原悪
王子は思い出す。
己が過去の記憶を。
国で起きた未曾有の大災害から数ヶ月後、国内の様子は一応は平常を取り戻していた。
多くの命が消えることとなった原因不明の災害だったが、貴族もほとんどが死んだために圧政をする存在がいなくなったことが、皮肉にも国民に生きる活力を与えたのだ。
そして、もう一つの理由は、『英雄』の存在。
災害を終息させた女騎士───ウィルデナントが「国を復活させてみせる」と宣言したからこそ、それを信じて多くの国民が立ち上がった。
「……そうか。分かった」
崩壊した城に残った数少ない利用可能な部屋。
そこで臣下からの報告を受けた現国王こと元王子は、憂鬱げに窓から見える外の景色を見た。
人手が足らず、死体の処理と洗浄だけして放置された建物は、父に王位を与えられ従者が失踪した夜を思い出させる。
──本当は、俺もあの夜死ぬ筈だった。
父である前王が王位を与えたのは、責任を息子に押し付けて自身は逃げるため。
だが、暴動が災害に塗り替えられたことでその企みは失敗し、前王は逃げる途中で怪物に殺されることとなる。
──政治を担う者は死に、新たな統治者には英雄を推す声ばかり。……あれだけ無理だと思い知らされた改革が、たった一度の偶然で起こるとはな。
叫ぶ声は届かず、牢屋に入れてまで考えを改めさせられた少年期を思い出す。
その心の内に芽生える感情を知れる者はおらず、彼自身にも自覚は無い。
無意識に、その手を強く握りしめた。
──つくづく、大きいものが全てを決める世界だ。
──……アイツも、好機だと察して逃げたのか?
そうであることを願うように、視線を僅かに上げて青空を眺める。
その静かな空間を壊したのは、勢い良く開かれた扉の音だった。
「王よ! 大変です!」
「英雄が! 英雄がっ!」
「何だ、騒々しい。英雄に何があった」
「英雄が……殺されました!」
入ってきた臣下たちの言葉を聞いた瞬間、王は時が止まったような錯覚を覚える。
言葉の意味が理解できないまま、口を動かし出てきた言葉は一言だけ。
「…………は?」
──殺された? ……誰に?
──怪物がまだ残って……。連れていた竜が何か……。
──まさか、国民……?
地位を狙った者による殺害という最悪な予想が思い浮かぶが、現実はさらに深い最悪を届ける。
「火刑にて、先ほど……処刑、されました……」
「処刑された? 誰に。貴族たちか?」
「いえ……その………………王に、です」
「………………は?」
二度目。
王は本気で、その言葉の意味が理解出来なかった。
何故なら、彼はそんな命令は一度も下していない。
そんなことをしても利になるものは無く、むしろなぁなぁにされていた国民たちから再び怒りを向けられることになる。
「ッ! すぐに犯人の特定と、蘇生手段の捜索! どんな手段でもいい、とにかく彼女だけは死なせるな────」
再び暴動が起き、今度こそ国が滅ぶ。
その最悪な未来を回避するために、王はすぐに対処に動こうとする。
だが、入ってきた三人の臣下たちは違った。
全員で扉を塞ぎ、その場からピクリとも動こうとしない。
「何のつもりだ」
問われた臣下の一人が、ニタリと薄気味悪く笑う。
明らかに変化した臣下の不気味な気配に、反射的に半歩下がり警戒の姿勢をとった。
「いえ、困るのです。解決などされては」
「それは、自白ってことでいいのか?」
「さあ? ご自身で確かめられては?」
言われるまでもない。
王は言い終わるよりも速く喋る中央の臣下へと接近し、その首を容赦なくへし折る。
「……さて。他二人は────」
髪を掴む感触があり、骨が折れる感触があった。
だが、殺した筈の臣下は瞳を王の方へと動かす。
そして、代わりに両脇の二人の臣下が同時に喋り出した。
「「申し訳ありません。王よ」」
「!?」
「「貴方には、果たしてもらう役目があるのです」」
王は気付かなかった。
その部屋には、四人以外にもう一人居たことに。
音も無く背後に立ち、臣下たちと同じ笑みを浮かべたソレは────
「かはっ!?」
手刀で背中の肉を貫き、脈打つ心臓を鷲掴んだ。
「贄が必要なんだ。あの騎士様に削られた分を補充する贄が。そして、君にはそれを集める仕事をしてもらう」
背後で語る声は、聞き覚えのある者だった。
災害の起きた日、全滅した宮廷魔導士の中で唯一、怪物の死体から身元を特定する物が見つからなかった者。
「もう少し、『操り人形の王子』でいてもらうよ」
振り返った視界に映るは、黒いコートを見に纏った白髪碧眼の魔女。
心臓が強く脈打ち、下腹部に異様な熱を感じながら、王は暗転していく世界の中で察した。
全ては、この魔女が仕組んだものだと。
そして、現在。
「世界を終わらせる悪ーい魔女の、アルカナです」
正常な意識が戻った王の横で、魔女が己の名を告げる。
そして、チラリと視線を倒れる王へと向けると、コートから出した手で指を鳴らした。
「お疲れ様、生まれながらの操り人形くん。ゆっくり寝ていいよ」
優しい言葉と共に、地面から巨大な『枝』が突き出る。
それは王の体へと巻き付き、次第に巨大な繭へと変わっていく。
体のほとんどが怪物と同じになった王を作り変えるのではなく、取り込むために。
──ああ……こんな……。
「クソったれ……」
吐いた言葉は、誰の耳にも届かない。
彼の命はあっけなく溶け、枝の中へと消えていった。




