22 エレノア様の推理
今日はルーク様とともに、スカーレット様の邸へ伺う予定である。
彼女をモデルに絵を描くためだ。
だがその前に、公爵邸でお茶をご馳走になっている。
すっかり執事やメイドとも顔なじみになり、今では私の好みのお茶を出してくれるようになっていた。
「ガレットのことがあってから、まだ一週間も経っていないけど、大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫です」
心配そうに聞くルーク様に、私は大きく頷く。
こんなことで、この好機を逃すわけにはいかない。
「ガレット様を見つけたときは、びっくりしたでしょう?」
「ええ、そうですね」
エレノア様も、気遣うように声をかけてくれた。
(・・・・・・違う意味で驚いたけどね)
一緒に死体を見つけた老婦人は、河原中に響き渡る大声をあげた。
あまりの声量に、周囲の人々がすぐに駆けつけてくれたほどだ。
人が集まり、やがて誰かが警官と司法庁の役人を呼んだ。
駆けつけた中には、アーサー様の姿があった。
「でも、それよりもルーク様がいらっしゃったことのほうが驚きました」
身分上の名ばかりの役職かもしれないが、ルーク様は司法庁の高官だった。
ーー正直なところ、真面目に職務をこなす姿が想像できない。
「そう?こう見えて、俺は『法の番人』なんだよ」
そう言って背筋を伸ばし、かけてもいない眼鏡を押し上げる仕草をする。
その目の奥だけは笑っていない気もするが、やはり軽い。
この様子を見ていると、思わず頭が痛くなってくる。
正義と秩序の象徴たる司法庁の高官が、この調子でいいのだろうか。
これでは、本当に正義が守られているのか、かえって不安になってしまう。
「お兄様、ふざけすぎです」
「そうかい?」
(・・・・・・軽い、軽すぎるわ)
悪びれる様子もなく笑うルーク様に、エレノア様は小さくため息をついた。
「それにしても、亡骸を見つけるなんて・・・。私だったら、その場で気絶してしまいますわ」
エレノア様は、もし自分をその場にいたらと想像したのか、ぶるりと肩を震わせた。
確かに、見て気持ちがいいものではない。
だが、気持ちがいいものではないが、その死にざまを目に焼きつけようとした自分もいた。
そんな自分は画家なのだと思う反面、己の冷酷さに震えた。
「お亡くなりになったガレット様のそばには、同じような状況が描かれた絵が置いてあったのでしょう?」
「そうなんですよ。まるで見ろと言わんばかりに、死体のそばに、フィリップさんが描いた絵が立てかけてありました」
おかげで、現場を見に来たやじ馬はなかなか収まらなかった。
翌日の新聞には、事件が大きく取り上げられていた。
「絵と同じように、わざわざ白手袋までそばに置いてあったとか」
「・・・よくご存じですね」
「新聞に書いてありました。私、隅から隅まで読みましたの」
場所、殺され方、死体の向き、白手袋。
まるで、絵を模倣したかのようだった。
娯楽に飢えた大衆の興味・関心は一気に高まり、犯人を推測する声があちこちで上がった。
それどころか、亡くなったガレット様の個人的な情報までが面白半分に広められている。
生い立ちや人柄。
真偽も怪しい友人や知人の話まで掘り返されて、完全に見世物だ。
「これで二件目だね。あのフィリップが関わることになったのは」
「そのフィリップという画家が犯人なのではないですか?」
エレノア様はそう言うと、紅茶を一口飲んだ。
「だって、ガレット様と夜会で一悶着あったのでしょう?」
世間に出していない情報だったのだろうか。
ルーク様は、わずかに眉を顰めた。
「よく知ってるな。どこからそんな情報を仕入れてきたんだ?」
「アメリア様のお茶会に行きましたの。あそこは、情報の宝庫ですからね」
「普段引きこもって本ばかり読んでいるのに、こういうときだけ出かけていくんだな」
「明日も行きますよ。毎日違う情報が入ってきますからね」
ルーク様は呆れ顔だが、エレノア様は素知らぬ顔で紅茶を口に運んでいる。
「・・・確かに険悪な雰囲気にはなったけど、殺人になるような動機でもないさ」
「わかりませんよ。どの言葉がその人の逆鱗に触れるかなんて、わかりませんからね」
さらりと言うエレノア様の顔は、妙に達観していた。
本が好きだという彼女は、深い洞察力を見せるときがある。
「だが、フィリップにはアリバイがある」
「そうなのですか?」
「ガレットが殺されたと思われる時間は、早朝なんだ」
「新聞で読みましたわ。懐中時計が、5時を指したまま止まっていたのでしょう?」
「ああ、そうだ。同居している友人が、フィリップはずっと家にいたと証言しているよ」
(・・・フィリップさんは今ごろ、どうしているかしら)
疑われて怒っているのか。
それとも、落ち込んでいるのか。
彼のことが心配になる。
「早朝なのに、その友人はどうして起きていたんですか?」
「徹夜で小説を書いていたそうだ。フィリップ自身は、寝ていたと言ってるよ」
エレノア様は、疑わしそうに眉を顰めた。
「その友人が、画家を庇うために、嘘をついている可能性はないのですか?」
「どうだろうね。庇うにしては、曖昧な証言だけどね」
「曖昧?」
「・・・彼は、フィリップが部屋にいる姿を直接見たわけじゃないんだ。玄関を出入りする音はしなかったと言ってるだけだから、フィリップが静かに出て行けば、わからなかったかもしれないね」
「まあ!じゃあ、アリバイはないじゃないですか」
エレノア様は犯人は確定したと言わんばかりに声を上げるが、早朝5時にしっかりとしたアリバイがある方が珍しいだろう。
「まぁね。それに話を聞いた警官によれば、同じロッジングハウスの住人が『早朝、足音がうるさくて目が覚めた』とは言っていたらしい」
「犯人は、フィリップという画家に決まりじゃないですか」
「でも、その住人も、フィリップの姿を見たというわけじゃないからね」
エレノア様は、苛々したように爪を噛んだ。
「小説では、すぐに証拠が見つかるのに」
「現実と虚構の世界が、同じなわけないだろう」
ルーク様が呆れたように言う。
「・・・・・・お兄様、証拠って必要ですか?」
「当たり前だ。怪しいと思うだけで捕まえたら、世の中それこそ冤罪だらけになる」
「でも、絵が死体のそばにあったんですよ。犯人は、その画家に決まりでしょう?」
「いや。もうすでに、その絵は売っていたらしいよ」
(・・・確かにそう言っていたわ)
フィリップさんは、手元に死体の絵がないことをしきりに残念がっていた。
あれが演技とは、到底思えない。
「お兄様、それは本当ですか?」
「本人はそう言っている。グリムショー子爵から追い出されてすぐ、生活費のために格安で売りに出したそうだ。3日の夕方に、路地に持って行ったすべての死体の絵を売ったそうだよ」
「では、その絵を買った男が犯人ですよね?」
「・・・・・・・・・普通に考えれば、そうだけどね」
ルーク様は、わずかに言い淀んだ。
彼は、真犯人は別の者だと考えているのだろうか。
「その絵を買った人に、話を聞くことはできないのですか?」
「どこの誰に売ったのか、わからないそうだ」
「そうなのですか?」
「生活に困っていたから、金さえくれれば誰でもよかったらしい。フィリップも、大して覚えていなかった。買ったのは中年男で、帽子を被っていたということしかわからないそうだ」
(・・・フィリップさんは、本当に覚えていないのかしら?)
自分の絵を買ってくれた、数少ない人だ。
それに、私は無意識に人の特徴を追ってしまうが、彼はそうではないのだろうか。
「死体の絵を買い占めるなんて、おかしいですよ。そのフィリップという画家は、中年男性を怪しいとは思わなかったのかしら?」
「それが、思わなかったらしいよ」
「どうしてですか?」
「エレノア様、画材は高いんですよ。新品のキャンバスを買うより、投げ売りされている絵を買ったほうが安かったりするんです」
お金のない画家にとっては、よくある手段だ。
手間はかかるが、背に腹は代えられない。
「そうなのですか?でも絵が描いてあるなら、描くのは無理でしょう?」
「元の絵を削り取れば、上から新しい絵を描くことができるんですよ」
「まあ、そうなのですね」
「死体の絵は、元々安い値段がつけられていましたからね。値段的には、画材以下です。もしその中年男性が画家なら、あり得ない話ではありません」
(・・・・・・でも、そんなに沢山買うかしら?)
描くことはできるが、やはり真っ白なキャンバスに描く方が描きやすい。
載せたときの絵の具の色味が違うのだ。
「じゃあ、どうしてフィリップは、自分で再利用しなかったのかしら?」
「自分で描いた絵を消すのは、嫌だったのかもしれません。それにフィリップさんは、絵を続けるかどうか迷っている様子でしたし」
どんな絵であろうと、精魂込めて描いたものだ。
自分の描いた絵を消すのは、どんな理由があろうとも耐えがたいに違いない。
「・・・・・・アリスちゃん、いつフィリップと話をしたの?」
「え?」
「その言い方だと、まだ死体の絵はフィリップの手元にあったんだろう?」
(・・・フィリップさんを疑っているのね)
状況的に怪しいのはフィリップさんだ。
モーティマー子爵たちが殺されたことで利益を得たのは、彼しかいない。
「3日の昼過ぎに、街角で絵を売っていたフィリップさんに偶然会ったんですよ」
アポロンを描き上げた日だから、よく覚えている。
あのときは、まだ絵は一枚も売れていなかったはずだ。
「ふぅん、そうなんだ」
ルーク様は、面白くなさそうに相槌を打つ。
(・・・・・・・フィリップさんは、大丈夫かしら)
気弱な印象のあるフィリップさん。
前回は絵が売れたと喜んだが、今回は直接絵が使われている。
自分の絵がガレット様の死に関わったのではないかと、ひとりで思い詰めているかもしれない。
「お兄様。その死体の絵を買った人が犯人なら、目的は何なのでしょう?」
ルーク様は、少し考えるように言った。
「世間を騒がせたい愉快犯。あるいはフィリップの熱狂的なファン・・・とかかな。ただ、フィリップはもともと売れているわけでもないから、愉快犯のほうが現実的かな」
お金や権力のためだけではなく、好奇心やスリル、名声欲のために犯罪を犯す者もいる。
軽い犯罪では耳にすることもあるが、殺人となると話は別だ。
エレノア様は眉を寄せ、真剣な顔で考え込んでいる。
「やっぱり、そのフィリップという画家が犯人のような気がします」
「それは俺も考えたよ。でも、最初の被害者のモーティマー子爵が殺されたときは、フィリップにはしっかりしたアリバイがあるんだよね」
「そうなのですか?」
「モーティマー子爵が殺されたのは、グリムショー子爵の夜会が開かれている最中だったからね」
「途中で抜け出したりとかは、できなかったのですか?」
「無理だね。あの場では、フィリップが主役だった。俺たちだって、会場にいる彼を見ている」
まるで見世物みたいに立たされていたフィリップさん。
あの日のことを思うと、いまだに胸が痛む。
「・・・・・・でも、フィリップさんは、グリムショー子爵から途中で追い出されましたよね」
「彼が追い出される前に、モーティマー子爵の亡骸をポーレート伯爵が見つけたからね」
「そうなのですか?」
「ああ。伯爵は、グリムショー子爵の屋敷を出てすぐに見つけたんだ」
グリムショー子爵の夜会の最中、モーティマー子爵が強盗に遭った。
この一件以来、義父はひどく心配し、私の門限は18時にまで早められてしまった。
「う~ん。それでも私の勘は、その画家が犯人だと言っているんですけどね」
名探偵気取りなのか、エレノア様は額をわざとらしく叩いている。
ルーク様は、そんなエレノア様を見ながら笑いをこらえていた。
「私が読んだ新聞には、モーティマー子爵は強盗に遭って殺されたのだと書かれていましたよ」
「アリス様、その情報は古いですよ。ガレット様も殺されたのだから、絵にまつわる連続殺人です」
(・・・「予言の絵」だと書いてあったわね)
新聞は、この二つの事件を連日報道している。
大衆の興味を煽るためか、眉唾ものの記事まで載せているため、真偽のほどはわからない。
「お兄様、閃きました!犯人は、オーロラ様ですよ!」
(・・・オーロラ様の名前まで、みんなに知れ渡っているのね)
新聞には、オーロラ様のことまで書いてあった。
ガレット様が想いを寄せていた令嬢だと。
彼女を争って決闘したのではないかと書かれていた。
死んだ後、そんな自分の秘めた想いを暴かれるなんてやるせなくなる。
「・・・・・・なぜ、そこでオーロラ嬢の名前が出てくるんだ?」
「オーロラ様が、フィリップという画家に恋していたからですよ」
「なんで、お前がそんなことまで知っているんだ?」
「アメリア様のお茶会で聞きました」
「・・・・・・・・・女性の情報網は、怖いな」
(・・・いや、私だって、びっくりしているけど!?)
ルーク様は目を丸くしてこちらを見るが、驚いているのは私も同じだ。
女性にもいろいろいる。
一緒にされては困る。
「それで、どうしてオーロラ様が、モーティマー子爵やガレット様を殺すんだい?」
「フィリップの名声を高めるためですよ。絵の通りに彼らが死ねば、話題になるでしょう?」
「エレノアは、想像力が豊かだな。そんなことあるわけないだろう」
華奢なオーロラ様が、大の男を殺せるわけがない。
ましてや彼女は、死体の絵を見るだけでも怯えていた。
「きっと人を使って、殺させたんですよ」
「リスクが高すぎる。弱みを握られて、自分が脅されるかもしれないじゃないか」
「そんなところまで考えずに突っ走るというのが、若さというものですよ」
自分だってまだ若いエレノア様がそう言うものだから、思わず笑いそうになってしまった。
「・・・お前はまだ17歳だろう。大してオーロラ様と変わらないじゃないか」
「まあ、失礼な!一年の差は大きいんですよ。私は立派な大人ですからね」
憤慨したエレノア様が胸を張ると、ルーク様は呆れたように目を細めた。
「そう思っているのは、お前だけだ」
「そんなことはありません。私の精神年齢は高いんですよ。そうでないと、5歳も離れたお兄様と対等に話せるわけないですからね」
「俺が、お前に合わせてやっているんだ」
ルーク様は平然と言い放つ。
しかしエレノア様は、彼の主張は聞かなかったことにしたらしい。
軽く鼻を鳴らすと、さっさと話題を変えた。
「それにしても自分が死んでいる絵なんて、見るのも嫌ですわ。その画家は、本当に悪趣味ですわ」
「パトロンであるグリムショー子爵の依頼だったらしいけどね」
「まあ・・・」
「もっとも、こんなことになるなら、売らずに手元に残しておけばよかった、と残念がっていたそうだよ」
話を聞きに行った警官に、誰か話したのだろうか。
正直に話しただけかもしれない。
でも、フィリップさんの印象は確実に悪くなる。
案の定、エレノア様は眉を顰めた。
「どうしてですか?」
「大衆が『予言の絵』として見たがったからね。現物があれば、見物料が取れただろう?」
「・・・・・・人の死を商売にするなんて」
「それに、あの時の招待客の中には、自分の死を描かれた絵を買おうとした者もいたらしい。相手が欲しがるのなら、高く売ることができるからね」
「浅ましいですわ」
エレノア様は軽蔑したように言い捨て、紅茶を一息に飲みほした。
ただ、一刀両断に言い切るエレノア様に頷けない自分がいた。
「でも、絵を描かれた人たちは、買ってどうするつもりだったのでしょうね」
「教会で清めてもらうつもりだったんじゃないかな」
(・・・・・・それでいいの?)
フィリップさんは、生き方を変えれば運命は変わると言っていた。
曖昧な予言だ。
だが、神に委ねる未来もまた、同じくらい輪郭がぼやけているように思えた。
「ルーク様も描かれていましたが、怖くないのですか?」
「俺は、非科学的なことは信じないからね」
「そうですか」
(・・・・・・あの絵をどうしようかしら)
アトリエに置いている、ルーク様の死が描かれた絵が思い浮かんだ。
私だって予言の絵なんて信じていないが、こうも続くと薄気味悪く感じてしまう。
「全員が全員、怖がってるとは限らないよ、スカーレットは、むしろ楽しんでいるようだし」
「・・・そうなのですか?」
「屋敷に来る客すべてに、自分が死んでいる絵を見せているそうだよ。絵と同じドレスを着て、客を迎えるらしい」
「まあ・・・」
「おかげで、彼女のサロンは大人気だって」
さすが暇を持て余している貴族だ。
怖さ半分、面白半分、といったところだろうか。
「今日も、同じドレスで迎えてくれるそうだ」
「そうなんですね」
「でも、アリスちゃんが希望すれば、違うドレスに着替えると言っているよ」
「・・・・・・・・・え?」
(・・・どういうこと?)
描かせてもらえればいいと思っていただけだ。
ドレスに注文など、つけた覚えはない。
「スカーレットをモデルに『ユディト』を描くんだろう?」
「え、ええ」
「アリスちゃんの思い描く理想のユディトのために、協力を惜しまないって。どうやら、アリスちゃんのことを気に入ってるみたいだね」
戸惑い、何も言えなくなる自分にルーク様は柔らかく微笑んだ。
「そろそろ行こうか。スカーレットが君を待ってるよ」
「・・・はい」
「お気をつけて。いい絵が描けるといいですね」
エレノア様が、微笑みながら見送ってくれる。
ついこの前まで、絵だけを描いて生きていたのに。
どうして今、こんなにも人に囲まれているのだろう。
この距離に、人がいることが、まだうまく受け入れられない。
でも、不思議と悪くないと思えた。
お読みいただきありがとうございました。
誤字のご指摘をいただき、ありがとうございます。
修正いたしました、助かります!




