レイヤー94 人の起こした災い
結局、
この国は法律だけで
善人を裁けないようになっている。
いや、
正確には
「自分が悪いことをしている」
と思っていない人間を
裁くことができない。
どこまでいっても。
正義には
悪意がないからだ。
自分は正しい。
悪を排除している。
誰かを救っている。
そう信じている限り
自白など望めない。
罪悪感も生まれない。
後悔もない。
殺人を忌避しているのに
死刑という正式な手続きを経れば
人を殺したという感覚すら
持たずに済んでしまうからだ。
「悪を裁いた」
それだけで
すべてが正当化される。
休日の朝に
何気なく眺めるテレビ番組では
正義のヒーローが
感情を昂らせた挙句
悪の組織を
圧倒的な正義の力で
単独で壊滅させる。
そこに、
「どちらが悪なのか」
と疑問を持つ者は
ほとんどいないだろう。
悪を排除するためなのだ。
その目的が正しいなら
暴力にも遠慮はいらない。
妥協もいらない。
勧善懲悪。
そういう価値観が
この国には根付いている。
だから、その先で
正しさと正しさが
ぶつかったとしても
誰も
自分が間違っているとは思わない。
洋蔵は
今回の禁呪について考える。
封印するべきなのか…
答えは、否だった。
「封印は…しません」
研究員が驚く。
「できないんです」
今回、自分たちには
この国の司法を
直接裁く権限がない。
禁呪使用の犯人を
断罪することもできない。
まして、
その国そのものが
『正義』として受け入れている行為を
外から一方的に
犯罪だと決めつけることもできない。
だから、別の方法を取る。
まず、
禁呪が使用されたという事実。
その危険性。
そして、
近隣諸国からの警告。
それらを
正式な報告書として提示する。
さらに、対策として
国全域へ
新しい術式を設置する。
犯罪者に対する。
精神鑑定術式。
犯罪行為を行った者の精神状態を検知し
過剰な暴力性や
犯罪傾向を判別する。
これなら
新たに犯罪者が
この国へ寄りつくことを
抑止できるだろう。
だが、完全ではない。
この術式には
致命的な欠点がある。
「正義か悪かは」
洋蔵は
術式の設計図を見る。
「関係ない」
誰かを悪から救うためでも
正義を守るためでも
必要悪だったとしても
過剰な暴力を振るえば
術式は、その人物を
加害者として判別する。
犯罪者として記録する。
つまり、
この術式の前では
『なぜ暴力を振るったのか』
は判断材料にならない。
正義のためでも
悪意からでも。
結果として
他者へ過剰な暴力を振るえば。
同じように
加害者として扱われる。
「……これでいい」
洋蔵は
最後の調整を終える。
正義そのものを
否定することはできない。
だが、
正義を理由に
暴力を無制限に許すこともできない。
その境界だけは
魔法に刻んでおく。
術式の設置。
そして、
報告書の提出。
それをもって
この調査は終了する。
長かった
厄災を追い
禁呪を追い
人間の欲望や
救済や
正義を追い続けた。
そして最後に辿り着いたものは
魔物でも
自然災害でも
禁呪そのものでもなかった。
人間だった。
「厄災は」
洋蔵は
静かに呟く。
「人間が起こす…」
だから
これは
人災だった。
自業自得




