回帰
黒い腕と影の腕。
片や巨大な怪物の、片や蛇のように細長い人の腕が絡み合い、地上に巨大な半球の繭を作り上げる。
その繭の中心に空いた空間で、魔女と王子は自分が出した腕を足場として戦闘を繰り広げていた。
「ハァ……ハァ……!」
腕の数はほぼ等しく、操る精度も拮抗している泥試合。
だが、勝敗は明確だ。
魔術で影の腕を作り上げているアズレイユに対し、王子は街中にいる怪物たちの腕を操っているだけ。
工程が一つ多いことは、長期戦では大きな不利となる。
アズレイユの体力は、既に底が見え始めていた。
「(やばいなぁ……だいぶ疲れてきた。かといって決め手には欠けるし、この攻防もそろそろ限界────)」
「アズ!」
疲労で集中力が切れてきたアズレイユの耳に届くのは、ノアを支えながら叫ぶウェンディの声。
紫電で繭の外殻に穴を開け現れたウェンディは、一直線に敵へと飛んで向かう。
「道を開いて!」
「!」
紫電を纏うことで高速移動を行うウェンディが敵へと辿り着くまでにかかる時間は五秒と無い。
だが、それは直線距離の話だ。
行く手には敵が展開した数十の怪物の腕が立ち塞がっており、万全でない今のウェンディには突破出来ない。
突破するには、アズレイユが防御を捨てて援護する必要がある。
思考の時間は無いに等しい。
放たれた言葉を信じるか否かの直観が全て。
アズレイユは────
「分かった!」
迷う素振りも見せず、即座に行動に移した。
防御に回していた影の腕を全て使い、ウェンディたちを阻む盾を引き剥がす。
それでも数本、最後の盾である腕が道を阻むが、それだけでは雷を止めるには足りない。
紫の光が盾を砕き、その奥に隠れた敵を曝け出した。
「……居た!」
その外見は、もはや王子と呼ぶべきものではない。
纏っていた服は上半身が破けて消え、赤黒く染まった巨躯が見えている。
切られた右腕の断面からは歪な形の爪が生え、背中から伸びるは六本の太い触手。
黒い涙を流す瞳からは正気が消え、まさしく怪物そのものとなった存在がそこに居た。
その怪物の爪が空を裂き、ウェンディの喉元へと迫る。
「ッ!」
咄嗟に背を逸らし、僅かに当たりはしたものの小さな切り傷程度のダメージで済ます。
そして、即座に体勢を直し、紫電による高速移動で敵へと接近した。
「ノアから聞いたよ。初めまして、王様」
語りかけながらも動きは止めず、ウェンディの手刀が敵の胸へと伸びる。
流れるような動作で突き出された指先は、防御を間に合わせぬ速さで心臓を貫いた。
──ここからだ……!
ウェンディの狙いは、敵の引き起こす『傷の共有』現象。
怪物同士の融合による肉体の再生は叩き続ければいずれ限界が訪れるが、傷を写されてはそれも不可能になる。
ならば、それを無効化するしかない。
ウェンディは心臓を貫いた腕を引き抜かないことで、敵の体の内部に干渉可能となった。
その部位に、傷を敵へ写す機能が働いた瞬間────
「ここだァ……ッ!」
ウェンディの魔力が、敵の内部を駆け巡る。
それはやがて左下腹部────現象を引き起こす核がある部位へと辿り着き、内側から小さな爆発を引き起こした。
小さな爆発、だが人間の肉を破壊するには十分な威力の爆発が、狙い通りに目的のものを吹き飛ばす。
「ガフッ。ハァ……ハァ……」
ウェンディの口から溢れ出す血。
胸には穴が開き、表には出ていないが左下腹部も損傷している。
──残念……発動は間に合ったか……。
だが、その現象が起きるのはそれが最後。
"次の攻撃"に、壊された部位の再生は間に合わない。
「行け────アズ」
腕を引き抜き、後ろへ倒れて落ちていくウェンディ。
その背後から、紫電を纏ったアズが現れた。
一閃。
紫の光が、振るったナイフの刃先から広がる。
全身の肉を焼き焦がす攻撃が、一瞬にして空に亀裂を描いた。
ウェンディの予想は当たっていた。
敵の能力は、脳や心臓ではない箇所で発動していると。
魔力の流れから感じた違和感を基にした、ほとんど勘の推測だが、確かに敵の能力を封じることに成功した。
誤算だったのは、その部位にあった『もの』は治せないこと。
魔女が作った魔術式の結晶であり、肉体ではないため再生が出来ない。
もう一つは、その魔術の二つ目の効果。
一つ目は、受けた傷を敵にも与えるもの。
そして、二つ目の効果は、記憶の封印。
記憶を閉じ込め、思考を奪い、与えた命令により従い安くする。
その封印が、解かれた。
王子は思い出す。
自分が何者なのかを。
目の前に居るのは誰なのかを。
自分が、何を求めていたのかを。




