レイヤー92 義憤
正しい悪意に触れる
この怒りは何だ?
洋蔵は
捕縛された暴徒たちを見ながら考える。
優劣をつけるための争いではない。
自分の痛みを
相手にも味わわせるための復讐でもない。
暴力そのものに酔った悪意でもない。
妬みや嫉みから生まれた私怨でもない。
積み重なった不平不満を
ただ吐き出しているわけでもない。
ならば
この感情は何だ。
この怒りは
「……義憤か」
罪を憎む。
悪を許さない。
誰かが傷つけられれば
それを許せないと思う。
それ自体は
決して悪い感情ではない。
むしろ
人が人らしく生きるために
必要な感情なのかもしれない。
だが、これは
行き過ぎている。
暴徒たちは
自分自身の正義で怒っているのではない。
誰かの正しさを
身にまとっている。
誰かが抱いた怒り。
誰かが下した裁き。
誰かが決めた「正しい」という意思。
それを
魂に転写されている。
だから
罪を激しく憎む。
だから
暴力に躊躇しない。
だから
目の前の罪人を
自分の手で裁こうとする。
「正義を」
洋蔵は呟く。
「魔法にしたのか……」
それは、
恐慌ではなかった。
狂気でもなかった。
怒りそのものが
目的になっている。
誰かの正義を実行するためなら
自分が傷つくことさえ
厭わない。
そして
その正義が間違っている可能性を
疑うこともしない。
最も厄介なのは
そこだった。
悪意なら
まだ分かる。
欲望なら
まだ分かる。
怨恨なら
その原因を探せる。
だが
正義には
正しい理由がある。
だからこそ
止めることが難しい。
「罪を憎むことと」
洋蔵は
重傷を負った男を見る。
「人を憎むことは違う」
しかし、
その境界を越えた瞬間。
正義は
別の暴力になる。
誰かの正しさを
疑うことなく身にまとい
他人を裁く
それは
人が人を裁くことですらない。
誰かの意思によって。
人間が
人間を処刑するための道具になる。
「……義憤」
その言葉を
洋蔵は記録する。
だが
その横に
もう一つの言葉を書いた。
――過ぎた正義。
これは、
単純な精神汚染ではない。
意思そのものを
魂へ転写する禁呪。
そして、その意思が
『正義』だった。
だから人は
自分が操られていることに
気づけない。
むしろ
自分自身の意思で
正しいことをしていると
信じてしまう。
洋蔵は
静かに筆を置いた。
この禁呪は
人を狂わせる魔法ではない。
人を
「正しいと思わせたまま狂わせる…」
因果律への干渉を
避ける魔法だった。
人が怒る時
何を許せないのだろうか
怒りに身を任せて
何が解決するのだろうか




