白の想起 Ⅵ
一瞬のことだったように思える。
突然城に火の手が上がり、多くの国民が流れ込んでいくのが遠くに見えた。
仕事を終えた私が慌てて走り出し、屋根の上を渡って最短距離で向かう間にも、事態は更に動き出す。
「枝」が、国中の地中から現れた。
枝は人々に絡みつき、その体を作り変えていく。
巨大な腕を伸ばし人を殺す、口の無い真っ黒な怪物に。
最初は国の魔術師たちの抵抗かと思った。
だが、枝が国民も城の騎士も見境なく絡みついていくのを見て違うと察する。
これは、人間という種への攻撃なのだと。
誰からの?
それは────
「……王子」
城門前。
地面に転がる無数の"怪物の"死体と、彼らが人間だったときに纏っていたものであろう衣服と甲冑。
そして、その地獄の光景と化した門の前に、私を待っていたかのように立つ王子が居た。
「オゥ、おかえり」
普段と変わりのない声。
いつもの口調で、いつもの声の高さで、いつもの表情で語りかけてくる。
彼の手には、血の滴る剣が握られているのに。
「……なんで」
「ん?」
「なんで、その人たちを殺した!?」
気付けば叫んでいた。
腹の底から、今すぐにでも飛び掛かりたいほどの怒りが湧いてくる。
けど、同時に話をするべきだと考える自分がいた。
彼の意思を、理由を……聞くべきだと。
「どうして? おかしな事を聞くな。人を殺す仕事に就いてるお前が、そんな疑問を抱いていいのか?」
「……ああ、そうだ。私は人を殺した。それに何の間違いは無い。けど、お前と私は違う! お前は、殺さなくても手に入るだろう!?」
ああ、そうだ。
私はそれが知りたい。
奪うために殺す私と、奪った結果死ぬ"こともある"彼ら。
それが何故、急に殺すことに重きを置いた?
「殺さなくても手に入る、か。確かにな。俺たちは欲しい時に欲しいものが手に入る。それが『当たり前』だ。……けどな、そこにはもう一つの『当たり前』があるだろう?」
「いらなくなった物は捨てる。当然の権利だ。持ち主が物を捨てたことに、一々ピィピィ喚くなよ」
私の中にあった怒りが、一瞬で冷えていくのを感じた。
冷静に、かつ瞬時に。
殺すために、体が動いた。
「ッ!」
私が服の影から魔術で取り出し、投げつけた三つの暗器を、王子は咄嗟に剣で受ける。
何が仕組まれてるかも知らずに。
「ガッ……!?」
それは、次元式で放電する魔道具。
止められる時間はほんの数秒。
それで、十分。
敵の心臓にナイフが届くには、十分。
「捨てる……? 当たり前、だと……?」
深く突き刺したナイフは、確かに王子の心臓を貫いた。
それでも、ナイフを体から引き抜き、再び胸へと突き刺す。
「ふざけんなッ!! なら返せッ! 私のッ。私の持つべきだったもの、全部!! 返せぇぇぇ!!!」
何度も、何度も、何度も、何度も。
何度もナイフを突き刺し、私も彼も真っ赤に染まっていった。
何度刺したか分からないまま、肩で息をしながら引き抜く腕を止める。
肉に突き刺したままのナイフを、私はただじっと見つめた。
「…………」
意味は無い。
この殺しに、何も奪うものは無いのだから。
ただ、感情のままに暴れた。
取り返せない過去のために、死んだ敵を何度も突き刺した。
結果、何も得られずに涙を流している。
なんて、無益。
なんて、無意味。
どうして……最初から、こうしなかった?
何度も、機会はあった筈のに。
「あーあー、殺しちゃったね。王様」
「!?」
気配がしなかった。
真後ろからの突然の声。
女性だ。
そう気付くのと、ナイフを引き抜いて振り向きながら斬りかかるのが同時だった。
そのナイフを持つ右腕が、弾け飛ぶのも。
「〜〜ッ!?」
「わあ、声を上げない! すごいね! じゃあ……」
左腕が爆ぜた。
「次!」
左脚が爆ぜた。
「次ッ!」
右足が爆ぜた。
「あっはは! 本ッ当にすごいね! 四肢が全部無くなったのに、まだ睨みつけれるんだ!?」
仰向けに倒れた私の目に、下品に笑う女の顔が見える。
あの日、私と一緒に初めての仕事に挑んだ、宮廷魔導士の顔が。
「大丈夫。君のその怒りも、呪いも、全部ぜーんぶ、私が食べてあげるから」
枝が、私に寄ってくる。
きっと、私も怪物に変えられるんだろう。
あの枝は、怪我をした人間もまったく同じ形の怪物へと変えていた。
たぶん、生きてさえいれば、どんな怪我をしていようが再生させられる。
……ああ、終わりか。
……こんなものが、私の人生の終わりか。
捨てられて……失って……。
あぁ……欲しかったなぁ……私も……。
みんな、みたいに……。
「ちょっと待ったァ!!」
……誰?
誰かが、枝を斬った?
「間一髪! 猫に導かれるまま来て良かったわ!」
「……ずいぶん元気な子が来たけど、誰かな?」
「あら、物を知らないのね! 国のピンチにやって来るのは、聖なる騎士に決まっているでしょう! ドラゴン付きのね!」
「どうせならもう一つ覚えて逝きなさい、魔女! この私の名、ウィルデナントを!!」
私の記憶はそこまで。
その名前を聞いたところで瞼が落ち、意識は溶けて消えていく。
猫の声が、聞こえた気がした。




