レイヤー76 不都合な真実
あと少しで…
「考えるんだ」
洋蔵は
目の前の結界を睨んでいた。
「結界の意味を」
解析は終わった。
術式の構造も
解除方法も
すべて分かっている。
今なら全ての結界をワンアクションで解除可能。
相手のリカバリーより早く内部へ侵入できる。
それでも
解除はしない。
「これは」
洋蔵が静かに言う。
「解除しては…いけない」
結界の内側では
すでに
厄災が発生している。
外周で倒れていた信者。
血を流していた者。
魔物へ変異しかけていた者。
すべて
その兆候だった。
そして
こちらの動きを先回りして。
結界を張り続けられる人物は
一人しかいない。
教祖。
ならば
考えられる可能性はひとつ。
教祖自身を
人柱にしたのではないか。
禁呪を発動するために
教祖を利用して
厄災を無理やり引き起こした。
だとすれば教祖は
自分が利用されたことに気づいた。
そして慌てて
施設そのものを結界で覆った。
外からの侵入を拒むためではない。
中で起きているものを
外へ出さないために。
洋蔵が結界を見る。
「……そういうことか」
研究員が問う。
「何がだよ?」
「この結界の意味です」
一拍。
「攻撃系の術式はない…」
「おそらく…自爆」
「貯めこんだ魔力の臨界爆発を起こす」
「この結界の意味は…」
「被害を周囲へ広げないため」
その瞬間
すべてが繋がった。
異常なほどの多重結界。
内側からの衝撃を抑える術式。
外部からの干渉を遮断する術式。
そして、
結界の内側で進行する
信者たちの変異。
洋蔵は、
自動解除術式を閉じた。
「解析終了」
研究員が聞く。
「解除は?」
「しません」
「正しい判断か?」
洋蔵は答えなかった。
その答えは、
数時間後に証明された。
結界の内部。
変異した信者たちが
何かに引き寄せられるように
一か所へ集まっていく。
そして、
教祖へ群がった。
教祖は逃げなかった。
逃げられなかったのか。
それとも最後まで
抵抗していたのか。
外からは分からない。
次の瞬間。
施設全体が
まばゆい光に包まれた。
爆発。
音すら。
結界の外には届かない。
内側からの衝撃を
幾重もの結界が
押さえ込む。
そして
魔力の濁流が
施設内を駆け巡った。
建物を
人を
術式を
証拠を
何もかも
洗い流していく。
やがて静寂。
結界の内側には
何も残っていなかった。
教祖も
信者も
禁呪も
そして
厄災そのものも
跡形もなく
消えていた。
まるで
小さい頃に行った
寂れた映画館
最前列から
古いフィルム映画の
エンドロールを
眺めているような感覚だった
後日、
事後調査が行われた。
そこで。
新たな事実が判明する。
教祖の人体改造。
それは…
教祖自身の意思によるものではなかった。
皮膚。
眼球。
舌。
臓器。
骨。
そして
体内の畜魔力装置。
すべて
信者たちが
秘密裏に施したものだった。
つまり信者ではなく
教祖が
傀儡化されていたのだ。
それでも抵抗していた。
だから
あれほど大量の結界を
自分自身で張り続けた。
だから
最後まで
厄災を外へ出さなかった。
そして
おそらく
教祖には
この結末も見えていた。
未来を見られるのだから。
自分が
利用されることも
変異した信者に囲まれることも。
最後に
すべてを消し去ることも
見えていたはずだ。
それでも
教祖は
予言を続けた。
信者を導いた。
厄災を予見した。
その力が
富と名声を生んだからだ。
しかし
真実は違った。
未来を欲しがったのは
教祖ではない。
禁呪を求めたのも。
人体改造を施したのも。
教祖を人柱にしたのも。
結局は信者たちだった。
富。
名声。
信仰。
そして
強欲。
それらに酔った人間が
禁呪へ手を伸ばした。
その結果。
厄災を呼び寄せた。
洋蔵は
跡形もなく消えた施設を見つめる。
「……不都合な真実ですね」
研究員が問う。
「誰にとって?」
洋蔵は
しばらく答えなかった。
やがて
静かに言う。
「誰もが」
一拍。
「自分に都合のいい未来だけを」
「予言してほしがる」
「でも…」
「未来を知ったからといって」
「未来を支配できるわけじゃない」
沈黙。
洋蔵は
結界の残骸を見る。
「教祖は最後まで」
「自分の信者を守ったのかもしれません」
研究員が呟く。
「なら、彼も被害者だったのか」
洋蔵は首を横に振る。
「それでも」
一拍。
「禁呪を使った事実は消えません」
救おうとした。
抵抗した。
それでも
世界の理へ手を触れた。
その責任まで
誰かに押し付けることはできない。
だから、これは
単純な善と悪の話ではない。
誰かを救いたかった者が
誰かに利用され
その力を利用され
最後には
自分自身まで
厄災の一部になった。
洋蔵は
静かにその場を離れる。
円が更新される。
予言。
信仰。
強欲。
傀儡。
人柱。
厄災。
封印。
そして
不都合な真実。
研究員が最後に尋ねる。
「最強の魔法は?」
洋蔵は振り返らない。
「真実を知ることではありません」
一拍。
「知った真実から」
「目を逸らさないことです」
それも全て見えていた




