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第三部スタートです。
毎日21時頃投稿予定です。
よろしくお願いいたします。
チョコレートケーキが食べたい。
そんな願いを口にしてみようと心に決めた次の日のこと。
「本日、午前中は予定が入っておりません。午後からは家政についての授業がございます。」
朝食後、ソファでお茶を飲みながら今日の予定をレーヌに教えてもらっていた。
デザートの希望を伝えるなら今だ…!
「あ、あの、レーヌ。私、チョコレートケーキが食べたいの。だめかしら…?」
意を決して話し出したものの、尻すぼみに声が小さくなってしまった。
この部屋にはリンダもいる。
こんな自己中心的な願いはわがままだと思われるだろうか…?
私はレーヌやリンダの反応をうかがった。
「もちろんでございます。」
レーヌが微笑みながら、即答してくれた。
「そうですよ。奥様の好みが分かったと料理長も喜ぶでしょう。」
続けてリンダも肯定してくれた。
即座に受け入れられた願いに、拍子抜けする。
なんだか胸の中が温かい。
「ありがとう。」
嬉しくて目に涙がにじむ。
驚いた様子のレーヌがすぐに涙を拭ってくれる。
「公爵家へ来たばかりのころ、奥様はとても弱っておりました。そして我慢しすぎているように見えました。ですので、奥様がこうして自分の欲求を口に出してくれることを心から嬉しく思っております。」
リンダの言葉がじんわりと心に響く。
「これからも少しずつでいいので、食べたい物やしたいこと、何でもお聞かせくださいね。私たちも旦那様も、頭ごなしに否定などいたしませんから。」
リンダが背を撫でながら言葉を続けた。
こんな願いを口にしても、誰も怒らない。
むしろ、喜んでくれている。
私は涙を堪えることができなかった。
静かに涙を流す私を二人はしばらく見守ってくれていた。
「目元が赤くなってしまいましたね。冷やすものを取ってまいります。」
涙が落ち着いてきたころ、レーヌがそう言って部屋から出て行った。
「料理長に本日のお菓子の変更を伝えてまいります。」
リンダもさっそく私の願いを叶えようと動き出す。
なんだか二人とも、生き生きと動いてくれている気がした。
きっとこれは気のせいではないだろう。
私はこの嬉しさを表現する言葉が見つけられないでいた。
ただ、胸の中が温かい。
それだけは分かった。
―――――
その日のティータイム、私はテーブルの上に鎮座するチョコレートケーキに目を丸くした。
確かにチョコレートケーキを食べたいと言ったが、ケーキが丸ごと一つ用意されるとは思わなかった。
「料理長が張り切りすぎたようで…ふっふふ。」
笑いがこらえられないという様子のリンダ。
それを聞いて私も笑ってしまった。
「奥様、すごい完成度ですよ!これは食べるのが楽しみですね!」
わくわくしたように話すアンヌが可愛い。
「奥様がお好きなだけ召し上がれるように、一台丸ごと用意したそうですよ。」
サリーが笑いをこらえながら、裏話を聞かせてくれる。
「奥様、無理して全部食べなくてもいいですからね。」
この場ではレーヌだけが冷静だった。
ケーキを前に一緒に笑い合う。
私は幸せをかみしめながら、取り分けられたチョコレートケーキを一口頬張った。
その味はいままで食べた、どのデザートよりもおいしく感じられた。
―――――
チョコレートケーキの一件から数日が経った。
窓の外に見える庭園はすっかり冬めいてきていた。
今日はチョコレート菓子が食べたい。
今日はピンクのドレスを着てみたい。
今日は小花の髪飾りをつけたい。
そんなささやかな願いを、少しずつ口にするようになっていた。
その願いを受け入れてもらえるたび、少しずつ自分に自信がついていくように感じた。
そんな私が最近気にしていること。
それはレーヌが保護している子猫についてだ。
最近寒くなってきたがまだ外で過ごしているのだろうか。
そのことが心配だった。
叶うなら、私が飼えればいいのだが…
世話は手伝ってもらわなければいけないし、ダグラス様の負担になるかもしれない。
そう思うと、二の足を踏んでしまう。
でも、リンダやレーヌたちに相談したら良い方法を一緒に考えてくれるかもしれない。
それに、もう飼い主が見つかったかもしれない。
ダメと言われるかもしれないが、その時はすぐ引き下がろう。
そう心に決めて、レーヌに猫の件を尋ねてみることにした。
「レーヌ、例の子猫に飼い主は見つかったの?」
ソファでひとり考え事をしていた私から急に話を振られ、レーヌはピクリと翼を震わせた。
「いえ、残念ながらまだ…」
子猫のことがよほど気がかりなのか、レーヌの表情が少し曇る。
「子猫を引き取りたいと思っているのだけど…可能かしら?」
私はリンダへ視線を移す。
「もちろん可能でございますよ。事前に旦那様へご相談し、動物専門の医師に診察していただいて、問題ないことが確認できれば大丈夫でございます。」
「ダグラス様は迷惑に思わないかしら?」
リンダの言葉を聞いて、私が不安を口にすると、
「そのような心配は必要ございません。旦那様も最近の奥様の様子をいい変化だと受け止めていらっしゃいますよ。」
と言って微笑み返してくれた。
ダグラス様にも知られているのかと思うと少し恥ずかしいが、否定的にとらえられていないようで安心した。
「世話は手伝ってもらわないとできないと思うのだけど、サリーとアンヌの負担にはならない?」
今度はサリーとアンヌに気になっていたことを質問する。
「私たち二人だけでお世話をするのは大変かもしれませんが、他のメイドにも手伝ってもらえば問題ないかと。これまでも独身寮付近で皆と協力しながら世話をしておりましたから。」
サリーの返答に、他の人の手も借りていいなんて考えつきもしなかったと驚かされた。
「私も猫が大好きなので、全く苦ではありません!」
アンヌは猫の世話ができるのを楽しみに思ってくれているようだ。
「みんなありがとう。」
「奥様に引き取っていただけるのは、私も嬉しいです。ありがとうございます。」
ふんわりと微笑みながらレーヌもお礼を言ってくれた。
「では、旦那様へのご相談と、動物専門の医師の手配は私にお任せください。」
リンダはそう言うと足早に部屋から出て行った。
小さな願いから始まって、私は猫が飼いたいという願いまで口にすることができた。
素直に生きても怒られない。
それは、母と暮らしていたころ以来のことだった。
嬉しさが胸いっぱいに広がって息をするのも苦しくなる。
また涙がこぼれそうになり、私は慌てて目を瞬いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




