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恋を描けない伯爵令嬢 ーその絵は嘘をつかない  作者: 夏つばき


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14/52

14 予言の絵


立派な公爵家の馬車に揺られながら、どこか落ち着かない気持ちでいると、ルーク様が不意に声をかけてきた。


「そういえば、突然の誘いだったけど、ご家族は心配していないかな」

「大丈夫ですよ。ルーク様は信用があるので」


「・・・・・・そう。それなら良かった」


義父は、ルーク様が一緒だと聞くと、快く送り出してくれた。

観劇に行って遅くなった日は、家まで送ったうえで、義父に遅くなったことを丁寧に詫びてくれた。

公爵邸へ遊びに行けば、断っているにもかかわらず、帰りは理由をつけて家まで送ってくれる。


先ほども、わざわざ義父に挨拶をしてくれた。


普段はどこか軽やかで、冗談も多いルーク様だが、義父たちの前に出ると、きちんと大人の対応をする。

声の調子は落ち着き、言葉を選びながら丁寧に話す。


決して取り繕っているのではない。

相手をきちんと尊重しているのが、伝わってくるのだ。


だからだろうか。

義父は心配することもなく、笑顔で送り出してくれた。


「でも、ごめんね。誘っておいて悪いんだけど、今日招いてくれたグリムショー子爵は、ちょっと癖が強いんだよね」

「癖が強い?」

「事業が上手くいってるのもあるんだろうけど、自慢家でね。少し傲慢なんだ」

「ああ、そうなのですね。別に構いません」


どうせ、ほんの少し挨拶を交わすだけだ。


「・・・嫌じゃないの?」

「レンブランドを見せてくださるのなら、そこに人間性は問いません」

「ははっ、アリスちゃんは本当にぶれないね。そういうところ、好きだよ」


「ありがとうございます。見せてくれる方の品性は問いません。絵が見られれば、それで満足です」

「そう。それならよかった」

「それ以外に、価値はありませんから」


そう言った瞬間、馬車がゆるやかに止まり、扉が外から開かれた。

ルーク様は軽やかに先に降りると、こちらを振り返り、わずかに口元を緩める。


そのまま、当然のように手を差し出した。


「どうぞ」


その一言とともに差し出された手は、躊躇いがなく、それでいて押しつけがましさもない。

きっと、こうして女性をエスコートすることに慣れているのだろう。


私は一瞬だけ躊躇ったが、その手を取る。

指先が触れた瞬間、するりと引き寄せられ、気づけば地面に降り立っていた。

余裕すら感じさせるその所作に、思わず呆れてしまう。


(・・・・・・やっぱり遊び人だわ)

こんなふうに自然に距離を詰めてくるから、勘違いする女性も多いのだろう。

エレノア様が、お兄様に泣かされた女性は数知れずと言っていたが、あながち誇張でもなさそうだ。


じとりとした視線を向けると、ルーク様はそれに気づいたのか、わずかに肩をすくめて苦笑いした。


「どうしたの?」


(・・・・・・わざと?)

自分の振る舞いが女性にどう受け取られるのか、理解しているのだろうか。

無自覚であれ、意図的であれ、いずれにしても質が悪い。


「いえ、別に」

「そう。じゃあ、行こうか」


そうして何事もなかったかのように、ルーク様はグリムショー家の扉を叩いた。


「ウィンダム家のルークだ。今夜の夜会に招かれている」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


(・・・・・・・・・すごいわね)

通された屋敷に並ぶ調度品は、どれも一流だとわかる品ばかりだ。

ただ、所狭しと飾り立てられているせいで、どうしても成金めいた印象は否めない。


(・・・グリムショー子爵は、先見の明があったのね)

義父の話によれば、十年ほど前に海運業へ大胆に投資し、ひと財産を築いたのだという。

だからこそ、レンブラントの絵を手に入れられたのだろう。


「こちらのお部屋でございます」

「ありがとう」


扉が閉まった瞬間、思わず息を呑んだ。


(・・・・・・どういうこと?)

通された部屋の壁一面に飾られていたのは、人物画だった。

だが、そのどれもが「死」を描いている。


女も男も、老いも若きも関係ない。

皆、目を閉じているか、あるいは虚ろな瞳で命の気配を失っていた。


まるで、この部屋だけ時間が止まっているようだった。


「これは・・・・・・」

「ウィンダム公爵様、ようこそおいでくださいました」


ゆったりとした声が背後から響く。

振り向けば、口髭を生やした男が大柄な男を従えて微笑んでいた。


「グリムショー子爵。今日はレンブラントを見せてくれるというから伺ったのですよ。これはどういう趣向ですか?」


ルーク様は表面上こそ穏やかだが、その声色には明らかな不快が滲んでいる。

グリムショー子爵は悪びれる様子もなく、にやりと笑った。


「いやはや。驚かせてしまいましたかな。これは失礼を」

「ご婦人もいらっしゃるというのに、あまり感心できる趣味とは思えませんがね」


周囲の招待客たちも、険しい表情で絵を眺めている。

あちこちから、低く押し殺した非難の声が漏れていた。


「失礼しました。まさか、ルーク様が若いご令嬢をお連れになるとは思っておりませんで」


値踏みするような視線が、ゆっくりとこちらをなぞる。

まるで絵を見るかのように。ーーいや、品定めをするかのように。


「ご紹介いただいても、よろしいですかな?」


「・・・ブラックウッド伯爵家のアリス嬢だ」

「初めまして。レンブランドの絵を拝見できると伺い、参りました」

「これはまた綺麗な方だ。ええ、後ほどお目にかけましょう、どうぞ楽しみにしていてください」


グリムショー子爵は、口髭の下でゆっくりと唇を歪めた。

それは笑みとも冷笑ともつかない表情で、背中にぞくりとしたものが走る。


彼はゆっくりと、周囲に飾られた絵を見渡した。


「ご令嬢には、少々刺激が強すぎましたかな」

「いえ・・・」


そう思うなら、展示するべきではないだろう。

会場には、年若い令嬢が父親の腕にすがりつきながら、怯えるように絵を見ている。

当然ながら、その父親の表情は険しく、視線には露骨な嫌悪が滲んでいた。


「ですが、実は、これには理由がありましてね」

「理由、ですか?」

「私は、優秀な若い画家の支援をしているのですよ。・・・ほら、挨拶しなさい」


グリムショー子爵に、影のように付き従っていた青年が、一歩前に出てぎこちなく頭を下げた。


「フィリップ・コリンズです。以後、お見知りおきを」


がっしりとした体格。

鍛えられた腕と広い肩幅。

だが、伏し目がちな目元はどこか怯えているようで、声も小さい。


「彼はなかなか芽が出ませんが、才能は確かなのですよ。本日は多くの方をお招きしておりますし、フィリップが発表の場が欲しいと申すものですから、この夜会を利用させてやろうと思いましてね」


「それが、この『死体の絵』ですか?」


ルーク様の声は低い。

こんな催しのある夜会だとは思っていなかったのだろう。


「ええ。死は誰しも避けては通れないものです。皆様も、ご自分の最期がどのようなものか、少なからず興味がおありでしょう?」


グリムショー子爵は、楽しげに目を細めた。


「しかし、いくら何でも悪趣味だ」

「ははっ、そうでしょうか?ですが、このくらい刺激があった方が面白い、とフィリップが申すのですから」


フィリップさんは顔を上げ、一瞬だけ、非難するような視線をグリムショー子爵へ向けた。


(・・・子爵は、嘘つきね)

これは、フィリップさんの意志で描いたものではないのだろう。

描かせたのは、グリムショー子爵だ。


「それに、どうかお怒りにならないでください。皆様だけでなく、私も描かれております」

「ご自身も、ですか?」

「ええ、もちろん」


子爵の笑みが、ゆっくりと深まる。


「死は平等ですからな」


その言葉は冗談のようで、まるで宣告のようにも聞こえた。

視線を巡らせて探して見れば、確かにグリムショー子爵の肖像画もあった。


片手にはワイングラス。

その手からこぼれ落ちた赤い液体が、白いクロスをゆっくりと染めている。

子爵は、札束が詰まれたテーブルに突っ伏していた。


顔は横を向き、瞳は半ば開いたまま。

口元には、かすかな泡。


(・・・・・・毒でもあおったのかしら?)

自殺か、それとも他殺か。

どちらにしろ、ぞっとする光景だった。


「なかなか酷いものでしょう?どうして私の最期をこう描いたのか、フィリップを問い詰めたほどですよ」


グリムショー子爵がフィリップさんへと視線を向ける。

すると彼は、意外にも、はっきりした声で告げた。


「そう感じたものですから」

「感じた?」


思わず聞き返すと、一瞬、場が静まり返った。

その場の空気を楽しむかのように、グリムショー子爵が低く笑う。


「彼は、高名な占い師の孫なのですよ」

「そうなのですか?」

「ええ。だから『未来が見える』のだそうです」


子爵は愉快そうに肩を揺らすが、フィリップさんはすぐに視線を床に落とした。

嘘か、本当か。

いずれにせよ、気分のいいものではない。


「俺は、占いを信じないんでね」

「そうですか。それは残念です」


グリムショー子爵は、薄く笑みを浮かべたままだ。

ルーク様が目を細めてフィリップさんを見ると、彼はびくりと肩を震わせた。


「この絵は、君にとって本当に描きたかったもの?」

「そ、そうです。命が去った瞬間こそ、真実の姿が見えると思いまして」


フィリップさんの声はかすれ、額には汗が滲んでいる。

言い切れないのは、どこか後ろめたさがあるからだろう。


「ふぅん。じゃあ君は、この絵が真実だと言ってるの?」

「わ、私は・・・見えたものを、そのまま描いただけです」


その一言で、会場がざわめいた。


「さっきも言ったけど、俺、占いは信じないんだけど」

「し、信じていただく必要はありません」


「・・・じゃあ、この絵のように死ぬ、と?」

「い、いえ、そんなことは。・・・生き方次第で、未来は変えられます」

「どちらにも取れる言い方だね」


だがその曖昧さこそが、かえって興味を煽ったらしい。

招待客たちは俄然色めき立ち、壁に並ぶ絵の中に「自分の最期」がないかと、次々視線を走らせ始める。

それぞれが自分の描かれた絵がないか、探し回っている。


「ご不快にさせたのなら、お詫びします。ですが・・・」


フィリップさんは一瞬ためらい、それでも顔を上げた。


「描いたのは、皆様だけではありません。私自身の死も、ここにあります」


フィリップさんは、かすかに震える指で壁の一角を示した。

その先には、確かに自身の死を描いた絵もあった。


垂れ下がる縄。

群衆に取り囲まれ、処刑台を前に青ざめている男。

それは紛れもなくフィリップさんだった。


ルーク様が口を開きかけたその瞬間、グリムショー子爵が、芝居がかった仕草で深々と頭を下げた。


「お話の途中で申し訳ございません。どうやら、うちの使用人がガレット様に粗相をしたようでして。少々様子を見てまいります」


ホールの中央では、赤毛の青年が使用人に声を荒げている。

どうやら、飲み物を服にこぼされたらしい。


グリムショー子爵は急ぐように足を進めるが、片足をわずかに引きづっているせいで、その歩みは遅い。

その間にも、ガレット様の口汚い罵声が響き続けていた。


(・・・・・・あの歩き方は、わざとかしら?)

その背を見送りながら、私はこの場に残されたフィリップさんへ視線を向ける。

行き場を失った彼は、居心地悪そうにこちらをうかがっていた。

まるで、助けを求めているかのように。


会話の糸口を探そうと、私は壁に並ぶ絵をぐるりと見渡しす。


そして、思わず息が止まった。


そこにはフィリップさん本人の肖像画だけでなく、ルーク様の姿まであった。

ルーク様はワイン樽に背を預け、座り込んでいる。

腹部からは赤い血が流れ、衣服を濡らしていた。


顔には血の気がなく、焦点を失った瞳。

誰の目にも、明らかな「死」だった。


胸の奥がひやりと冷える。

だが、それだけではない。


(・・・・・・あれは、スカーレット様?)

薔薇の花びらが敷き詰められた上に横たわる彼女。

胸には、深々と短剣が突き立てられている。

白い肌が赤に映え、まるで演出された舞台のようだ。


それでも、彼女の美しさは少しも損なわれていなかった。

むしろ、完成された「作品」のようにさえ見える。


背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。

これは、ただの悪趣味な空想なのだろうか。

それとも、予言、なのか。


お読みいただき、ありがとうございました。

誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございます。

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