↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/98

レイヤー84 狂気の村

妬み嫉み


考えれば…


最初からおかしかった。


災害発生地域。


本来なら


人が減り


灯が消え


静まり返るはずの場所。


それなのに


この村だけは


むしろ、


“増えていた”


笑い声が夜でも途切れない。


酒場の灯りは


嵐の夜でも消えない。


街道は寸断され


周辺の村は壊滅し


農地は泥に沈んでいる。


それでもここには


食料がある


肉がある


酒がある


湯気の立つ料理がある


そして、客がいる。


行商人が


旅人が


逃げてきたはずの者たちが


なぜか


ここに集まっている。


娼婦たちも


いつも通りに笑っていた。


雨で濡れた髪を拭きもせず


香水の匂いを振りまきながら


客の腕に絡みつく。


外では、川が消えたというのに。


ここではグラスの氷が。


静かに鳴っていた。


物流は完全に途切れている。


それなのに


棚には新しい酒樽が並ぶ


肉は腐らず


パンは硬くならない


まるで


“時間だけがこの村を避けている”ようだった。


豊かさに陰りがかかる


その直前…


都合よく天候は回復した。


嵐は止み


空は晴れ


道は乾いた


偶然…


そう考えるには


あまりにも整いすぎている。


さらに酒場で聞いた


あの詠唱…


あれは“精神干渉”だった。


エールに残っていた


舌の奥に残る


妙な苦味


ただの酒ではない


喉の奥に


わずかに残る痺れ


思考の輪郭を


ほんの少しだけ歪める感覚。


媚薬。


あるいは


判断力を緩める調合薬。


娼婦たちの香水も同じだ


すれ違うたびに


意識が一瞬だけ軽くなる。


視線が柔らかくなる。


怒りが消える。


違和感が薄れる。


魅了系の状態異常。


だが、これくらいなら


まだ“商売の範囲”だ。


酒場を盛り上げるための


よくある小細工。


問題は、


ここからだった…


新生児の人柱。


洋蔵は


土砂の中から見つかった。


小さな骨を見下ろす。


それは骨というより


“痕跡”だった。


あまりにも小さい。


あまりにも軽い。


指で触れれば


崩れてしまいそうなほど。


これは、


娼婦たちが産んだ子供なのだろう。


父親は分からない。


あるいは


分かっていても


誰も言わない。


言えないのではない。


言わないことに慣れている。


そして、その命は


“使われた”


殺された、のではない。


もっと静かに


もっと当然のように


儀式の一部として


消費された。


恐らく大規模な戦術級魔法。


この一帯の気候そのものを


書き換える規模の術式。


雨雲を作るのではない。


“雨が降る世界”を


無理やり上書きする魔法。


その代償として


命が必要だった。


しかも


最も抵抗できない形の命が…


「……惨すぎる」


声が


喉の奥で擦れる。


風を操る魔法はある。


雷を落とす魔法もある。


雨を降らせる魔法もある。


だが、今回のこれは


それらとは違う。


この一帯そのものを


“気候の器”として扱っている。


無理やり災害級の雨雲を


世界の上に押し付けた。


その結果、気温は壊れた。


昼と夜の境界は崩れ


空は光り


オーロラが裂けるように現れた。


確認できていないだけで


他にも存在しないはずの気象が


いくつも発生していたはずだ。


それだけの規模。


それだけの歪み。


なのに、村には


不自然なほど


被害がない。


川は枯れた


山は崩れた


周囲の農地は


泥と瓦礫に沈んだ。


近隣の村は


川の氾濫で消えた。


土石流は、仲間の命を奪った。


自分を突き飛ばして


濁流に消えた研究員。


その死は、この村の誰にも


届いていない。


いや、届いていても


“関係ない”として処理されている。


洋蔵は村を歩く。


笑い声。


食器の音。


酔客の怒鳴り声。


娼婦の笑い。


客の下卑た冗談。


すべてが


一つの“正常”として成立している。


だが、その正常の中に


異物が混ざっている。


村の人間たちは、


異常なほど


外の世界を見ていた。


見ているだけではない。


“測っていた”


近隣の町。


豊かな村。


行商人。


旅人。


それらを見て比較していた。


そして、劣っていると感じていた。


閉塞感。


それは、空気のように村に満ちていた。


逃げ場のない土地。


増えない収穫。


変わらない生活。


そこに、嫉妬が沈殿していく。


「自分たちだけが苦しい」


「自分たちだけが置いていかれる」


その感情は


最初は小さかった。


誰か一人の愚痴だった。


酒場の片隅の冗談だった。


だが、


それは繰り返されるうちに


“共通認識”になった。


「この村だけでも」


「雨が降ればいい」


「他より少しだけ豊かになればいい」


「少しくらいなら」


その“少しくらい”が


境界を壊した。


魔法があった。


それが、決定的だった。


協力する者が増えた。 


見て見ぬふりをする者が増えた


利益を得る者が増えた


そして、誰もが


自分の手を


“少しだけ”汚した。


人柱を用意する者。


術式を組む者。


魔力を供給する者。


儀式を知りながら黙る者。


異常気象で客を呼び込む者。


誰一人として


自分だけが悪だとは思っていない。


だから、止まらなかった。


洋蔵は、底知れない不快感を覚える。


これは、一人の狂人の所業ではない。


組織犯罪ですらない。


もっと厄介なものだ


“共同体そのものの腐敗”。


しかも、


一人ひとりの罪の意識が


驚くほど薄い。


「自分は命令されただけ」


「知らなかった」


「みんなやっている」


「村のためだった」


「仕方なかった」


その言葉は罪を消すためではない。


罪を“分散”させるための言葉だ。


結果は消えない。


他人の命


他人の土地


他人の未来


それらを


自分たちの安定のために


燃やした。


そして、その中には


生まれたばかりの命が含まれている。


洋蔵は、


赤ん坊の骨が眠る場所を見る。


「……何が村のためだ」


誰にも届かない声。


「これのどこが」


「生きるためなんだ」


この村は、すでに


厄災の“結果”ではない


厄災の“原因”だ。


魔法だけではない。


人間の感情そのものが


因果を歪めている。


嫉妬。


閉塞感。


憎悪。


自己正当化。


そして、他者の不幸を


自分の利益に変えることへの慣れ。


それが、この村の“繁栄”の正体だった。


洋蔵は、村を振り返る。


灯りが、いくつも揺れている。


酒場の窓から笑い声が漏れる。


誰もが、


明日も同じ日が続くと信じている。


自分たちが


何を積み上げてきたのか


知らないふりをして。


「……狂っている」


術者だけではない


誰か一人ではない


村全体が少しずつ


正常の形をした狂気に沈んでいる。


それが一番


恐ろしかった。

よし、封印しよう…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。