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「――様!…奥様!朝でございますよ!」
リンダの声がだんだんと大きくなる。
だが、なかなか目を開けることができない。
「奥様、本日は旦那様とお出かけですよ。早く起きて準備なさいませんと…」
その言葉に私はようやく重い瞼を開く。
気を抜くとまた閉じそうになる瞼を必死に開けて、なんとか寝台から起き上がることができた。
「いつも早起きでいらっしゃるのに。本日はどうされたのですか?」
いつもと違う様子の私にリンダが問いかける。
「実は…街へ行くのが楽しみでなかなか眠れなかったの…。」
「ふふふ。奥様はしっかりなさっておいでだと思っておりましたが、子供のような一面もあるのですね。」
微笑ましいと言わんばかりに目を細めて話すリンダに少し恥ずかしい気持ちになった。
顔を洗うと頭が冴えてきた。
今日はあの場所に行けるのだと、浮足立ってしまう。
「本日は街歩きですので、あまり華美でないデイドレスとブーツにいたしましょう。」
そばでリンダがテキパキと準備をしていく。
私は母のように世話をしてくれるリンダが大好きになっていた。
今日は絶対リンダにお土産を買おう!
私は強く心に決めた。
朝食後、ルーカスが旦那様の準備ができたと客間まで伝えに来てくれた。
足早に玄関ホールへ向かうともうすでに旦那様は到着されていた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。」
「いや、今来たところだ。問題ない。」
謝る私を気遣ってくれる旦那様の言葉は優しいものだった。
「では行くか。」
旦那様がすっと左腕を曲げた。
あ、これは右手を添えるのが正解ね。
マナーの授業で習ったことを思い出して、私は旦那様の腕に右手をそっと添えた。
「もう少し体をこちらへ。」
そう言われて、旦那様の方へ体を寄せる。
これは近すぎる気が…
鼓動が早くなっていくのを感じた。
旦那様は私の足並みに合わせ、ゆっくりと馬車へエスコートしてくれた。
馬車に乗り込んだ私たちは向かい合って座る。
旦那様と少し距離ができて早鐘を打っていた鼓動が徐々に静まっていくのを感じた。
ようやく周囲を見る余裕が生まれて、改めて馬車の中を見渡した。
上品で落ち着きのある装飾に、ふかふかの座席。
伯爵家で使われていたものとは比べ物にならない快適さだ。
「本日はどのような用件で街へ行かれるのですか?」
私は昨日からずっと気になっていたことを質問した。
「あぁ。言っていなかったな。本日は君の宝飾品を見に行く予定だ。それに、最近頑張っている君の息抜きも兼ねている。店で用事を済ませた後は一緒に街を見て回ろう。」
旦那様は私を労わってくれようとしているのね。
思わず顔がほころんだ。
しかし、宝飾品と言っていなかっただろうか…?
私はもうすでに購入した宝飾品の数々を思い返す。
「旦那様、街歩きは嬉しいのですが、宝飾品はもうすでにたくさん買っていただいておりますので…」
「毎回、数点しか購入していないと聞いている。それでは足りないだろう?」
「いえ!十分足りております!」
旦那様が不思議そうに首を傾げた。
どうやら私たちの感覚には大きな違いがあるらしい。
店に到着した私たちは応接室のようなところへ通された。
「頼んでいたものを持ってきてくれ。」
旦那様が席に着くや否や店員の方に指示を出す。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
店員がいったん奥へ下がった。
少し待つと、続々とアクセサリーやきらびやかな小物などがテーブルへ並べられていく。
「気に入ったものはあるか?全部買い取っても構わないぞ。」
何も言わなければ全部買ってしまいそうな雰囲気の旦那様に、腰が抜けそうになる。
私はじっとテーブルの上に並べられた品々を見定めていく。
「では、こちらを…」
私は旦那様の翼に混じる金の羽を思わせる色合いの宝石がはめ込まれたイヤリングとネックレスのセットを選んだ。
「それ以外はないのか?」
「はい、この色が気に入りました。」
私がそう答えると口元に手を当て何かを考え込む旦那様。
ダメだっただろうか…少し不安になる。
「君には物欲がないのか?」
「そんなことはございませんが…もう十分買っていただいておりますので。」
二度目の問答に、なんだか悪いことをしているような気分になってくる。
「では、私が選んであげよう。」
そう言うと旦那様は次から次へと購入を決めていく。
気づけばテーブルに並べられていたほとんどのものを購入することになっていた。
店員が再び奥へ下がった。
追加の商品を持ってくるそうだ。
本格的に眩暈がしてきた私は旦那様を見上げる。
「旦那様、これは買いすぎではないでしょうか?」
今、私は半泣きになっているだろう。
いつにない様子の私に旦那様は目を丸くして驚いているようだった。
「なぜ、そんな風になるのだ?キラキラしたものは好きだろう?眺めるだけでもいいではないか。」
そんなこと一度も言ったことがないが、なぜそんな風に思ったのだろうか。
確かにレジーナは宝石集めに熱心だったが、レジーナの情報と間違えているのかもしれない。
「特別、宝石が好きというわけではありませんが…。」
そう言うとさらに旦那様が驚いた表情を見せる。
絶対に話がかみ合っていない。
リンダがいてくれたら違っただろうか。
私は公爵邸に残してきたリンダに意識を飛ばした。
旦那様は私の様子を見て、ようやく何かを察してくれたようだった。
追加の商品は断ってくれたが、それでもすでに大量の品の購入が決定してしまっていた。
今回掛かった金額に相応しいだけの何かを自分が返すことができるのかと胃が痛くなる。
とにかく早くお役に立てるように日々の勉強を頑張らなければ…!
私は決意を新たに、気合を入れなおした。
宝飾品店を出た後は待望の街歩きだ。
護衛に囲まれての移動で物々しいが、街の人々は気さくに声を掛けてくれる。
「公爵様!今年は豊作になりそうですよ!」
「そうか、それは楽しみだな。」
街の人々からの声にも丁寧に答えを返す旦那様の姿はとても立派に見えた。
「お隣の方は奥様ですか?」
「そうだ。皆、顔を覚えてやってくれ。」
「可愛らしい奥様ですねぇ。」
旦那様と街の人々との会話に耳を傾けながら、辺りをきょろきょろと見て回る。
たまに聞こえる可愛らしい奥様とは誰のことだろうか?
街の人には別人が見えているのかもしれない。
「行きたいところはあるか?」
街の人たちの声が落ち着いてきたタイミングで旦那様に聞かれる。
「リンダやルーカスにお土産を買いたいのですが、菓子店に寄ってもいいでしょうか?」
「もちろん。いい店を知っている。案内しよう。」
私の希望を叶えるため旦那様が歩き出す。
菓子店へ向かう道中、ふと小さな露天に目が留まった。
小ぶりなガラス玉のペンダントが目に入ったのだ。
ガラス玉は光の当たり具合で緑にも青にも見える不思議な色合いだった。
可愛い。
そう思ったが、寄りたいと言い出すことはできなかった。
旦那様おすすめの菓子店に着いた私は早速商品を選ぶ。
どれもおいしそうでなかなか選ぶことができない。
そんな私に気を遣ってか、途中、用事があると言って旦那様はどこかへ行ってしまった。
そのおかげで私はゆっくりと商品を吟味することができた。
その後、旦那様がおすすめだという茶店で紅茶と軽食を頂き、今日のお出かけは終了となった。
「本日はお忙しい中、街へ連れて行っていただいてありがとうございました。」
「楽しかったか?また忙しくないときにでも連れて行ってやろう。」
帰りの馬車でお礼を言う私に、旦那様は何でもないことのように次の約束までしてくださった。
「それより、これを君に。」
旦那様が紙袋を差し出す。
何だろうか?
不思議に思いながらその袋を受け取り、中身を確認した。
「これは…!」
袋の中には、街歩きの時に気になっていたあのペンダントが入っていた。
「気にしていただろう?宝飾品店ではあまり喜んでいなかったから。」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです。」
私はペンダントの入った袋を大事に抱え込んで旦那様に感謝を告げる。
ほんの少し見ていただけなのに、旦那様は気づいて買ってくださったのだ。
その心遣いが嬉しく、妙にくすぐったい。
公爵邸に到着すると、旦那様は当然のようにエスコートをしてくれる。
最初は恥ずかしくてたまらなかった。
けれど、この時にはもう恥ずかしさより、隣を歩ける嬉しさの方が勝っていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




