41 目撃者
今日でアリスちゃんがいなくなってから4日目になる。
昨日は足が棒になるまで関係者を回り、話を聞いていた。
夜には茶会から戻ったエレノアから、アリスちゃんに関わる人々の噂をすべて聞き出したが、今のところ目立った成果はない。
唯一の手がかりは、トマス画廊にいた大柄な男が怪しいというだけで、アリスちゃんの行方は依然としてつかめなかった。
「ルーク、次に行こう」
「ああ」
アーサーとともに、昨日話を聞けなかった人物を順に訪ねて行く。
体力自慢のアーサーでさえ、さすがに濃い疲労の色が見え始めていた。
「怪しいのは、こいつだよな」
アーサーが持っていた似顔絵を指先で弾く。
昨日、トマスの目撃情報をもとに作らせたものだ。
あの日ギャラリーに来ていた客は、午前中だけで50人を超えていた。
俺とアーサーだけでは手が足りず、部下を派遣して手分けして話を聞かせている。
やはり、この男はどこか異質だったのだろう。
何人かの客は覚えていた。
だが、はっきりと顔を記憶している者はいなかった。
ただ共通していたのは、大柄で日に焼け肌を持ち、垢抜けない服装をしていたという証言だった。
「ああ。ポスターは貼っているし、警官にも目撃者がいないか当たらせている」
「そうか」
わずかな手がかりだが、ないよりはマシだ。
「ポーレート伯爵夫人が覚えているといいな」
「ああ、そうだな」
ギャラリーに来ていた客の一人が、ポーレート伯爵夫人がその男と話していたのを見たと言っていたのだ。
だが、芳名帳にはポーレート伯爵夫人の名は見当たらなかった。
すぐに確認しようとしたが、昨日は不在だったらしい。
執事の話では旅行中で、昼前には戻る予定だという。
「そろそろ帰ってくる頃だよな」
「ああ」
アーサーとともに伯爵邸の門をくぐろうとした、その瞬間だった。
目の前に馬車が止まる。
降りてきたのは、侍女に旅行鞄を持たせたポーレート伯爵夫人、そしてオーロラ嬢だった。
上品な若草色のドレスを身に纏った伯爵夫人が、驚いたように声を上げた。
「まあ、ルーク様にアーサー様!・・・一体どうされたのですか?」
「貴女に少しお伺いしたいことがありまして」
「まあまあ、ルーク様が私にお話しなんて!」
声を高くして驚く伯爵夫人の横で、オーロラ嬢はただ俯いていた。
以前は明るく純粋な少女らしさを見せていた彼女だが、今はその瞳に暗い影が沈んでいる。
「どうぞ、屋敷へお入りください」
「いえ、ここで結構です。長くお時間をいただく話でもありませんので」
確認が取れ次第、すぐにでも動きたかった。
オーロラ嬢は、一瞬俺たちに視線を寄越したが、すぐに興味を失ったように伯爵夫人へと目を向けた。
「お母様、私は少し疲れましたので、先に部屋へ戻ります」
「え、ええ。わかったわ。あなたも無理しないで」
「申し訳ありません。失礼いたします」
頭を下げると、オーロラ嬢は屋敷へと向かって足を進めた。
心なしか背が丸まり、その後ろ姿は、この世のすべての不幸を背負っているかのように見えた。
「失礼なことをして申し訳ありません。あの子、最近気落ちしておりまして・・・」
「いえ、お気になさらず」
おそらく、フィリップの件だろう。
彼に想いを寄せていたオーロラ嬢にとって、彼が殺人に関わったと知った衝撃は大きかったに違いない。
「グリムショー子爵の夜会に出席してからなんですのよ」
困ったように、伯爵夫人は頬に手を当てる。
「死を描いた作品を見たんですよ。・・・それが堪えたのだと思いますわ」
どうやら伯爵夫人は、娘の恋の相手については知らないらしい。
ポーレート伯爵が胸の内に収めているのだろう。
「それからずっとあんな調子なんですよ。主人からも、外に出すなと言われていて」
「でも、今日は旅行に行かれたと」
「ええ。近場ですけれど。友人が気分転換にと誘ってくれて・・・一緒に行ってまいりましたの」
伯爵夫人は、心配そうに屋敷に入っていくオーロラ嬢の背中を見送っている。
そして、大きくため息をついた。
「本当に。グリムショー子爵には、文句のひとつでも言ってやりたいくらいですわ」
「・・・そうですね」
だが、その機会はないだろう。
昨日エレノアが仕入れてきた情報では、投資していた船が嵐で沈み、破産寸前にまで追い込まれているらしい。
今は金策に奔走しているという。
おかげで彼には、話を聞けないままだ。
「あら、つい私のことばかりお話してしまって・・・失礼いたしました」
「いいえ。オーロラ嬢のことでお役に立てることがあれば、力添えいたします」
「まあ、ルーク様にそう言っていただけるなんて!」
伯爵夫人は、嬉しそうに微笑んだ。
その横で、なぜかアーサーが眉を顰めている。
「オーロラはピアノが得意なんですのよ。ぜひ一度、お聴きにいらしてくださいませ」
「ええ、ありがとうございます」
オーロラ嬢が落ち込んでいるのは、俺のせいではない。
だが、フィリップと関わりを持った以上、無関係とも言い切れなかった。
放っておくのは、どうにも気が引ける。
「ところで、4日前にトマス画廊でこの男と話をしたと伺ったのですが、顔に見覚えはありますか?」
部下に描かせた似顔絵を差し出す。
帽子と服装、それに顔の輪郭だけの粗いものだが、ないよりはマシだろう。
「あら、この方ですね!」
思いがけず良い反応に思わず身を乗り出した。
「覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。でも、顔までは、はっきりとは・・・」
「でも、お話したと・・・」
「あら、お話したのは私ではありませんの」
「・・・と、言いますと?」
「メアリー様ですわ。私は隣に立っていただけです」
伯爵夫人は癖なのか、また頬に手を当て首を傾げる。
「でも、メアリー様も覚えていらっしゃるかしら。ただハンカチをお渡ししただけだったと思いますけれど」
アーサーと、そっと視線を交わした。
お読みいただきありがとうございます。
また、誤字のご指摘をしていただきありがとうございました。
作中のオーロラ嬢及びポーレート伯爵については「16 真贋と、踏み出せない一歩」に登場しています。
お時間ございましたら、ご覧ください。
また、次話もルーク視点です。




