表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋を描けない伯爵令嬢 ーその絵は嘘をつかない  作者: 夏つばき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/51

23 椿姫


「スカーレット様のお屋敷はこちらの方にあるのですか?」

「ああ、そうだよ。何か気になることでもあった?」

「いえ。意外だと思いまして。街の中心ではないのですね」


豪華なドレスを身に纏っていたスカーレット様だから、家も大通りに面した立派なものだとばかり思っていた。

けれど、ルーク様が進んで行く先にあるのは、小ぢんまりとした家が並ぶ静かな通りだった。


思わず周囲を見渡してしまう。

本当に、この先にスカーレット様の屋敷があるのだろうか。


「まあ、全てを豪華にするわけにはいかないからね」

「・・・・・・確かにそうですね」


スカーレット様は、夜会でも男性からひっきりなしに熱い視線を浴びていた。


あれほどのドレス、アクセサリー、そして完璧な化粧。

美を保つために費やされる金額を思えば、屋敷までは豪華にする余裕はないのかもしれない。

それに、もしかしたら別の使い道もあるのだろう。


「もしかして、アリスちゃんはスカーレットの職業を気づいているの?」


「・・・・・・『椿姫』ですよね?」

「正解」


ルーク様は、わずかに目を見開いた。


「絵にしか興味がないから、世間に疎いと思っていたよ」

「・・・・・・そこまで世間知らずじゃないですよ」


(・・・・・・・・・失礼ね)

昔、義母の本棚にあった『椿姫』を手に取ったことがある。

高給娼婦と若い貴族の悲恋を描いた物語だ。

子どもの私は内容がよくわからず「高級娼婦と低級娼婦の違いって何?」と義兄に聞いて、こっぴどく怒られたのを覚えている。


「でも、嫌がりはしないんだ?」

「どうして嫌がるのですか?」


思わず聞き返してしまう。


「自分の力で立派に生計を立てている人に、失礼ではありませんか」


「・・・いや、女性はスカーレットのような人を嫌がるかなと思って」

「それこそ偏見ですよ」


きっぱり言うと、ルーク様は苦笑いした。

人の考えなど千差万別だ。

誰かの価値観を、勝手に「一般的」と決めつけるものではない。


「だから彼女を『ユディト』って、言ったんだね」

「ええ。スカーレット様は、自分で道を切り開いていく方に見えたので」


ルーク様に媚びを売るように見せかけて、男性の視線を集めていた。

選ばせているように見せかけて、実際には自分で選んでいる。

客を選ぶのは自分であり、そうするだけの力があるのだと、彼女の誇りが垣間見えていた。


「それに、私だって『椿姫』になっていたかもしれませんし」

「え?」

「まあ、見た目で無理でしょうけど」


自分の凹凸の少ない体に目を落とす。

あの女性らしい曲線美も彼女の魅力の一つだ。

そして色気のある仕草や、洗練された会話術があるからこそ、彼女は高級娼婦として上流階級の社交界に出入りできるのだろう。


「あ、いや。そうじゃなくて・・・」

「義父に引き取られなければ、そういう道もあったかもしれない、ということです」


「・・・・・・そう」


女性が一人で生きていく道は厳しい。

汚らわしいと眉を顰めるのは簡単だ。


だが、自分にスカーレット様のように身を立てることができるのかと問われれば、きっとできない。

社会的評価は低くとも、上流階級と接点を持ち、自らの力で生きる道を切り開いた彼女を、蔑む資格などないのだ。


「・・・・・・ああ、あそこだ」


どうやら、家並みの突き当りがスカーレット様の家らしい。

ルーク様の指さす先には、小さいながらも、よく手入れの行き届いた庭のある家があった。

よく見れば、玄関ポーチにも植木鉢が並べられていて、どこか女性らしい細やかさを感じさせる。

華やかな赤の薔薇は、スカーレット様を思わせた。


「あれ、先約かな?」


玄関ポーチに立っていたのは、フィリップさんだった。


「フィリップさん、こんなところでどうしたのですか?」

「ああ、アリス。それと・・・、ウィンダム公爵ですよね」


フィリップさんは、姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。


「この間ご挨拶させていただいた、フィリップです。お久しぶりでございます」


(・・・・・・いつものフィリップさんだわ)

やはりこの前は、酔っていただけなのだろう。

ルーク様に礼儀正しく挨拶する姿を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。


「やあ、久しぶりだね。でも、どうして君がスカーレットの家の前にいるんだい?」

「実は・・・絵を描き直させてもらおうと思いまして」

「え?」


思わず声が漏れる。

自分の描いた絵を描き直すなんて、私には考えられないことだった。


「どうしてですか?」

「この間、ガレット様が殺されただろう?状況も、僕の絵とそっくりだったと聞いたんだ」

「それは・・・そうですけど」


ガレット様のことを思い出したのか、フィリップさんの表情が曇る。

それから、ちらりとルーク様の方を見て、静かに視線を落とした。


「もしかしたら、僕が彼の最期を描いたからかもしれない、って思って」

「それは考えすぎですよ」

「そうかな・・・。だって、モーティマー子爵だけじゃなく、ガレット様もだよ」


フィリップさんは、大きくため息をついた。


「他の招待客はどうでもいいんだけどさ。スカーレット様は、あの場で唯一、僕の才能を認めて絵を買ってくれたんだ」


そう言って、彼は玄関の方へ目を遣る。


「だから、生きている姿の絵に描き直させてもらおうと思って。絵を回収しに来たんだ」


(・・・・・・やっぱり気になるわよね)

最初の事件のとき、彼は自分の絵が売れると喜んでいた。

だが、二件目ともなると、さすがに怖くなったのだろう。

フィリップさんの顔は青ざめ、その表情はどこか硬かった。


「彼らの死は、君の絵とは関係ないと思うけど」

「言霊ってあるじゃないですか。口にしたことが現実になるっていう・・・。僕の絵も、そうなんじゃないかと思うんです」

「考えすぎだよ」


フィリップさんは、沈んだ顔で首を振った。


「でも・・・祖母は占い師でした。僕、その血を引いているんです。子どもの頃、感じたことを絵に描いたら、本当に起きたことがあったんです」

「フィリップさん、それは偶然だったのでは?」

「いいや。それが何回もあるんだ」


あり得ない、と切り捨てたいのに、フィリップさんの目は、冗談の色をまるで含んでいなかった。

あの夜会で「未来が見える」と言ったのは、演出ではなく、本当に見えていたのだろうか。


「これでスカーレット様まで亡くなったら、寝覚めが悪いです。彼女は、数少ない僕の才能を認めてくれた人ですから」


「・・・フィリップさんは、才能がありますよ」

「どうかな。あの場にいたほとんどの人が、僕を貶したよ」


フィリップさんは唇をきつく噛み締めた。

あのときのことが、よほど心の傷になっているのだろう。


「そう落ち込まなくていいと思うよ。世間の評判なんて、すぐ風向きが変わるものだ。あまり気にしない方がいい」

「・・・ええ、ありがとうございます」


(・・・・・・本当に、その通りよね)

夜会では貶されたフィリップさんだが、今では人々の注目を浴びている。

もっとも、画家としての実力ではなく「予言の絵」という妙な枠組みの中ではあるが。


「ところで、今からスカーレットに会うんだけど、君も一緒に来る?」

「あ、いえ。呼び鈴を鳴らしたのですが、出てこられないんです」

「そんなわけないと思うけどね。俺はこの時間で約束したから、家にいるはずだ」


ルーク様は、そう言って呼び鈴を鳴らした。

だが、応答はない。


(・・・でも、家にいるわよね)

出窓のカーテンがわずかに揺れ、その奥には花瓶に挿された赤い薔薇が見えた。


「おかしいな。約束の時間なんだけど」

「ですから、お留守ですよ」


「いや、彼女は必ず約束を守る人だからね」


首を傾げながらルーク様がドアノブを回すと、玄関扉は音もなく開いた。

人の気配はない。

だが、どこか妙な空気が漂っている。


ーー心臓が、早鐘を打ち始めた。

あのときも、こんな感覚だった。

確かに人はいるはずなのに、気配だけが消えている。


なんとなく三人で顔を見合わせる。

短い沈黙のあと、私たちはそのまま家の中へ足を踏み入れた。

フィリップさんも、恐る恐るついてくる。


「スカーレット、失礼するよ」

「・・・・・・・・・失礼します」


何度か来たことがあるのだろう。

ルーク様は迷う様子もなく廊下を進み、一つの扉の前で立ち止まってノックした。


「・・・・・・・・・返答はないですね」

「そうだね」


ルーク様は、一度ドアノブに手をかける。

その手がわずかに震えて見えたのは、気のせいだろうか。


「でも、開けさせてもらおうか」


ルーク様が扉を開けると、そこには真紅のドレスを纏ったスカーレット様が横たわっていた。

白い陶器のような肌に、鮮やかな赤い口紅。

その姿は、相変わらず妖艶で美しかった。


だが、胸には短剣が深々と突き立てられていた。



お読みいただき、ありがとうございます。

また、誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございました。


以前、後書きで18世紀をイメージしていると書きましたが「椿姫」は19世紀の作品です。

本作では物語上の表現として用いておりますので、どうかご容赦ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ