レイヤー72 誰がために鐘は鳴る
孤独な死よ来たれ
魂よ安らかに眠れ
共同墓地の奥
木々に囲まれて
日差しの届かない
小さな管理小屋
そこに
その男はいた。
この墓地の墓守だった…。
彼は拘束されても
まったく抵抗しなかった。
ーーー数分前。
我々の調査の横で
普段通りに
仕事をしていた彼は
新たに運び込まれていた死体に気づき
死体の前で膝をつき
慣れた手つきで
術式を組み上げて
死体は淡い光を放ち
むくりと起き上がった
終わるとこちらに気づき
「こんにちは」と
軽く会釈をしてから
管理小屋へ戻る…
呆気にとられ
硬直していた我々の横を
目覚めたばかりの死体が
フラフラと歩きながら
通り過ぎていった…。
ーーーーーー
洋蔵が尋ねる。
「なぜですか?」
男は少し笑う。
疲れ切った横顔だった。
「誰かの死を…」
一拍。
「他人事ではなく」
「この世の全ての人のこととして」
「自分のこととして…考えよ」
まるで教唆のようだった。
自分は間違っていないという前提なのか。
「何を聞いてもそれか…」
いくつか質問をしてみたが返答はどれも同じだった。
研究員は眉をひそめる。
我々の問いに対する答えとしては
相応しいものではなかった。
男は墓地を見つめる。
毎日運び込まれる遺体。
厄災で命を落とした者たち。
名前のない墓。
鐘を鳴らす。
土を掛ける。
祈る。
また鐘を鳴らす。
その繰り返し。
一人
また一人
孤独な死が
静かに降り積もる。
研究員が呟く。
「“死”に取り憑かれたか」
洋蔵は静かに答える。
「そうかもしれません」
メメントモリ…
死を想え…だったか
しかし
男には
蘇生に必要な
医療知識がなかった。
脳を修復する術も
神経伝達を再現する理論も
知らなかった。
それでも
毎日鐘を鳴らし
死者を起こそうとしたのだろう。
未熟な術式を重ねて
失敗する
また重ねる
何度も
何度も
やがて
死体は起き上がり
歩くだけの死者が生まれた
身体は再び動く
表情はなくても顔は戻る
だが、
脳は働かない。
感覚もない。
思考もない。
魂もない。
虚ろな死者の行進。
研究員は目を伏せる
「これは…」
「救済なのか?」
男は答えない。
洋蔵が静かに口を開く。
「求め続けた結果でしょう…」
「彼なりの答えだった」
長い沈黙。
男が小さく呟く。
「…死は…もう受け止めきれない」
やっと話してくれた
その想いだけは
嘘ではなかった
だから
生命の循環へ手を伸ばしたのだろう。
因果律へ干渉したのだろう。
世界の理を歪めるとしても…
洋蔵は共同墓地を見渡す。
静かに歩く死者。
静かに眠る墓。
そして
墓守がぽつりと呟く。
「……死とは」
一拍。
「怠惰ではないのか」
洋蔵が続ける
「死者は何も生みません」
「何も考えません」
「何も残せません」
「だから…」
「死を否定したかった」
一拍。
「ですが…」
墓標へ視線を向ける。
「死を受け入れることは」
「生物としての成長を怠っているわけではない」
「生きる者がその死を受け止め」
「明日を迎えることも」
「また生きる責任です」
男は俯いたまま動かない。
小さく震えている。
救済を求め続けた。
様々な術式を試した。
もしかしたら
いつの日か
完璧な蘇生に辿り着いたかもしれない。
それを
彼自身が望んでいたのかは
もう分からない。
封印術式が起動する。
墓守の男は抵抗しない。
彼の意識は
時間の止まった世界で
彷徨う亡霊たちへ
鎮魂の祈りを捧げ続ける。
辛かった仕事から解放され
肩の荷が下りたのか
墓守の表情はどこか穏やかだった。
やがて淡い光が収束し
静かに封印術式が閉じる
夕暮れの共同墓地に
鐘の音が鳴る
その音は
死者のためか
生者のためか
この場にいる誰にも分からなかった。
円が更新される。
死。
怠惰。
救済。
循環。
鎮魂。
禁忌。
贖罪。
研究員が最後に尋ねる。
「最強の魔法は?」
洋蔵は鐘の音を聞きながら答える。
「誰かの死を忘れず…」
一拍。
「いつも通りの明日を迎えることです」
柔い土をかぶり
惰眠を貪るなら
彼らの眠りを妨げる
鐘を鳴らそう




