レイヤー89 五里霧中
連日の聞き込みでようやく
ひとつの可能性が浮かび上がった。
精神汚染
最初はそう考えていた。
だが、どうやら違う。
「……空間転移?」
研究員が聞き返す。
洋蔵は
集めた証言を並べる。
複数の事件。
突然現れる暴徒。
その直前まで
彼らは、別の場所にいた。
しかも、一人や二人ではない。
「百人規模です」
人間を一度に
空間転移させている。
しかも、かなり離れた場所から。
現場へ
普通の転移術式では
到底考えられない規模だった。
転送された人間たちは
肉体に
大きな負荷を受けている。
魔力回路。
神経。
身体そのもの
転移の負荷に
耐えきれなかった可能性がある。
そして、その結果として
恐慌状態に陥った。
暴徒化したのではなく。
「壊れた状態で」
「ここへ送り込まれた」
そう考えれば
いくつかの現象は説明できる。
だが、新たな疑問が生まれた。
捕縛された者たちは
皆、一様に
記憶障害を起こしている。
自分が
どこにいたのか。
なぜここにいるのか。
どうして
こうなったのか。
誰に聞いても
分からない。
本人たちにも
分からないのだ。
そして、
転送元を調べても
場所に関連性がない。
市場。
住宅地。
刑務所。
スラム街。
ギルド。
酒場。
兵舎。
裁判所。
どこから
どこへ
なぜ
その場所なのか。
まるで、
無作為に人間だけを
拾い上げている。
「テロリズムだとしたら」
研究員が言う。
「あまりに非効率すぎませんか」
洋蔵も頷く。
人口密集地を狙うなら
もっと簡単な方法がある。
集団催眠。
精神干渉。
それだけで
大きな被害を出せる。
わざわざ
百人単位の人間を
遠距離転移させる必要などない。
では
禁呪だとしたら
さらに、おかしい。
これだけの人間を
これだけの距離。
一度に転移させる。
莫大な魔力が必要になる。
術者自身が
耐えられない可能性すらある。
「人柱を使えば」
研究員が呟く。
洋蔵は首を横に振る。
「使われていません」
確認できる範囲では
人柱の痕跡がない。
魔力供給源も
見つかっていない。
つまり、これを実行するには
あまりにも非効率すぎる。
大量の人間を転移させ
その人間たちを壊し
暴徒化させる。
しかし、そのために
術者自身の命まで
危険に晒す。
「……何のために?」
答えが出ない。
仕組みは
少しずつ見えてきた。
精神汚染ではない
空間転移。
しかも、人間を大量に
無理やり転送する。
転送された人間には
記憶障害
神経障害
恐慌状態
そこまでは
推察できる。
だが、肝心の
目的が分からない。
「分からないことが」
洋蔵は
資料を見下ろす。
「増えましたね」
研究員が苦笑する。
洋蔵がつぶやく
「五里霧中…」
報告書には
今わかっていることを
そのまま記録した。
――集団恐慌の原因
――人間の大量空間転移
――転送による身体的損傷の可能性
――記憶障害
――術式の目的…不明
最後の一行。
そこだけが
どうしても埋まらない。
禁呪を使う理由が
見つからなかった。
知られたくないのなら
無理して調べる必要もない




