にお願いして、ぜひ作ってもらおう。
私はひそかにそう決意した。
次の宿泊地へは夕暮れ時に到着した。
ファベルの街と比べると落ち着いた雰囲気のある街だった。
どうやらこの近くに人気の観光地があるらしい。
私たちは早速、宿へ向かう。
今回はダグラス様と別々の部屋だそうだ。
部屋に通された私はほっと息を吐いた。
それにしても、今朝はびっくりしたわ…
ソファに座りながら、今朝の出来事を思い出して顔が熱くなるのを感じた。
「奥様、温かいお飲み物でもいかがですか?」
「ありがとう。お願いするわ。」
私の言葉にレーヌがハーブティーを差し出してくれた。
一口飲み込むと、先ほどまでの顔の赤みが引いていくのを感じる。
レーヌのさりげない気遣いが感じられて嬉しかった。
「本日は旦那様より夕食をご一緒にとのことです。ですので、お食事は旦那様のお部屋にご用意いたします。」
一息つく私にレーヌが夕食の予定を告げる。
旅に出てから毎回食事はダグラス様と一緒にとっていた。
今日は部屋が分かれたので、別々の夕食かと思っていた。
想定外だがダグラス様とご一緒できるのは嬉しい。
「では、移動いたしましょう。」
レーヌに促され、ダグラス様の部屋へと向かう。
ダグラス様の部屋へ着くと夕食がもうテーブルに並んでいた。
「遅くなって申し訳ありません。」
「いや、待っていない。ちょうど今準備が終わったところだ。席につきなさい。」
ダグラス様の言葉を受けて、急いで席につく。
「体調は大丈夫だろうか?行程が厳しいようであればもう少し休憩を多く挟んでも良いのだぞ。」
「はい。大丈夫です。十分休憩もできておりますし、馬車の乗り心地も良いですから。」
「そうか、それならいいのだ。つらいと思ったら我慢せずにすぐに言いなさい。」
私の答えに、ダグラス様は和らいだ表情を見せた。
「ダグラス様も体調にお変わりはございませんか?馬車の中でお疲れのようでしたけれど…」
今朝、馬車の中で眠るダグラス様を思い出して質問を投げかける。
「平気だ。馬車の揺れが心地よかっただけで、心配いらない。」
「確かに、つい眠ってしまいたくなる気持ちは分かります。」
ダグラス様は平気だと言っているが、この日程を確保するために相当無理をなさっていたのだろう。
きっとたまっていた疲れが出たに違いないが、気を遣わせてしまったのかもしれない。
私はこれ以上追求してはいけないと思い、口を噤んだ。
夕食が終わって自分の部屋へ戻ると、もう浴槽には湯が張られていた。
「奥様、少し早い時間ではございますが、湯浴みをして早くお休みになりましょう。」
「そうね。もう眠くなってきたわ。」
今日はレーヌの言葉にありがたく甘えて、早めに寝ることにしよう。
ダグラス様には大丈夫と言ったものの、やはり疲れはたまってきていた。
途中、何度も起こされながら湯浴みを終えた私は早々に寝台へ横になる。
ダグラス様と一緒に眠った時に感じたぬくもりが今はない。
そのことが少し寂しく感じる。
私は寝具を深くかぶり、目を閉じた。
―――――
「奥様、おはようございます。」
朝の眩しい光とレーヌの声に起こされる。
私は重い瞼をゆっくりと開けた。
「おはよう、レーヌ。本日はいよいよオリエに着く日ね。」
「はい。楽しみですね。」
起き上がろうとする私の背にレーヌが手を添えてくれる。
「オリエへは半日ほどで到着できるので、出立はお昼前になるそうです。午前中は旦那様が一緒に街を歩かないかとおっしゃっておられました。奥様、どうなさいますか?」
「ぜひ行きたいわ!そうお伝えしてくれるかしら?」
ダグラス様とまた街歩きができると聞いて声が弾む。
「承知いたしました。では支度と朝食を済ませましょう。」
レーヌはそう言うと近くの使用人にダグラス様への伝言を預け、私の着替えを手伝ってくれた。
朝食を済ませ、ソファで一息ついた。
次の瞬間、ノックの音が部屋に響く。
「私だ。出かける準備はできているか?」
扉の向こうから聞こえたダグラス様の声に、ソファから転げ落ちそうになる。
てっきり侍従が迎えに来ると思っていたので油断していた。
ダグラス様自らが迎えに来られるなんて。
私は慌てて扉を開く。
「どうした?そんなに慌てて…」
ダグラス様が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「い、いえ、少し驚いてしまいまして。おいでいただきありがとうございます。」
「たいしたことではない。準備ができているのならば少し街を見に行こう。」
ダグラス様はそう言うと自然に私をエスコートする姿勢をとってくれる。
「はい!嬉しいです。」
私がそう言うとダグラス様は満足げに頷いて、ゆっくりと歩き出した。
宿を出ると昨日の夕暮れ時に見た景色とは打って変わって、賑やかな街の様子が目の前に広がった。
「この街は朝市が有名なのだ。露店に並ぶ商品を見るだけでも楽しいぞ。」
「そうなのですね。おいしそうな匂いが漂っていますね。」
ダグラス様の説明を聞きながら、きょろきょろと辺りを見渡す。
露店で売られている料理の匂いにつられて、ぐぅとお腹が鳴った。
朝食を食べたばかりなのに…
赤くなる顔を隠すように視線を地面に向ける。
「露店で何か買って食べようか?おすすめがある。」
ダグラス様はそう言うと、私の返事を待たずに歩くスピードを少し上げた。
しばらく歩くと、スパイシーな匂いが鼻に届いた。
「あのお店だ。」
ダグラス様が指をさす方向を見ると、串に刺さったお肉が売られている店が見えた。
「わぁ!美味しそうですね!」
私は思わず声を上げる。
店の前に到着した私たちは肉串を二本購入し、店を離れる。
「もう少し歩いた先に、公園がある。そこのベンチで食べよう。」
ダグラス様の言葉に心が躍った。
公園のベンチを見つけ、そこに座る。
いざ食べようとすると、ふとリンダの顔が脳裏を過った。
「お行儀悪くはありませんか?リンダに怒られないでしょうか?」
「問題ない。街へ出た時はいつもしていることだ。」
不安そうに聞く私を安心させるように、ダグラス様は笑って問題ないとおっしゃってくれた。
肉を頬張ると公爵邸で食べるものよりも少し歯ごたえを感じた。
公爵邸で食べる上品な味付けも美味しいが、スパイスがよく効いていて、これはこれで美味しい。
「美味いか?」
「はい!スパイスの味が最高ですね!」
元気よく答える私にダグラス様は笑みをこぼす。
肉串を食べ終わった私たちは、しばらくベンチに座って話をした。
「この街の近くに有名な湖があるのだ。今回そこに行く余裕はないが、またいつか連れて行ってあげよう。」
「嬉しいです。ところで、その湖はそんなに珍しいのですか?」
次の約束をしてくれるダグラス様の言葉に心が温かくなってくる。
「あぁ、海と見間違えるほど大きい。外周を回るだけでも数日かかるほどだ。」
「それは見てみたいです。」
対岸が見えないほど大きいのだろうか。
想像することしかできないがいつか見てみたいと思った。
「そろそろ戻って出発するか。」
「そうですね。」
しばらくベンチで楽しくお話しした私たちは、宿へと戻るため歩き出す。
宿へ戻る途中、母へのお土産にと焼き菓子もダグラス様に買っていただいた。
もっと高価なものをと言われたが、母が困ってしまう気がして遠慮しておいた。
宿へ戻った私たちは、オリエを目指すために馬車へ乗り込む。
いよいよ、母と再会できる。
出発前に出した手紙の返事は結局受け取ることができなかった。
でも、きっと手紙は届いているだろうし、忘れられてもいないはずだ。
私は母のハンカチに触れながら、自分にそう言い聞かせた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




