レイヤー90 仮説とペルソナ
ここまでの調査結果を
一度整理してみる。
分かっているのは
人間が大量に
空間転移させられているということ。
転移先では恐慌状態に陥り
周囲の人間を襲う。
そして、
捕縛された者たちは
記憶を失っている。
だが、
目的が分からない。
なら、犯人像から
逆算するしかない。
洋蔵は机の上に紙を並べる。
「まずは…」
「犯人のペルソナを作りましょう」
研究員が頷く。
可能性が高いもの。
一つ目。
テロ行為。
都市を混乱させ
市民に恐怖を与える。
ただ、あまりにも
手段が非効率だ。
二つ目。
禁呪の実験。
人間を
実験材料として
大量転移させている。
これなら
非効率さにもある程度説明がつく。
しかし、何を検証しているのかが
いまいち分からない。
三つ目。
組織犯罪。
複数の人間が役割分担して
継続的に術式を運用している可能性。
これなら事件が
都市の各地で発生していることにも。
説明がつく。
可能性が低いものとして
もう一つ
「魔法による都市機構の誤作動」
魔導式の交通網。
転移設備。
都市インフラ。
それらの術式が
何らかの原因で
誤作動している可能性。
ただし、
これは調査範囲が広すぎる。
都市全体の魔法インフラを
調べなければならない。
現実的ではない。
そして、もう一つ
捨てきれない線がある。
“怨恨”
どの事件にも被害者がいる。
誰かが
誰かに
恨みを持っていた可能性。
個人的な復讐なら
事件ごとの関連性が
見えないことにも説明がつく。
だが、
百人規模の転移。
それだけの魔力。
それだけの術式。
個人の怨恨としては
やはり
規模が大きすぎる。
洋蔵は
さらに一枚。
紙を置く。
そこには
報告書には書けない仮説があった。
「……国による」
「禁呪の戦略的運用」
研究員の表情が固まる。
軍事利用
兵器開発
実験
敵国への工作。
もし、国家が
禁呪を戦略兵器として
運用しているのなら
今回の事件は、単なる犯罪ではない。
控えめに言っても“最悪のケース”だ。
そして、それを解明した瞬間
自分たちが
消される可能性すらあるのだ。
「だったら」
研究員が言う。
「調査を断ればいいのでは?」
洋蔵は少し考える。
「そうなんですよ」
もし、国家が直接。
禁呪を使用しているのなら
わざわざ、他国の調査機関を
受け入れる必要はない。
調査そのものを
拒否すればいい。
それでも
こちらを受け入れている。
しかも、好きに調査しろとまで言っている。
少なくとも現時点では
この国の調査機関が
直接関与している可能性は低い。
「単純に」
「煩わしいだけなのかもしれません」
あの態度。
面倒そうな対応。
最低限の情報提供。
黒塗りだらけの報告書。
隠したいことは
確かにある。
だが、それは
禁呪そのものとは限らない。
国として
他国に知られたくない情報。
機密。
政治的事情。
犯罪者の身元。
外交上の問題。
そういったものを
一律に隠している。
そう考えれば。
あの黒塗りにも
一応の説明はつく。
「そこは」
「理解できます」
洋蔵は
黒く塗り潰されたページを見る。
「でも」
問題は
そこだった。
黒塗りの部分が分かれば
もっと早く
犯人像を絞り込める。
誰が
何のために
何を狙って
禁呪を使ったのか。
そこには
使用者の意図や
意思が
書かれている可能性がある。
「どうにかならんのか……」
洋蔵は
黒塗りを睨む。
剥がせない
読めない
推察するしかない
だから、今は
仮説を立てる。
犯人の目的
犯人の立場
犯人の知識
犯人が持つ魔力。
犯人が
なぜ
こんなにも
非効率な禁呪を使うのか。
一つずつ可能性を潰していく。
洋蔵は
最後に
紙の中央へ
大きく書いた。
――犯人のペルソナ。
その下に
いくつもの可能性が並んだ。
テロリスト。
研究者。
犯罪組織。
怨恨を持つ個人。
都市インフラの管理者。
そして、
国家。
どれも
決め手に欠ける。
最後の事案。
それなのに
未だ
犯人の顔すら
見えてこない。
洋蔵は、
黒塗りの報告書を
もう一度めくった。
「……面倒な奴だな」
窓の外に目を向ける
まだ
霧の中だった。




