レイヤー93 必要悪
洋蔵は
これまでの事件を
もう一度、最初から並べ直した。
そして
ひとつの奇妙な共通点に気づく。
暴徒による死者が
一人もいない。
これだけの人数を
何度も暴徒化させている。
それなのに
殺されているのは
毎回
特定の者だけだった。
しかも
該当する者たちは
事件のたびに
死刑になっている。
偶然ではない。
意図的に選ばれている。
刑務所。
裁判所。
スラム街。
都市の各地から
簡単には裁けない犯罪者が
選別されている。
罪を犯していることは
分かっている。
だが、証拠がない。
あるいは
過去の罪を認めない。
現行犯として捕らえても
軽い罪にしか問えない。
そんな人間たちだ。
暴徒たちは
彼らを標的にする。
激しい暴行を加える。
だが、
それでも殺さない。
そして、
暴徒自身も捕縛される。
錯乱状態として扱われるため。
一人ひとりに科される罪は軽い。
やがて、
ターゲットとなった犯罪者だけが
正式な裁判を経て
死刑になる。
「……殺人にならない」
洋蔵は
その仕組みを理解して
背筋に寒気を覚えた。
これは
殺人を避けるための
魔法だった。
因果律に干渉しないよう
徹底的に設計されている。
自分の手で殺せば
殺人になる。
だから、殺さない。
暴徒には殺させない。
ただ、
犯罪者を
正当な手続きの中へ
押し戻す。
そして
人の裁きによって
死刑にする。
「……法では裁けない人間を」
一拍。
「法の中へ押し込んでいる」
しかも
毎回、複数人。
刑務所にいる者。
裁判所で逃げ続けている者。
スラム街に潜伏している者。
それぞれ別の場所にいる。
それなのに
暴徒は
まるで最初から
誰を狙えばいいのか
知っている。
明らかに
選別されている。
これは、正義なのか?
洋蔵は、しばらく考える。
法では裁けない。
証拠がない。
被害者が泣き寝入りする。
そんな犯罪者を確実に
裁判の場へ引きずり出す。
そして、
罪に応じた罰を受けさせる。
怒れる市民にとっては
鬱憤を晴らす機会にもなる。
犯罪者を憎む人間にとっては
救済ですらある。
だが、その裏側で
誰かが
「生きる価値のない人間」を
選別している。
正義という言葉を使って。
命を選んでいる。
「……必要悪」
その言葉が頭に浮かぶ。
正義であるために
人を殺さない。
殺さずに
殺されるべき人間だけを
法によって死刑にする。
そんな仕組みを
誰かが
禁呪によって作り上げた。
そして
市民も
その仕組みに加担している。
暴徒たちは
自分たちの正義だと信じている。
だから、誰も
自分が犯罪に加担しているとは思わない。
むしろ
悪を裁いている。
そう信じている。
「……これなら」
洋蔵は報告書を見る。
「黒塗りになるわけだ…」
この国にとって
これは
単なる犯罪ではない。
司法そのものに関わる
国家の根幹に触れる問題だ。
もし犯人が
この仕組みを構築できる立場にいるなら。
司法制度を知り。
犯罪者の情報へアクセスでき。
裁判の結果まで
予測できる人物。
つまり
司法側に身を置く人間。
あるいは
それに極めて近い人物。
そして
一人ではない。
市民も
知らず知らずのうちに
この仕組みを支えている。
「正義の名のもとに」
洋蔵は
静かに呟く。
「命を選別している」
これは
ただの暴動ではない。
ただの精神干渉でもない。
法を破壊するためではなく
法では裁けない罪を
法の中で裁くための
禁呪。
そして
その思想こそが
この事件の本当の恐ろしさだった。
「誰かが…」
洋蔵は
黒塗りの向こう側を見る。
「必要悪を必要だと判断した」
その瞬間
正義は
誰か一人の意思によって
人の命を選別する力へと変わった。
必要悪は正義か?
正義のためにふるう暴力は正しい行為なのか?
許される悪は正しいのか?




