レイヤー82 盛り場で
タバコは吸わない
酒場では
仕事を終えた娼婦たちが
酒盛りをしていた。
今日も
村は賑わっている。
行商人。
旅人。
村人。
そして、仕事を終えた女たち。
洋蔵は隅の席で
静かに酒を飲んでいた。
聞くつもりはなかった。
ただ、自然と声が耳に入ってくる。
「雷が鳴ったら仕事はおしまいにしましょう」
「酒とオンナで労え!ってね」
「アタシらは雨乞いしないと儲からないわ」
「雨なんか降らなくても、毎晩来てくれりゃいいのに」
「若い子の筆おろししてあげるわよ」
「ワタシ働きすぎて腰がガクガク」
ゲラゲラ。
下品な笑い声。
酒の匂い。
料理の匂い。
鼻腔が痺れるほどの香水。
甘ったるい煙草の紫煙。
人いきれ。
まったく呑気なものだ。
ついさっきまで
この土地では
地形が変わるほどの豪雨が降っていた。
雷が落ち。
街道が壊れ。
人が流された。
それなのに
今ではまるでお祭り状態だった。
洋蔵は苦いエールを口にする。
「……まあ」
「生きているなら」
「それでいいか」
そう呟いて。
目を閉じた。
その瞬間。
微かに聞こえた。
「――……」
詠唱。
一節。
ほんの断片。
洋蔵の目が開く。
「……?」
聞き間違いか。
いや、違う。
魔術詠唱だ。
反射的に
立ち上がる。
椅子が鳴った。
周囲の客が
一瞬だけこちらを見る。
しかし、もう
聞こえない。
酒場の喧騒。
笑い声。
食器の音。
酔客の怒鳴り声。
陽気な音楽。
すべてが
詠唱の痕跡を飲み込んでいる。
「……今のは」
洋蔵は周囲を見渡す。
誰だ。
何を使った。
どこから。
何をされた。
魔力の残滓を探る。
だが、薄い。
あまりにも薄い。
通常の魔法なら。
もっと明確な痕跡が残る。
洋蔵は
自分の感覚を確認する。
身体。
異常なし。
視界。
異常なし。
呼吸。
異常なし。
記憶。
問題なし。
なら、何だった。
その時、
ひとつの可能性が頭をよぎる。
「……精神干渉か?」
誰かがこの酒場で
魔法を使った。
それも
攻撃ではない。
気づかれないように
人の認識や意識へ
干渉する魔法。
洋蔵は
酒場を見渡す。
誰も
何も
気にしていない。
笑っている。
飲んでいる。
話している。
まるで
何も起きていない。
いや、本当に
何も起きていないのか?
それとも
「……なぜ」
こんな場所で
精神干渉の魔法を使う?
誰が
何のために…
そして
自分は何をされた?
自分に向けられた視線に
底知れぬ不快感を覚えた。
洋蔵は
グラスを置く。
さっきまで
苦いだけだったエールの味が
妙に遠く感じた。
「これは……」
小さく呟く。
「厄災の調査とは」
「別件なのか?」
答えはまだ
酒場の喧騒の中に
紛れていた。
酔うと色々面倒くさくなるよね




