レイヤー71 不可逆の理屈
死とは…
肉体の終わりか
心臓の停止か
魂が失われることか
共同墓地。
歩き続ける死者。
誰も襲わない
誰も喋らない
ただ
歩く。
研究員が遺体を調べる。
使用されている術式。
魔力残滓。
複数の魔法が重なっていた。
「……これは」
洋蔵が頷く。
「おそらく蘇生の実験ですね」
一拍。
「その副産物でしょう」
研究員が首を傾げる。
「禁呪じゃないのか」
洋蔵は静かに説明する。
「肉体だけなら」
「蘇生方法はいくつかあります」
図面が広がる。
一つ目。
死亡直後。
数時間以内。
致命傷を治療する。
欠損部位は錬成した生体組織。
人工臓器。
魔法医療。
生命維持。
研究員が頷く
「それは、医療だな」
「はい」
「死後の経過時間などの条件はありますが…」
「蘇生は可能です」
後遺症の懸念はあるが
治癒の範囲内であれば禁忌には触れない。
二つ目。
死体を。
魔物として再構築する。
血肉をむさぼるための
破壊衝動にかられ
渇きをいやすために
彷徨い歩く屍
筋肉と骨格
魔力回路
新たな存在へ変える。
研究員
「でも、それはもう本人じゃない」
「はい」
「これは蘇生ではありません…」
つまりステータス上はあのクリーチャーだ。
恐らく、
これも禁忌には触れないだろう。
三つ目。
禁呪。
時間逆行術式。
肉体に死が訪れる前まで
死体そのものの時間を巻き戻す。
だが
研究員は苦笑する
「無茶だな」
洋蔵は頷く。
「時間座標の設定だけで」
「数カ月はかかります」
「必要な魔力も」
「国家規模です」
これは完全に禁忌に触れる。
沈黙。
研究員が腕を組む。
「じゃあ」
「何が問題なんだ」
洋蔵は。
遺体の頭部を見る。
「脳です」
一拍。
「肉体は修復できます」
「ですが」
「記憶を修復することができません」
神経回路。
電気信号。
経験。
人格。
思考。
感情。
失われたものは。
戻らない。
記憶が欠損した状態であれば
おそらく
まばたきすら難しいだろう。
そして、
「“魂”もです」
研究員が静かに聞く。
「魂は戻せないのか」
「失われていなければ」
「“転写”という方法もできますが…」
「“復元”となればほぼ不可能です」
術式では
実体を持たない魂を
復元することはできない。
理論上は存在しても。
現実には
成功していない。
『ある一例』を除いてだが…
まぁ、それはまた別の話だ。
洋蔵は歩く死体を見る。
「あれは…」
一拍。
「生き返った人ではありません」
術式が
筋肉を動かす。
術式が
関節を動かす。
術式が
平衡感覚を補正する。
複数の魔法が
死体を歩かせているだけ。
研究員が小さく呟く。
「だから…」
「命令術式もないのか?」
「はい」
「命令する相手が…」
「もう存在しません」
沈黙。
墓地を
死者が歩いていく。
ただ歩く。
それだけ。
洋蔵は静かに言う。
「蘇生は…」
一拍。
「再現できていません」
「生命は…」
「不可逆です」
研究員が空を見上げる。
「それでも」
「禁呪なんだな」
洋蔵は頷く。
「はい」
「世界は」
「死を前提に成り立っています」
「だから、これだけでも」
「因果律へ干渉しています」
「例えば…」
「世界中で出生率が変動したり」
「流産、死産、突然死も起きる」
世界の理、システムによる補正とでもいうのだろうか
それはもう『不自然』といえる数値になるだろう。
夕暮れ。
共同墓地。
歩き続ける死者。
誰も…
生き返ってはいなかった。
円が更新される。
蘇生。
時間。
記憶。
魂。
不可逆。
因果。
研究員が最後に尋ねる。
「最強の魔法は?」
洋蔵は墓標へ向かって静かに答える。
「死者を呼び戻すことではありません」
一拍。
「生者が、その人を忘れないことです」
脳を治癒すると
記憶が欠損してしまう
つまり頭部の損傷は
回復不能である




