12
教育を開始してから一週間ほどが経過した。
今日は歴史の授業の日だ。
私はルーカスの待つ部屋へ移動しながら、前回の授業を思い出していた。
旦那様が片翼を失ったこと。
私はその事実が隣国に知られれば再び戦争が起きるかもしれないと、前回の授業を思い出すたびに胸の奥がざわついていた。
この一週間、手紙で感謝を伝えるための言葉は身についてきた。
リンダに手紙を書き上げた私は、旦那様宛の手紙を書くため日々奮闘している。
手紙を渡したときのリンダは、白と黒の美しい翼をふわふわ揺らしながら喜んでくれていた。
旦那様はもっと喜んでくれるだろうとルーカスやリンダに言われたが、果たしてリンダ以上に喜んでくれるのだろうか?
そんなことを考えているうちに授業を受けるための部屋へと到着していた。
「本日は周辺国について学んでいきましょう。」
「よろしくお願いいたします。」
今日の授業も新しい驚きで満ちたものになるだろう。
私は気を引き締めなおした。
「それでは早速、この国の地理的な位置関係からご説明いたします。」
ルーカスの話を聞き漏らすまいと耳を傾ける。
「奥様、この国と周辺国の名前や位置関係はわかりますか?」
「昔住んでいた町の住人たちから聞いたので、少しはわかります。我が国アウルム王国の東には五年前の戦争の敗戦国であるベスティア帝国が、南にはアルテラ共和国、北には険しい山脈が広がっているのですよね。」
ルーカスの質問に私は思い出しながら答えた。
「そうでございます。少し補足をさせていただきますと、アウルム王国は多種族が共生しているのに対し、ベスティア帝国は獣人族を中心とした国、アルテラ共和国は鳥人族の国でございます。また西側は海に面しており、我が国は海の向こう側の大陸にある国々との貿易が昔から盛んでした。奥様の好きなチョコレートの原料などは西の大陸から輸入されております。」
「チョコレート…いつか西の国にも行ってみたいわ。」
私は授業中にもかかわらず、西の大陸にはほかにも美味しいものがあるのかしら?と想いを馳せた。
「ゴホンッ。奥様、今は授業中でございますよ。」
「申し訳ありません。」
一瞬意識が西の大陸へ飛びかけた私をルーカスが呼び戻す。
「では、続きを。公爵領は東の国境に沿って南北に大きく広がっています。そして、ベスティア帝国との国境沿いの守護をアクイラ公爵家が担っております。」
伯爵家よりも広大であることは分かっていたがそこまで広いとは思わなかった。
「国境付近にはアクイラ公爵家の領以外はないのですか?」
「いえ、アクイラ公爵家の南、アルテラ共和国との間には隼族が、北の山脈との間には鷹族がそれぞれ侯爵領をお持ちです。隼族、鷹族、鷲族はともに国境を守る役目を負っていますが、鷲族であるアクイラ家の担う守備領域は他家の三倍ほどございます。」
アクイラ公爵家だけが危険にさらされているわけではないということに安堵したが、同時に最大の戦力である旦那様の翼が失われたことが気になった。
「旦那様の翼が失われたという情報はベスティア帝国には知られているのでしょうか?」
「それについては積極的な口外は禁止されておりますが、片翼は目立ちます故…周知の事実と言わざるを得ません。もうすでに情報は掴んでいるかと…今は敗戦後の復興で手いっぱいのようですが、王国へと攻め入る機会を虎視眈々と狙っているはずでございます。」
私は背筋が冷たくなるのを感じた。
「では、旦那様が鷲族として担ってきた空の守護は今どうなっているのでしょう?」
「空からしかできない活動に関しましては、現在は先代様――旦那様の父君が担っておいでです。奥様との縁談が調うと同時に、国境付近の別邸へ旦那様の母君とともに移住なさいました。」
その言葉を聞いて、ふとご両親へ挨拶に伺わなくてもいいのだろうかと不安になった私は、
「ご挨拶に伺わなくてもいいのでしょうか?」
と、ルーカスに尋ねる。
「奥様は病み上がりの上、今は隣国と緊張状態ですのでそれは難しいかと…。いずれ機会があるとは思いますので、それまでの間にお手紙を届けるのはいかがでしょうか?」
気にする私を気遣って、ルーカスが手紙を届けることを提案してくれた。
「それは素敵な考えだわ。早速お手紙を書いてみます。」
手紙であれば迷惑にならないだろうと私も納得することができた。
「それでは、本日の授業はここまでにしましょうか。」
ルーカスの声にもうそんなに時間が経っていたのかと驚いた。
「それにしても奥様は飲み込みが早いですね。授業のし甲斐があります。」
「ルーカスの教え方が上手だからではないですか?質問ばかりして、授業を止めてしまっていますし…」
ルーカスの褒め言葉に私はそんなことはないだろうと思った。
「いえいえ、質問は的を射ておりますし、質問ができるというのは直前の話を理解していなければできませんから。」
ルーカスにそこまで言われるとなんだかむず痒い気持ちになる。
「ありがとうございます。これからの授業も楽しみにしています。」
私はそう言うと足早に客間へと戻った。
「本日は旦那様との夕食がありますから、午後の授業はお休みにしてのんびり致しましょう。」
客間へ戻るとリンダがのんびり過ごそうと提案してくれた。
それならばと、私はルーカスから課題として渡された本を手に取り窓辺に座った。
「最近、お忙しくされておりますが、体調はいかがですか?もう少しゆっくり進めても良いのですよ。」
本のページをめくろうとする私にリンダが心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫よ。それに、毎日学べるのが楽しくて仕方ないの。」
私が笑顔でそう返すとリンダは少し安心したように微笑んでくれる。
それから数時間もの間、私は読書に没頭していた。
「もうそろそろ、夕食の支度をいたしましょう。」
とリンダに声を掛けられた時には、空は茜色に染まっていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




