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異界の鏡  作者: リーグス
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怪鳥

 それは、巨大な鳥だった。

 人の倍以上の大きさを持ち、全身はカラスのように黒一色。

 そして、その額には、通常の鳥には無い筈の第三の瞳が付いている。

 

「……アズ?」

 そのあまりの異常な見た目に、先程まで見ていた魔術の記憶と状況を合わせて考えても、ウェンディは自身の推測に確信が持てない。

 だが、怪物じみた鳥が正誤を答えることはなく、翼をさらに羽ばたかせ、今度は天井を突き破って空へと昇った。

 −−−−とごに行くつもり……。

 一瞬にして遥か遠くの『点』となった存在を見上げ、そして気付く。

 怪鳥の体が、ぐるりと反転したことに。

 天を目指していた頭が地を向き、絶えず動いていた翼は畳まれて静止する。

 空気の抵抗を可能な限り減らした姿勢で、怪鳥は真下の地面へと落下を始めたのだ。

「まじか……ッ」

 その行為には間違いなく敵対の意思があり、ウェンディは驚きながらも精神を戦闘に移らせる。

 天井を破壊されたことで辺りに散らばっている瓦礫をいくつか拾い上げ、上空へと放り投げ刻んだ爆発術式を起動させることで煙幕を作り出す。

 −−−−……足りない。

 姿は見えない。

 それだけでは回避には不十分であると、ウェンディの直感が叫んだ。

 −−−−この感覚……たぶん、魔力を感知されてる。

 −−−−欺くためには、もう一手……。

 手を打てるタイムリミットぎりぎりまで迫ったところで、頬に汗を伝わせながら笑う。

 そして、自身の左腕を強く握りしめると、肩の肉がみしりと鳴った。

 

 数秒後、隕石と化した怪鳥が地面へと衝突する。

 体を硬化したのか潰れて自滅することはなく、攻撃によって生み出されたクレーターの中心でむくりと起き上がった。

 そこにあった屋敷は完全に吹き飛び、もはや何の形跡も無い。

 クレーターの外には多少の損壊だけで崩壊を(まぬが)れた建物が砦のように円を描いており、その一角で小さな存在が動く。

 怪鳥は自身よりも小さなその存在に気付かない。

 仕留めた確信があるために、背後に意識を配ることすらしていなかった。

 小さな存在は、クレーターの外から建物を踏み台に高く飛び上がり、怪鳥の背へと落下する。

 隠していたナイフを握りしめ、残り数メートルまで迫り−−−−そこで、怪鳥はようやく小さな存在、ウェンディに気付いた。

「とった!」

 それは、しごく単純な策。

 引きちぎった左手に魔力を込め、本体は魔力を抑えることで囮とする。

 回避は間に合わない。

 右手で握ったナイフを、魔力を纏わせ威力を高めて振り下ろす。

 トスリと、刃が突き刺さる感覚があった。

「……!」

 だが、怪鳥は悲鳴をあげない。

 むしろ、ウェンディが険しい顔で今の一手を悔いる。

        −−−−「カガミノヒトミ」

 脳裏に友人であるアズの魔術の名が蘇ったのは、ナイフが突き刺さった怪鳥の羽を見たから。

 その羽は真っ黒のため遠目では気付けなかったが、一枚一枚が()()()()()()()()()()

 そして、ウェンディの嫌な予感を肯定するように、その全てが一人でに動き出す。

 アズの魔術と同じように曲線を描いて腕は伸び、全方位から獲物を囲い込む。

 (まゆ)のように重なり合った球体が徐々に縮小し始め、なかの存在を圧し潰す。

 時間を掛ければ掛けるほどその未来から逃れられなくなると察したウェンディは、迷いを断ち切り決断した。

 その手から、ナイフが離れる。

 (まゆ)の中で、一際大きな爆発が生じた。

 それによって拘束が(わず)かに緩み、ウェンディは空いた隙間から這い出るように外へと逃げ出す。

 至近距離で爆発を起こしたことで体には少なくないダメージが入っており、失った左腕と一緒に治癒を始めながらクレーターの外へと魔力で強化した足で跳躍する。

 武器を失い、せっかく詰めた距離をも捨てることになったが、腕はその一手で諦めるといったことはなくクレーターの外までも伸びて追いかけて来ているため、そのことを悔いている暇はない。

 崩れかけた建物を障害物として利用し、少しでも腕が迫る速度を遅らせて時間を稼ぐ。

 ぐるりとクレーターの円に沿うように走り、再び攻撃を仕掛ける機会を探った。

 −−−−腕を伸ばしてる間は、本体は動けてない?

 −−−−それなら、どうにか飛ばせて、そこに……ん?

「何だ?」

 逃げ回りながらも観察を試みたウェンディの目に映った、自身を見つめる怪鳥の顔。

 その口は大きく開かれており、口内に熱が収束し始め、まるで何かを打ち出すかのような−−−−

「ウソでしょ!?」

 気付いたときにはもう遅かった。

 怪鳥の口から熱線が放射され、ウェンディの進行先から、後方に迫る腕すら巻き込む形で()ぎ払う。

 熱線が通った後には何も残らず、焼け焦げた地面が広がっている。

 視界内に敵は居ない。

 その状況は、怪鳥へ奇襲を仕掛けた状況と似ていた。

 

 一つだけ違ったのは、怪鳥が対応策を既に見つけ出していたこと。

 今度は視覚ではなく魔力感知で敵を探し、隠れ場所を見つけ出した。

「!」

 唯一の逃げ場である上空へと跳んでいたウェンディは、怪鳥が自身を見つけ出したことに目を見開く。

 連続では放てないのか、あるいは確実に仕留めるためか、熱線ではなく伸ばした腕を元に戻した飛翔による近接攻撃が迫った。

 大きく開かれる怪鳥の口。

 その嘴に捕まれば、人間の体など簡単に潰されるだろう。

 捕まれば、の話であるが。

「!?」

 明瞭な意思が存在しているのかは分からないが、今度は怪鳥が目を見開くこととなる。

 翼を持たない生物が、空中で跳んでみせたのだ。

 予想しなかった動きに防御が間に合わず、怪鳥は自身に比べれば虫に等しい相手に殴られ地面へと叩き落とされることとなる。

「印象に残らなすぎて忘れてた!? 物を浮かす魔術なんて!」

 拳を振り抜き叫ぶウェンディの、後方数メートル先。

 そこに、ちょうど片足が入る程度の大きさの瓦礫が重力に逆らって浮かんでいた。

 空中で静止していた瓦礫は、ウェンディが指を動かすと弧を描くような軌道で術者の元へと飛び、再び踏み台として使用される。

 二度の加速を入れた魔女の体は空中を一瞬で駆け、地面に仰向けで倒れる怪鳥の上へと落下した。

 同時に、魔力で強化した右腕を突き出し、落下の速度と合わせて怪鳥の胸を抉る。

「−−ー–ーーッ!!」

 辺り一帯に響く、天を裂くような悲鳴。

 だが、ウェンディが突き刺した腕を抜くことはない。

 むしろ、更に深くへと腕を沈め、奥にあるものへと手を伸ばした。

 その間も地面が揺れるほどの悲鳴が止むことはなく、聞き続けたウェンディの耳は耐えきれずに血を流す。

 −−−−もっと、深く!

 抵抗する筋肉に圧し潰されてしまわぬよう、再生と強化を並行して掛けた右腕が『何か』を掴む。

「ああああぁッ!!」

 それを、ウェンディは怪鳥の悲鳴に負けぬほどの咆哮と共に引き抜いた。

 

 すぼりと、黒い肉の中から『何か』が飛び出す。

 渾身の力で引っ張っていたウェンディは、後ろへと行きすぎた重心を支えきれずに尻餅をついた。

 お尻をさすりながら立ち上がり、ウェンディは疲れたように笑う。

「これで、助けるのは二度目だね……アズ」

 出て来たのは、彼女のよく知る友人の姿。

 助け出された少女は閉じていた瞳をゆっくりと開け、ウェンディの顔を見つけると、同じく柔らかな笑みを浮かべた。

「違うよ、()()()()()()()

 

 ドスリと、鈍い音がする。

 自身の胸の肉を、友人の腕が貫く音が。

 引き抜かれ、真っ赤になった手の上で弱々しく脈打つのは、抉り取られたウェンディの心臓。

 

「ははっ、お返し♪」


 違う。

 その声は違う。

 それは、その存在は、友人ではない。

「誰だ……、お前……!?」

「誰? 見たでしょ、あの子の記憶。私は−−−−」

 

「悪魔になっちゃった『お姉ちゃん』、だよ」

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