入界
少女は最近よく、『その夢』を見た。
「────」
顔の見えない少年が、自分にに向けて何かを言い続けてくる夢を。
「────」
少女は彼の言葉を認識することが出来ない。
ただ、その言葉には強い憎悪が込められていることだけは分かった。
「────!」
言葉は徐々に熱を帯び、濁った音が夢の世界を震わせる。
声に合わせてノイズが走り、世界が砕けかけたその刹那、少女────ノアは見た。
ノイズによって崩れた少年の顔が一瞬、歪んだ笑みを浮かべた自分のものに変わったのを。
ウェンディたちが異界へと訪れる一時間前。
天高く聳える異界へと繋がる鏡を多く保管した星間塔。
その五階、六つにレベル分けされた内の上から二番目の位置に、鏡の前に立つ三人の人影があった。
その中の一人であるノアは、目の前に立つ教師────アザリエに言われた言葉を復唱する。
「僕たち二人だけで異界に……ですか?」
「正確に言えば、ウェンディたちは後から行くから、二人だけ先に……ね」
攻略が必要な異界が発生したと口頭で伝えられたのだが、集まった先には自分の他に妹であるラマの姿しか見当たらない。
そのことについて質問した答えがそれであり、アザリエは咳の出る口を押さえながら続きを話す。
「ゴホッ。……正直、私の感なんだけどね。この階のとほぼ同時に、上の階でも二つの異界が緊急性を帯びた。まるで、誰かの意思が絡んでるみたいに」
「誰かって……誰です?」
「さあ? 結局は直感だからね〜。……ゴホッ」
その口調は適当なものだが、彼女が冗談を言っている訳ではないとノアは理解している。
ラマも同じ様子で妄言と聞き流すことはせず、それが当たっている前提で話を続けた。
「誰かの意思が絡んでるとして、だったら尚更、四人で固まって動いた方が安全じゃないですか?」
「んー、私も最初はラマと同じ考えだったんだけど……相手の狙いが分からない以上、今まで通りが一番危険な気がするんだよねー」
「……じゃあ、異界に入った後は、二人とは合流せずに進める感じですか?」
ノアの問いに、アザリエは顎に手を当て少し考える。
「……いや、第一優先は異界の攻略。正体不明の意思は怖いけど、進度Aの異界も十分危険だからね。情報収集した後、二人と合流してから異物の回収か破棄に臨んでほしい」
異界を放置すれば、いずれその世界で起こった破滅が鏡を通してこちら側の世界へと伝播してしまう。
その原因である遺物の除去は、どんな状況であろうとも優先しなければならないのである。
たとえ、自分の命に危機が迫っていようとも。
それを踏まえた上で、アザリエは二人の魔女見習いたに向けて微笑んだ。
「それじゃあ、いつものことだけど────死なないように」
「これでよし」
二人が鏡へ入っていくのを見届け、アザリエは一呼吸する。
そして、三年生たちがいる上の階を見上げると、小さな独り言を吐いた。
「『助けに行くから、二人ずつに分けて入らせて』……ねぇ。相変わらずヨモギは突然なお願いするなぁ」
「ちゃんと後輩を助けてやってよ、先輩たち」




