レイヤー91 怒りに身を任せるには…
ついに
現場に居合わせた。
数日おきに国内のどこかで発生していた集団恐慌。
今回の場所は
スラム街だった。
異変に気づいた直後
通りの奥から
人の波が押し寄せてきた。
「来ます!」
暴徒が
こちらへ向かって突進してくる。
洋蔵は反射的に
身を守る結界を展開。
続けて
周囲に状態異常解除の術式を発動する。
数人が負傷したものの
幸いにも
近くに衛兵の詰所があった。
援助を要請。
衛兵たちが駆けつけ
暴徒を次々と制圧していく。
ほどなくして
全員を捕縛することができた。
一通りの対応を終える。
そこで
洋蔵は違和感に気づいた。
「……おかしい」
暴徒たちは
恐慌状態ではない。
状態異常解除の術式も
効いていない。
いや
正確には
解除するべき状態異常そのものが。
存在していなかった。
「錯乱…していない?」
研究員が
捕縛された男を見る。
その目には
僅かな理性が残っている。
ただ
異様なほど
感情が昂ぶっていた。
「これは……」
洋蔵は一人ずつ
状態を確認する。
恐怖ではない。
混乱でもない。
狂気でもない。
怒り。
憤怒。
全員が
何かに対して
激しい怒りを抱いている。
そして
その怒りの方向は
一つだった。
暴徒同士では
争っていない。
互いに傷つけることもなく。
ただ一人の人物へ
向かっていた。
「…これは…精神汚染じゃない」
洋蔵は
ようやく確信する。
精神そのものを
汚染しているわけではない。
だが
精神には
干渉されている。
それも
今まで見たことのない形で
「魂の…転写か…?」
一人の人間が持つ。
強烈な意思。
その意思だけを
複数の人間へ
重ね合わせる。
人格を奪うのではない。
思考を支配するのでもない。
ただ
一つの感情を
共有させる。
その感情が
怒りだった。
そして
その証拠が目の前にある。
暴徒たちは誰一人
互いを攻撃していなかった。
全員が
同じ標的へ向かっている。
その先には
一人の男がいた。
彼だけが
激しい暴行を受けている。
すでに重傷だった。
洋蔵は
男の身元を確認する。
「……重罪指名手配犯」
なるほど。
暴徒たちが
この男を狙った理由はあった。
しかし、
問題は誰が彼らに
その怒りを与えたのか。
そして、なぜ
これほど多くの人間を
一人の意思で
動かしたのか。
男は
暴徒とともに捕縛された。
その後
身元と犯罪歴が確認され
即座に死刑が確定した。
罪を犯した者が
人によって裁かれる。
それ自体は
異常ではない。
むしろ
洋蔵が知りたいのは
その男が
なぜ
これほど多くの人間から
同時に憎悪されていたのか。
そして
誰が
その怒りを
彼らに植え付けたのか。
「怒りは」
洋蔵は
捕縛された暴徒たちを見る。
「自分のものだったのか?」
それとも
誰かから
与えられたものなのか。
魂の転写。
もし
一人の人間の意思を
これほど広範囲へ
転写できるのなら
これは、精神汚染より。
はるかに厄介な禁呪だった。
そして、今回もまた
被害者と加害者が
同時に存在している。
ただし
本当の加害者が
どこにいるのかは
まだ分からない。
洋蔵は静かに
周囲を見渡した。
「…これは…誰の怒りだ?」
その答えは
まだ
見つからなかった。
つまりデモンストレーションだな




