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恋を描けない伯爵令嬢 ーその絵は嘘をつかない  作者: 夏つばき


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47/51

47 迎え


(・・・・・・今まで、あの中にいたの?)

そう思った途端、今さらのように全身が震え始めた。

自分の体を抱きしめようとして、ふと隣にあるはずのルーク様の気配がないことに気づく。


「ルーク様!」


はっと振り向けば、ルーク様は腹部をかばうようにして地面に倒れ込んでいた。


「しっかりしてください、ルーク様!」


駆け寄って呼びかけてるが、返事はない。

一気に血の気が引いていく。

ぞわりと冷たいものが背中を走った。


「ルーク様!!」


思わず肩を揺さぶろうと手を伸ばしたそのときだった。

ーーぐっと、手首を掴まれる。


驚いて息を呑む。

そんなにも傷は深いのだろうか。

ルーク様の濡れたような瞳に見つめられ、胸の奥がざわつく。


「・・・・・・アリスちゃん、見直した?」

「え?」

「俺のこと、少しは格好いいと思ってくれた?」

「はぁ?」


にやりと笑うその胸を、思わず叩く。


「痛っ!」

「冗談言ってる場合ですか!」

「いやいや。俺、結構頑張ったよ?すごくない?」


ルーク様はそう言いながら、ゆっくりと上体を起こそうとする。

だが途中で顔を顰め、そのまま力が抜けるように再び倒れ込む。


「あー、やっぱり痛い」

「当たり前です!撃たれたんですよ!!早く医者に診せないと!!!」


思わず声が大きくなる。

ルーク様はそんな私を見上げ、くすくすと悪戯っぽく笑った。


「ははっ。大丈夫だよ。びっくりさせてごめんね。ちょっと揶揄いたくなったんだよね」


地面に寝転んだまま、いつもの調子で軽口を叩く。

だけど笑っている唇は白く、呼吸もどこか浅い。


(・・・・・・本当に、大丈夫なのかしら?)

もう血は止まったのだろうか。

そっと腹部へ視線を落とすと、それに気づいたのか、ルーク様は何でもないふうに上着のボタンを留めた。


「アリスちゃんが引っ張ってくれたおかげで、命拾いしたな」


そう言って、燃え上がる屋敷へと視線を送る。

炎は黒煙を吐き上げながら、夜空までも焦がしていた。

もう、何もかも灰になってしまうだろう。


ーーあの中にいたことが信じられない。


「・・・よく、ロドリックを担いでこようなんて思いましたね」

「そう?アリスちゃんに比べれば、こんなの無茶なうちに入らないよ」


(・・・いや、ルーク様のほうが無茶してるわよね!?)

言い返そうとして、言葉が止まる。

燃え盛る音に混じって、何か別の音が聞こえた気がした。


砂利を踏みしめる音。

怒号。

誰かが指示を飛ばす声。


振り向くと、炎に照らされた中を警官たちがせわしなく駆け回っていた。


「早く消火を!」

「住民に避難を呼びかけろ!」


火の粉が舞い、熱気が押し寄せる中で、短い怒号が飛び、誰かが走り出している。

ある者は革のバケツに入った水を持ち、ある者は隣家の塀を斧で壊し始めていた。

誰もが真剣に、自分の役割を果たそうとしていた。


その中に、見覚えのある姿があった。


「ルーク、無事か!」

ーーアーサー様だ。


「アリス、どこにいる!?」

「アリスちゃん、お願いだから出てきて!」

ーー義父と義母の声。


「アリス、返事をしろ!」

ーー義兄の声も重なる。


「お兄様!アリス様!」

ーーエレノア様もいる。


懐かしい声が、一度に押し寄せた。

その瞬間、視界が滲んできた。


帰ってきた。

本当にーーようやく帰れたのだ。


目元を乱暴に拭って立ち上がり、思いきり手を振った。


「ここです!」


煙を吸ったせいか、声が掠れて思うように出ない。

それでも、精一杯大きな声で叫ぶ。

こんなに声を張り上げて叫んだのは、いつぶりだろう。


「ここにいます!私もルーク様も無事です!」


ちぎれんばかりに手を振る。


ーー最初に気づいたのは義父だ。

私の名前を叫びながら、すごい勢いで駆け寄ってくる。

それに気づいたアーサー様たちが、一斉にこちらに向かって走り出した。


「ははっ。すごいや。みんなで迎えにきたね」


ルーク様が小さく笑い、立ち上がる。

そして、アーサー様たちに呼びかけるように手を振った。


必死で走っているのに、すぐにアーサー様に抜かされる義父。

足がもつれ、倒れそうになる義母を支えながら向かってくる義兄。

涙で顔がくしゃくしゃになっているエレノア様。


ーー大事な、大事な、私のかけがえのない人たち。


「アリス!」


涙で前が滲み、視界が完全にぼやけた瞬間に、義父に駆けてきた勢いのまま強く抱きしめられる。

あまりの衝撃に、一瞬くらりと眩暈がした。


「・・・・・・・!」

「よかった」


義父の腕は、小刻みに震えている。

もう離すまいとするように強く抱きしめられ、痛いほどだった。


「本当によかった・・・」


胸の奥で張り詰めていたものが、一気に崩れ落ちる。

義父の背中に手を回し、服をぎゅっと握った。

涙が、止まらなかった。


「・・・・・・・・・ただいま」


ようやく絞り出した声に、父が何度も頷く。

肩に、はらはらと熱い雫が落ちてくる。


「もうどこにも行くな」


低く震える声に、大きく頷く。


私の居場所。大切な居場所。

命に代えても守りたい、大切な人たちがいる場所。


「アリスちゃん!」

「アリス!」


顔を上げれば、遅れて駆けつけてきた義母と義兄の姿があった。

次の瞬間、三人にぎゅっと抱きしめられる。

苦しいくらいに強い力だったが、その痛みさえも愛おしかった。


「無事で・・・無事でいてくれて、本当によかった・・・!」

「心配したんだぞ・・・!」

「うっ、お義母様、お義兄様・・・!」


涙と鼻水が、止まらない。

声にならない声が、喉の奥から溢れ出る。

自分でも制御できないまま、ただ途切れ途切れにこぼれていく。


「よかったね、アリスちゃん」

「アリス様、本当に・・・」


柔らかなルーク様の声と、涙混じりのエレノア様の声が届いたーーその時だった。

隣で、ぐらりと影が揺れた。


「・・・・・・あ」


ルーク様の体が、前のめりに傾く。

慌ててアーサー様が、ルーク様の腕を掴む。


「ルーク!」

「おっと・・・」


いつもの軽い声だったが、力が抜けたようにアーサー様の腕の中に倒れ込む。


「ルーク様!?」


顔色が真っ青だ。

さっきは無理して立っていただけだったのだろう。


「誰か、医者を!」


アーサー様の怒鳴り声が響き、警官たちが一斉に動く。

そっと地面に寝かされたルーク様の上着を開げ、アーサー様が思いきり顔を顰めた。


「無茶ばかりしやがって。先にケガを申告しろ」

「だって、感動の再会を邪魔しちゃ悪いし」

「馬鹿か、お前は」

「いやいや、ここは格好つけないとね」


「あとで説教だからな。覚えておけ」

「えー・・・、だって、婚約者の前では格好つけたかったんだよ」


「・・・婚約者?」


思わず眉を顰めたアーサー様に、ルーク様は嬉しそうに微笑んだ。


「俺、アリスちゃんと結婚するんだ」


「え?」

「この場を脱出できたら、結婚するって言ったよね?」


ルーク様が悪戯っぽく私を見た瞬間、周りの視線が一斉に突き刺さった。


エレノア様とアーサー様が、瞬きひとつせずに私を凝視している。

義父たちに至っては、まるで目の前に雷でも落ちたのかという顔だ。

どう反応すればいいかわからず、額から汗が流れ出してくる。


「あ、あれは、その、勢いと言いますか・・・!」

「ひどいなぁ。俺、本気だったんだけど」

「ほ、ほ、ほ、本気って・・・」


顔に一気に熱が集まってくる。

だがしっかり承諾したし、なんなら結婚前提で励ましていたような気がする。


「どこにも行かないって言ったのに・・・」


義父の小さな呟きを吹き飛ばす勢いで、警官たちが担架と医者らしき人物を連れて駆け込んできた。


「お待たせしました!」

「ありがとう。でも俺もだけど、隣で転がっているのも結構重症だよ」


ルーク様が、軽く指先でロドリックを示す。

それを見て、アーサー様は腕を組み忌々しげに頷いた。


「わかっている。だが、お前が先だ」

「はいはい。アーサーも怖いことだし、素直に従うよ」


そう言いながら、ルーク様は担架に乗せられる。

そのまま、こちらを気遣うように微笑んだ。


「アリスちゃんも、一緒に診てもらって」

「はい。・・・でも、私は大丈夫です。怪我はありませんから」


「・・・そう。よかった」


安堵したように、ルーク様は目をそっと閉じた。

胸がひやりと冷え、思わずその手を取った。

冷たいわけではない。

けれど力の抜けたその手は、ひどく頼りなかった。


「・・・・・・そばにいます」


小さく呟き、励ますようにその手を握りしめた。

そのまま担架の傍らに寄り添い、ついていく。

背後では、燃え上がる屋敷の崩れ落ちる音が響いた。


けれど、そんなものはどうでもよかった。

ただひたすらに繋いだ手と、血の気を失ったルーク様の顔だけを見つめていた。



お読みいただきありがとうございました。


火事の際は、煙は上に溜まりやすいため、姿勢を低くして移動すると良いそうです。

また、一度逃げたら無理に戻らないことも重要だと言われています。

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