レイヤー58 存在を否定する魔法
存在座標操作は大変危険です
復興は続いていた。
街が戻る。
人が戻る。
文明が戻る。
だが。
研究員が一枚の報告書を持ってくる。
「おかしい」
洋蔵は目を通す。
沈黙。
「……やはり」
既知の転移術式ではない。
構造が違う。
深度が違う。
座標理論。
空間理論。
魔力流動。
そのどれにも属さない。
研究員が言う。
「転移じゃないのか」
洋蔵。
「転移です」
一拍。
「ですが高次です」
図面が広がる。
無数の円。
重なる世界。
交差する因果。
「これが」
洋蔵が指差す。
「私をここへ飛ばした術式です」
研究員が黙る。
転移理論は解析済み。
物を移す。
人を移す。
距離を飛ばす。
それは理解できる。
だが。
これは違う。
存在座標。
因果接続。
世界識別。
世界間干渉。
研究員が息を呑む。
「世界そのものを跨いでいる」
洋蔵。
「はい」
さらに解析が進む。
そして。
誰も望まない結論に辿り着く。
この術式。
世界を歪める。
均衡を崩す。
因果を捻じ曲げる。
厄災発生条件と一致する。
沈黙。
研究員が呟く。
「元凶か」
洋蔵は首を振る。
「一部です」
一拍。
「ですが無関係ではありません」
術式は示していた。
座標さえ分かれば。
異世界へ行ける。
無数の世界。
無数の可能性。
研究員が言う。
「帰るのか」
長い沈黙。
洋蔵は空を見る。
帰る場所はない。
向こうでは死んだはずだ。
家族も。
仕事も。
人生も。
すでに終わっている。
そして。
今ここには。
作った街がある。
守った人々がいる。
設計した魔法がある。
洋蔵は静かに言う。
「いいえ」
研究員。
「未練はないのか」
洋蔵。
「ありません」
一拍。
「今の方が忙しいので」
珍しく。
研究員が笑う。
そして図面を閉じる。
この魔法は残される。
だが使われない。
最後の禁忌として。
円が更新される。
転移。
因果。
座標。
存在。
世界。
否定。
研究員が問う。
「最強の魔法は?」
洋蔵は答える。
「ここにいるはずだった誰かを」
一拍。
「いなかったことにできる魔法です」
沈黙。
そして続ける。
「だから」
図面を封印する。
「使ってはいけない」
用法容量を守ってご使用しないでください




