獣の魔女
ラマの腕と足が作り変わる。
人のモノから獣のモノへ、腰からは二本の猫の尾が伸びる。
尾の片方は雷、片方は炎を纏い、周囲の地面と建物の壁を走った。
「…………」
男は何も言わず、静かに剣を構える。
鋒を地面に下ろして脱力しているように見えるが、油断している訳ではなく、たとえ死角から攻めようと斬り捨てられるであろうことをラマは理解していた。
故に、迷うことなく行動する。
「!」
一直線の正面突破。
真っ直ぐ顔面へと迫ってきた拳に、男は僅かに驚きを見せた。
だが、それも一瞬だけ。
眼前へと迫った拳に男は頭を引きながら重心を後ろに倒し、振り上げた剣でラマの右腕を切り落とす。
そして、後ろに引いた右足で地面を蹴ることで体勢を前傾へと変え、返す刃を首へと迫らせる。
ラマの首に刃が入り込み────
電流が、男の体を貫いた。
「!?」
男の口から呻き声が漏れ、振り下ろしていた手は筋肉が縮まり止まる。
それは、切り落とされたラマの腕から発生したもの。
火と雷を尾から出していたからために、それらは尾から繰り出すと考えていたのだろう。
あるいは、出す素振りを見せた箇所を、放出前に斬り落とせば問題ないと踏んでいたか。
ラマの両手足は魔力を固めて形作ったニセモノ。
たとえ斬られて失ったとしても、魔力さえあれば何度でも新たに創造できる。
そして、切り離されたその魔力の塊は、魔術の核として利用が可能だ。
何より、元はラマの魔力であるため、巻き込みの形の放電であっても、自身への影響は少ない。
──ここだ!
「アアアアァッ!!」
千載一遇の好機に、ラマは左腕を咆哮と共に突き出した。
炎を纏った腕が、確かに敵の胸を貫く。
腕には心臓を捕らえた感触があり、手から伝わる血の温かさは紛れもなく本物だ。
「ッ、────ゴホッ」
だからこそ、ラマは現実が理解できない。
何故、自分の胸にも穴が空いているのかと。
相打ちになった訳ではない。
男の両腕は今も剣を握っており、そもそも痺れて動けない状態だった。
にも関わらず、結果は互いに心臓を潰し合ったものとなっている。
──なん、で……。
その疑問に答えは出ない。
出ているのは、相手が『まだ死んでいない』という事実だけ。
死に向かっていく様子も無く、このままでは守るべきものを守れずに終わってしまう。
感電が解け、男が一歩後ろへ後ずさる。
「行かせ、ない……!」
腕を抜こうと退がる男の体を掴み、ラマは体を密着させた。
そして、全身から自らの魔力で焼け焦げる程の炎と雷を生み出す。
「!」
その意図に男が気付いたときには、既に後の祭り。
炎雷が、辺り一体を吹き飛ばした。
「ハァ……ハァ……」
路地裏を、弱りきった一匹の猫が少女を引きずって歩いていく。
魔力で作られた四本の足は半透明になっており、二本の尻尾も焦げてボロボロになっている。
「あと……ちょっと……もう少し、遠くに……」
猫は少女の服の端を咥えながら、ゆっくりとした歩みで進んでいく。
一歩一歩、ゆっくりと。
小さな命を燃やしながら進んでいく。
「────ッ! ……ハァ、ハァ」
前足が一本、完全に消え、体勢を崩して倒れ込む。
もう新しい足を作ることは出来ず、ふらつきながら立ち上がり、頼り無い足取りで再び歩き出した。
「ガッ! ……ッ!」
もう一本の前足も消え、顔面から地面へと倒れる。
「ま、だ……」
顔を地面で削りながらも進もうとするが、踏ん張った後ろ足の一本が消えて失敗に終わった。
「遠く、に……!」
残った最後の一本も消え、進むことはもう出来ない。
最後に、猫の体の全てが消え始める。
「待って……ッ! まだ……まだ、消えたく……ない……ッ!」
涙を流し、服を強く噛み締めるも、現実は変わらない。
体の消失は加速度的に進み、体の力も入らなくなっていく。
残った部位が首と頭になったとき、猫は顔の向きを僅かに横へとズラした。
「ノア……生きて」
「あの時、助けてくれて……ありがとう」




