甘い夢
「……きて」
「起きて、もう朝よ」
少女は優しい声に目を覚ました。
綺麗なベッドの上には自分の体があり、それが少し小さいように感じだが、なぜそう感じたかの理由は分からない。
そんな少女を見て、ベッドの側に立つ大人びた女性は優しく笑う。
「どうしたの? 変な顔して。朝ごはん冷めちゃうわよ、ノア」
ノア────それが自分の名前であると、少女は頭の中で霧が晴れていくような感覚と共に思い出した。
子供部屋から出ていこうとしている女性が、自身のお母さんであるということも。
「待ってよ、お母さん! すぐ行く!」
寝巻き姿でリビングへ向かい、料理が並べられた食卓を見つける。
そこには当然────
「おや、今日は早いんだね、ノア」
「お父さんこそ、今日はゆっくりじゃん」
慣れ親しんだ関係。
何度も何度も繰り返した、ありふれた景色。
いつもの三人に、いつもの笑い声。
当たり前の家族が、家庭が、そこにあった。
朝はパンとサラダを食べ、学校へ向かう。
友達とたわいもない会話をし、授業中の睡魔と戦い、午後は部活に汗を流す。
薄暗くなった帰り道、我慢できずに間食をし、当然バレてお怒りを受けた。
休日は友達と出かけ、夜にはまた家へと帰り、今日が終わるのを惜しみながらベッドの上で瞼を閉じる。
楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、辛いこと。
何十、何百と繰り返した日常の中で何度もそれらを感じながら、やがて冬の一夜へと辿り着いた。
「ノア、この料理を運んでおいて」
「はーい」
その日は一年の終わりにある行事の日。
街全体が飾り付けられ、家の中も華やかに。
食卓には豪華な食事が並び、誰も彼もが顔に笑みを浮かべている。
「…………あれ?」
食事の準備をしている最中、ノアは食器を四人分手に待ってしまっていることに気付いた。
「お父さん。ウチって、三人家族だよね?」
「ああ、そうだぞ?」
「……だよね」
用意された料理はどれも豪華。
奮発して買ったために量が多く、とても三人で食べ切れるものではない。
「流石に多すぎたかしら」
「うーん、これは難敵だな……」
「頑張りすぎて太らないでよー? この前も張り合ったせいで…………」
言葉が詰まる。
一瞬浮かんだ誰かの顔が、泡のように消えていく。
「この前? いつの話だ?」
いつの話か。
少し前のような、ずいぶん昔のような、曖昧な感覚が脳を襲う。
気のせいで終わらせてはいけない違和感が、ノアの心の中にあった。
「ねぇ……」
確証も無いまま、口から言葉が溢れ出る。
「妹は、どこ?」
妹────その言葉を口にした瞬間、ノアの胸が締め付けられた。
両親の顔はどこか辛そうな表情で、眼差しは「行かないでくれ」と訴えている。
それを見て、ノアは自分が何者かをなんとなく思い出した。
だから、もうそこには居られない。
食卓に背を向け、部屋の扉へと歩き出す。
「ノア!」
母の声に、足が止まる。
受け入れてしまいたい、ずっとここに居たい、別れたくない、そんな想いが一瞬で浮かび上がるが、それでもノアは再び足を踏み出した。
手を強く握りしめ、唇を噛む。
内から湧く弱さに負けないために。
「……お母さん! お父さん!」
「産んでくれて、ありがとう」
泣きそうになるのを堪え、しっかりと二人へ伝える。
何度も開けてきた扉を、いつも通りに開けて出た。
「「頑張れ」」
背にかかる二つの声。
もう、迷いは無かった。




