アズレイユ
その親子は、理想的な魔術師同士の関係だった。
互いに互いを魔術の高みへ至るための素材であり道具と見做し、時が来れば躊躇うことなく利用する。
事実、騙し合いの果てに娘の命が使われることになった時、彼らの間に悪感情は微塵も存在していなかった。
歪ではあったが、彼らは確かに心が通じ合っていたのだ。
そんな両者だが、それぞれが一つだけ、互いに見誤っていたことがあった。
子は、己が親が『我が子のクローンを作る』ほど、自身を特別視していたことを気付けなかった。
親は、自分たちの娘が、五感の全てを消され人間としての原型を失ったにも関わらず正常な意識を保つという、自分たちの予想を超える精神的異常性を持っていることを見抜けなかった。
その結果、実験は描かれた結末とは違う結末へ至る。
『魔術の行使により適した、新しい人間の体』。
その完成系であるクローンの体を、オリジナルの精神が奪うという事態へと。
「悪魔の……姉?」
アズレイユの体で喋る『何者か』に、ウェンディは口から垂れる血を拭いながら同じ言葉を口に出す。
−−−−姉……確か、記憶じゃクローンみたいなことを……。
−−−−元となった人物、姉は、願いを叶える悪魔に……されて……。
そこまで考えたところで、思考が一つの答えに辿り着く。
『誰かの記憶』を見終えた直後に襲われたために、気にすることのなかった疑問点。
記憶の主観者−−−−アズレイユを、悪魔と名乗る者は何故、部屋の外へと出したのか?
彼女の両親は精神の成熟を待っていた。
そのために、幽閉した部屋から自力で出てくるのを待っていたのだ。
ならば、連れ出した者は逆に、アズレイユの精神が未熟であることを望んでいたということになる。
その体を、自分のものにするために。
「……最初から、君の掌の上だったってこと?」
「いいや? 最初からじゃあないよ。両親に負けて改造されたときは、残念だけど諦めて事の成り行きを見守るつもりだった。けど、気が付いたら条件が揃ったんだよね」
「条件?」
「そう。私が、ある程度の簡単な魔術を使えるくらいには新しい体に慣れたこと。実験に問題が生まれて、非検体を閉じ込めるなんて手荒な真似をしなくちゃいけなくなったこと。そして、その非検体の『クローンの私』が、部屋を出ることを夢見ていたこと」
ピクリと、最後の言葉にウェンディは反応する。
だが、悪魔を名乗る者がそれに気付くことはなく、続く言葉を述べていく。
「全く仕組んでないのに奇跡的に復活の土台が出来上がってたんだもの。そりゃあ、利用させてもらうよね。犠牲にする相手もどうでもいいクローンなんだし」
どうでもいい−−−−その単語に、ウェンディの中から感情は一つだけを残して消え去った。
心臓の修復は急激にその速度を上げ、一瞬にして胸に空いた穴もろとも元通りに戻る。
傷一つ無い状態へと戻った体は最高速度で大地を駆け、友の姿をした敵へ怒りと魔力を込めた拳を突き出す。
「どうでもよくなんかない。私の友達だ、返せ!」
拳を魔術で作り出した壁で止め、その向こう側で『魔女』は笑う。
「はっ。取り返してみせなよ、三流魔術師」




