すぐ側の異変
異界へと繋がる鏡を通った瞬間、胸の奥でざわめきがあった。
だが、その理由にノアは思い至らない。
気のせいだと疑問を切り捨て、意識を異界の攻略へと集中させていく。
どこか、その地に見覚えがあるとしても。
「今回は、いきなり襲われはしないみたいだね」
鏡を出た先にあったのは、夜の帷に包まれた大きな街だった。
妖の作った街とは違い静かなものだと、屋根の上から全体を見回していたノアは頭の片隅でそんな感想を抱く。
──……あそこ、光が集まってる?
周囲の建物には内に灯りがついてるものはまばらだが、遠くにある街の一点だけは無数の光が集まり地を照らしていた。
──異物の性質でも分かるヒントがあればいいけど……。
「とりあえず、あそこ見に行ってみようか、ラマ。……ラマ?」
隣に立つラマへと尋ねるも、普段ならすぐに返ってくる筈の返答が無い。
見ると、視線は遠くにある光の集まりではなくその少し下を向き、何かを考えるように眉を寄せている。
「……え? あっ、そう! そうだね! 見に行ってみよう! 張り切って、ちゃっちゃと攻略しちゃ────どわ!?」
「ラマ!?」
声をかけられたことに気付き、慌てた様子で歩き出したラマは、屋根に積もっていた雪に滑り転がり落ちた。
──……緊張してる?
様子のおかしいラマに困惑しつつも、地面に勢いよく突っ込んだ妹を助けるべくノアも後を追って飛び降りる。
幸い怪我はしていないようで、倒れ伏した状態からすぐに起き上がって雪で濡れた顔を見せた。
「どうしたの? 様子が変だけど」
「…………いや。なんでもないよ、お姉ちゃん!」
「……本当に?」
普段ならそう言われたら引き下がっただろう。
だが、今は異界の攻略中だ。
油断の一つが命取りとなる場所で、体か心の不調があるのは姉としても仲間としても無視は出来ない。
「もしかしたら、先生が言ってた『誰か』の影響かもしれない。調子が変なら、無茶しない方がいいと思う」
俯くラマの手を握りながら、ノアは優しく語りかける。
その手は僅かに震えており、何かを迷っているのが伝わってきた。
握る力を僅かに強め、何も言わずに妹の決断を待つ。
そして、数秒の後に、ラマがゆっくりと顔を上げ────
「お姉ちゃん!」
険しい表情で、腕を勢いよく引き寄せられた。
前に倒れそうになるのを踏ん張り、振り返ったノアの顔に何かが飛び散る。
それは、ノアの居た位置へと飛び出したラマの血。
真っ黒の『何か』が、ラマの横腹を抉っていた。
「ラマ!」
白い地面が赤く染まる。
ノアは即座にラマの体を抱え、敵から逃げるために駆け出した。
──アレは何……!? 魔力も気配も一切無かった!
敵は全身が黒い上に同色の霧を纏っており、外見すらはっきりしない。
分かっていることは、成人男性ほどの大きさ、魔力強化した肉体を貫く攻撃力。
そして、明確な敵意と殺意。
「!」
全力で走っていた筈の進路上に、まるで待ち構えていたかのように先ほどの敵が現れる。
巨大な手を触手のように伸ばし、二本の腕でノアを囲い込んだ。
「……ハッ。逃がさないってヤツ?」
逃げ場は無い。
ならば、力をもって敵を倒し、道を切り開くのみ。
ノアの衣服の陰から、宙を舞う円状の武器が姿を現す。
「人の妹に傷をつけたんだ。────死ね」




