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恋を描けない伯爵令嬢 ーその絵は嘘をつかない  作者: 夏つばき


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32 続 海辺の出来事 


「アリス様、このまま海を見に行きませんか?」

「ええ、いいですね」


食事を終え、海までの道をゆっくりとジュリアン様と歩く。


海風が、頬をかすめる。

青い海に、白い砂浜。

貝殻を拾ってお土産にしたら、義母は喜ぶだろうか。

義母の喜ぶ顔を想像すると、心がふわりと弾む。


だが、風が髪をかき上げるたび、心も合わせるかのように上へ下へと揺れた。

目をそっと横にずらし、ジュリアン様の整った横顔を見る。


(・・・・・・いい人なのよね)

ジュリアン様と一緒にいるのは、苦ではない。

真面目で穏やかだし、私に気を遣ってくれる。

何より、こんな私を好きだと言ってくれた、貴重な人だ。


でも、それだけで結婚してはいけない気がした。

ほんのわずかな亀裂も、長い年月が経てば、大きな溝になるだろう。


「アリス様。どうかしましたか?」

「い、いいえ。何でもありません」


「そんなこと言わないでください。私はいつも、あなたには笑っていてほしいのです」

「あ・・・はい」


慌てて笑顔を作るが、ジュリアン様は眉を顰め、気遣うように私を見る。

どうやら上手に笑えていなかったらしい。

そんな自分に、ため息が出る。


(・・・・・・これ以上、一緒にいるのは無理かもしれない)

自分勝手だとわかっている。

ジュリアン様には悪いところなど一つもない。

ただ、不思議と、私の気持ちがついていかないのだ。


「アリス様、大丈夫ですか?」


優しく気遣う声が、かえって胸に刺さる。

私は、ジュリアン様が向けてくれる想いに見合うだけの気持ちを、どうしても返せない。

顔を上げることができず、俯いたまま、絞り出すように言った。


「申し訳ないのですが、結婚のお話はなかったことにしていただけませんか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・いいですよ」


その言葉に驚き、顔を上げる。


(・・・・・・いいの?)

思いがけないジュリアン様の承諾の言葉だった。

お見合いだったし、親戚のメアリー様にも紹介してもらった。

何より、ジュリアン様の真剣な想いは、痛いほどわかってしまっていた。


だから、断るのは難しいかと思っていた。

少なくとも、きちんと理由を言わないといけないと考えていた。


思わず目を見開いてジュリアン様を見ると、彼は苦笑いで返した。


「なんとなく、断られるような気はしていたんです」


「ど、どうして・・・?」

「アリス様は、時々戸惑った顔で僕を見ていましたから。・・・きっと、僕はどこか合わないんでしょうね」


「・・・・・・すみません」

「いいえ。お見合いをしたからといって、必ず結婚しなければならないわけではありませんからね」


優しいジュリアン様の言葉に、申し訳なさが胸いっぱいに広がる。

彼は最初から真剣だったのに、私は軽い気持ちでお見合いに臨んでしまった。

人の気持ちを、軽々しく扱ってはいけなかったのだ。


「でも、結婚相手としては不十分でも、友人として会っていただけると嬉しいです」


「・・・・・・え?」

「それとも、友人として会うのも嫌ですか?」

「い、いいえ。そんなことはありません」


(・・・ジュリアン様は、優しすぎるわ)

結婚を前提にお付き合いしていたのに、友人として側にいるだなんて、そんな都合のいいことが許されるのだろうか。


だが、その言葉に安堵してしまう自分がいる。

ずるいのだろうが、それでもこのまま完全に繋がりを断つことなど、どうしてもできそうになかった。


「ありがとうございます。よかったら、また一緒に絵を見に行きましょう」

「・・・・・・ええ。ありがとうございます」


ジュリアン様は、どこか切なそうに微笑んだ。

その瞬間、不意に男がジュリアン様にぶつかってきた。

その拍子に私もよろけ、慌てて地面に手をつく。


「何をするんだ!」


ジュリアン様の声が頭上から響く。

驚いて顔を上げると、男はすでにジュリアン様の鞄を掴み、引き剥がそうとしていた。


「だ、だめ!!!」


このまま逃げられたら、鞄を奪われてしまう。

地面に転がったまま、反射的に男の右足を掴む。


「あ、こら!放せ、放せよ!!」


男が慌てたように私の身体を殴ろうとするが、放すわけにはいかない。

あの鞄には、ジュリアン様の大事な印章が入っているのだ。


「あ、アリス様!?何をして・・・」

「私のことは構わず、鞄を取り返してください!」


私の声に、ジュリアン様は一瞬戸惑ったようだが、すぐに男に飛びかかる。

しっかりと男の右足にしがみつきながら、私は大声をあげる。


「泥棒です!誰か、誰か来てください!」

「うるせぇ!」


男に蹴り飛ばされ、再び地面に転がる。

それでも、ここで負けるわけにはいかない。

鞄を奪い返そうとしているジュリアン様に加勢するため、私は体当たりした。


その瞬間、割れたような鋭い音が響いた。

振り返ると、拳銃を構えたルーク様が立っていた。


「ルーク様!?」

「やべぇ!」

「あっ、待って、鞄!」


一瞬の隙をついて、男は鞄を手に一目散に走り去ってしまった。

ジュリアン様は一瞬、追いかけようとしたが、すぐに足を止め、この場に留まると私に手を差し出した。


「アリス様、大丈夫ですか?」

「は、はい」


痛かったが、騒ぐほどの痛みではない。


ドレスについた埃を払っていると、すぐにルーク様も駆け寄ってきた。

だがその顔は心配というより、怒っているように見える。


「アリスちゃん、また無茶をしたね」

「すみません。助けていただいて、ありがとうございました」


お礼を言ったのに、ルーク様は不機嫌そうに眉を顰めている。

そのまま、人差し指と中指をひらりと上げる。


「これで君に『貸し二つ』だからね」

「え?」

「約束したよね?」

「えっ、え、え?」


お茶で有耶無耶にできたと思ったのに、甘かったらしい。

あの契約は、まだ生きているのだろうか。

やっぱりルーク様は、しつこい。


「なに驚いてるのさ。当たり前だ。なんで強盗の足に縋りつくなんて、危ない真似したんだよ」

「だって、ジュリアン様の鞄には、大事な印章が入っていたので・・・」

「はぁ?君、命と印章、どっちが大切なのさ!」


ルーク様に声を荒げられ、思わず私は肩をすくめた。

そんなに怒らなくてもいいと思う。

この間から、彼には怒られてばかりだ。


「たまたま僕が通りかかったからいいようなものの、殺されることだって、あるんだからね!」

「そんな、大げさな・・・」

「僕のせいです。彼女を危ない目に遭わせてしまい、申し訳ありません」


叱責するルーク様から、ジュリアン様が庇ってくれた。

しかし、ルーク様は鋭い目でジュリアン様を睨む。


「君もだよ。女性を連れて歩いているのに、周囲に注意を払わないなんて、言語道断だね。ましてや、ここは観光地。スリやひったくりがあることくらい、予測すべきだろう?」

「はい。申し訳ありませんでした」


後悔を押し殺すように、ジュリアン様は唇を強く噛み締めている。

その姿に、胸がきゅっと痛んだ。


「ルーク様!悪いのはさっきの犯人であって、ジュリアン様に何の落ち度もありませんよ」

「本気で言ってるの?」

「当然です。罪を犯した人が悪いんです」

「理屈ではね。でも、それで命を落としてもそう言える?」


「・・・・・・・・・・・」

「俺は自衛の大切さを言ってるんだよ。この間、モーティマー子爵が強盗に襲われて殺されたばかりだよね。ただでさえ貴族は狙われやすいんだ。もっと警戒すべきだ」


(・・・モーティマー子爵を襲った強盗は、捕まったじゃない)

今朝の新聞に載っていた。

犯人は、モーティマー子爵が買い物した先の店主だったらしい。

財布に入っていた多額の現金を目にして、欲に駆られたんだとか。

賭博で多額の借金があったそうだ。


ジュリアン様は、ルーク様に深々と頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした。以後、気をつけます」

「ああ、そうだね。彼はこう言っているけど、君は?」


ルーク様の視線が、ジュリアン様から私へと移る。

反省の言葉を求めているのだとわかったが、素直に謝れない。


「・・・・・・・・・・・・今後は気をつけます」

「その態度から察するに、絶対に反省していないよね」


(・・・なんでわかるのよ!?)

さらにルーク様の叱責が追加されそうになったとき、警官が駆けつけてきた。

恐らく、先ほどの発砲音が聞こえたに違いない。


「大丈夫ですか!?・・・って、ウィンダム公爵様!?」

「ああ、ご苦労様」


警官はルーク様を確認した瞬間、姿勢を正した。

どうやらルーク様の顔は、知れ渡っているらしい。


「こちらの男性が、鞄を盗られたんだ」

「えっ、そうなんですか?」


(そうだったわ!)

ジュリアン様の鞄が盗られてしまったのだ。

早くあのひったくり犯を捕まえてもらわないといけない。


「そうなんですよ!あの鞄には、ジュリアン様の大事な印章が入ってるいんです。早く捕まえてください」

「あ、いえ。アリス様、今日は印章を入れていなかったので大丈夫ですよ」


警官に詰め寄った私だったが、ジュリアン様の言葉に思わず動きを止めてしまった。

なんだか、ほっとしたような、少し拍子抜けしたような気持ちだ。


「・・・そうなのですか?」

「あなたとの食事を楽しもうと思っていたので、こんな日に仕事道具は持ってきませんよ」

「でも、お財布とかもあったでしょうし・・・」

「そうだね。早く捕まえないと。君、ぼんやりしていないで、彼から犯人の特徴を聞いて」

「は、はい!」


警官は、すぐにジュリアン様に向き直る。

ルーク様の存在に緊張しているのか、額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「犯人の特徴をお聞かせ下さい」

「申し訳ありません。犯人は帽子を被っていて、僕は顔を見ていないんです」

「私もです。ただ、男性にしては小柄でした」

「小柄のわりには力は強かったですね。鍛えている感じがしました」


あの時は焦っていて、顔を見る余裕などなかった。

顔さえわかっていれば、私は似顔絵を描いて協力することができたのに。


「服装はどうでしたか?」

「服装は、上下ともに黒っぽかったとしか・・・」


「他に覚えていることはありますか?」

「・・・・・・・・・声がしゃがれていました。喉を潰したような、かすれた声だった気がします」


だが、この程度の情報では、犯人の特定は難しいだろう。

警官は腕を組み、眉を顰めたまま動かなかった。


「その情報でいい。周辺の不審者の聞き込みを急いでするように」

「は、はい!」


ルーク様の指示に、警官は背筋を伸ばした。

それから、おずおずとジュリアン様の顔に目を移す。


「あ、あの・・・被害届を出していただく必要がありますので、ご一緒に事務所まで来ていただけますか?」

「ええ、わかりました」


ジュリアン様が頷いた。

するとルーク様は、そっと私の腕を取った。


「じゃあ、アリスちゃんは関係ないよね。僕たちは行くよ」

「えっ、ルーク様、お待ちください」


慌てたように、ジュリアン様が声を上げた。

だがルーク様は目を細め、低い声で問い返す。


「まだ何かあるの?君は被害届を出さないといけないんだろう?」

「ええ、そうですが・・・」

「君のそばに、彼女がいる必要ないよね。俺が送るから大丈夫だよ」


そう言うと、ルーク様はぐいっと私の腕をもう一度引いた。

なんだか、少し怒っているようだ。

逆らわない方がいい気がして、私はジュリアン様に頭を下げる。


「わ、私もここで失礼しますね」


「・・・・・・わかりました。気をつけて帰ってください」


「はい。今日は連れて来ていただき、ありがとうございました。食事・・・とても美味しかったです」

「アリス様に喜んでいただけたら、何よりです」

「ほら、行こう、アリスちゃん」


挨拶もそこそこに、ルーク様が急かす。

そんなに急かさなくてもいいと思うのに、今日はどうしたというのだろう。


「・・・ジュリアン様、それでは失礼します」

「ええ」


ルーク様は、一度もジュリアン様の方を振り返らなかった。

いつもは歩調を合わせてくれるのに、今日は心なしか足取りも速い気がする。


(・・・・・・怒ってるの?)

ルーク様は珍しく黙ったままで、その瞳には光がないように見えた。

普段から口数の少ない方なら気にも留めないが、ルーク様が黙り込むのは、どうにも落ち着かない。

仕方がないので、自分から話題を振ることにした。


「拳銃をお持ちなんですね。噂には聞いていましたが、初めて見ました。あんなに大きな音がするんですね」

「ああ、これ?」


ルーク様は懐に手をやる。

その瞬間、ほんのわずかに瞳に光が差したように見えた。


「昨日、護身用に買ったんだよ」

「護身用に?」

「この前アリスちゃんが襲われただろう。そんな時のためにと思ってね」


(・・・・・・もしかして、根に持ってる?)

嫌味だろうか。

だが助けてもらった手前、何も言えなかった。


「殺傷能力が高いからね。さっきは驚かすために空に向けて撃ったんだ。でも、逃げられてしまったし、犯人に向けて撃つべきだったな」


口ではそう言うものの、その瞳に宿るものは、まるで別の結論を示しているようだった。


「いいえ。・・・私は、人が死ぬのは見たくないので」

「まあ、そうだよね」


魂が抜けた体は、どうしてあんなにも怖く感じるのだろう。


悲しめばいいのか、恐れればいいのか。

それとも、ただ見つめていればいいのか。


感情の行き場がわからない。

その曖昧さが、私には恐怖だった。


「撃っても外す可能性が高かったしね。脅すつもりで撃って、もし死なせたら寝覚めが悪い」

「もしかして、下手なのですか?」

「きついこと言わないでよ。昨日買ったばかりなんだよ」


苦笑いするルーク様には、いつもの笑顔が戻っていた。

そのことにほっとして、いつものように軽口を返す。


「下手なら持っていても、意味はないのでは?」

「護身用だからいいんだよ。相手が驚いて、怯んだ隙に逃げる」

「なるほど」


ルーク様には、正面から戦うという選択肢はないらしい。

そういえば助けに来てくれたときも、取り立てて強いわけではなかった。


「ただね、連続して撃てないんだよ。撃つまでに、結構時間がかかる」

「え?」

「次を撃つには、火薬と弾を詰め直さないといけないからね。でもまあ、そのうち技術が進歩して、連続で撃てる拳銃も出てくるとは思うんだけど」


ルーク様は懐から拳銃を出して、軽く叩いた。

まだ新品らしく、金具がかすかに光っている。


「湿気があると火花が飛ばないこともあるんだ。意外と当てにはならない」


(・・・もしかして、あんまり役に立たないのでは?)

そんな当てにならないものなら、一体、何の役に立つのだろう。


「持っている意味はあるんですか?」

「威嚇用だよ。ないよりはマシだからね」


新しい物好きの義父が買おうとして、義母に反対されていたことを思い出した。

きっと高価なもののはずだ。


「高いお金を出してまで、買う価値はないような気がしますけど」

「アリスちゃん、もう少し歯に衣を着せてくれる?価値があると思うから、お金を出したんだけどなぁ」

「すみません。ないよりはあった方がいいでしょうけど、なくても困らないように見えたので」


どうもルーク様といると、本音が出てしまう。

言葉も行動も軽いせいだろうか。

何を言っても受け流してくれそうな気がするのだ。


「それを言うなら、アリスちゃんの油絵だってそうだよね」

「え?」

「今は印刷技術の発達で、安価で綺麗な絵が楽しめるじゃないか」


昔は、金持ちだけが絵を見ることができた。

でも今は、手軽で簡単だ。

街にはポスターが飾られ、誰もが気軽に楽しめる。


「・・・・・・確かにそうですね」

「わざわざ油絵を描く必要あるの?」

「必要とされるから描くんじゃないです。・・・私が描きたいから、描くだけです」


(・・・ただ、それだけでは生活はできないけどね)

好きな絵を描きたい。


でも、生きて行くためにお金も必要だ。

世間に認められる必要もある。


その思いで人の命に手を出したフィリップさんを、私は責めきれないでいる。

スカーレット様のことを思えば胸が痛むのに、それでもフィリップさんを責めきれない私は、どこか冷徹なのだろう。


「本当に、芸術家ってよくわからない人種だよね。合理性ゼロ。現実から遠く離れて生きてるって感じがするよ」

「一括りにしないでください」


私は思わず言い返す。

芸術家にも現実を見ている人はたくさんいるし、栄光を掴んだ人だっている。


「ルーベンスは、しっかり現実に目を向けていましたよ」


画家であり、外交官としても活躍したルーベンス。

彼は富も、地位も、知性も、政治力も、すべてを手に入れた。


「でも、アリスちゃんは、そんなタイプじゃないよね。器用に世渡りできるとは、到底思えないよ」

「やけに突っかかりますね。何が言いたいのですか?」


ルーク様は、ゆっくりと私に視線を移した。


「ジュリアンは、やめておいたほうがいいよ」

「え?」

「真面目で仕事熱心。穏やかで人柄もいい。でも、彼にはアリスちゃんを理解できないよ」


「・・・どうしてですか?」

「彼は、自分の常識の枠組みで生きている。貴族のね。でも、君は常識の枠外でしか生きられない。長く一緒にいると、歪みが出てくるよ」


(・・・・・・そんなこと、わかっているわよ)

短い時間なら、相手に合わせることができる。

でも、考え方の違うジュリアン様とずっと一緒にいることは無理だ。

私は、貴族として一生振る舞えない。


だからこそ、自分から別れを告げた。

でも、他人から言われると腹が立つ。


「結婚したら、間違いなくジュリアンは君を貴族の常識の中に縛るよ。悪気はなくてもね。そうなれば君は息苦しさを感じて、きっと壊れてしまう」


「・・・・・・ルーク様には、関係ないことです」

「そうかもしれないけど、友人がみすみす不幸になるのは見過ごせないよ」

「余計なお世話です」


自分でも驚くほど、冷たい口調だった。

思いのほか、ジュリアン様のことが心に引っかかっていたのかもしれない。

彼は、本当にいい人だったのだ。

傷つけたのは私のはずなのに、なぜか自分の胸まで痛む。

ーー私に、傷つく資格などないというのに。


海の青さがやけに目にしみて、私は思わず俯いた。


「・・・・・・・ごめんよ。言い過ぎた」

「そうですね。ルーク様には関係のないことなので、これ以上口を出さないでください」


自分でも、ひどい言い方だと思う。

けれど、心の整理がつかず、どうしていいのかわからなかった。

涙が滲みそうな顔を見られたくなくて、私はルーク様に背を向け、その場を離れた。


「あっ、アリスちゃん、どこ行くの?」

「先ほどの警官のところです。犯人の特徴を思い出したので、伝えてきます」

「待って、俺も行くよ」

「一人で行けるので、ついてこないでください」


そう言っても、足音は離れない。

振り返らなくても、ルーク様がついてきているのがわかる。

彼が今どんな顔をしているのかはわからないが、声だけは相変わらず軽やかだった。


「戻っても、もうあそこにはいないと思うけど。案内しようか?」

「結構です」


追い払っても、突き放しても、それでもルーク様はついてくる。


それが嬉しいのか、それとも鬱陶しいのか。

自分でもわからないまま、私はただルーク様に冷たく当たり続けた。



お読みいただきありがとうございます。

また、誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございました。


ルーベンスのように成功を収めた画家がいる一方で、時代は違えど、ゴッホのように生前は評価されなかった画家もいますよね。

そう思うと、コミュニケーションの大切さを改めて感じます。


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