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「王子殿下、ノシュール様。ようこそおいでくださいました」
船着き場にはドゥクティグ卿が自ら出迎えに来ていた。
『わざわざ船着き場までありがとう。加えて急な訪問への快諾も感謝する。滞在中よろしく頼むよ』
「小さな町ではございますが、ご案内させていただきます。ですが、まずは邸へ。昼食の用意をさせております」
ドゥクティグ卿と共に馬車に乗る。
「ここから邸まではすぐでございます」
前回は夜に到着して翌朝には発ったため、町の様子を見ることは出来なかった。あの時とは季節の違いもあるが、とても綺麗で美しい町だ。街路樹は手入れが行き届いており、その根元には花が咲き乱れている。
街路は大変丁寧に整備された石畳で、雨の日でも泥濘を恐れる心配のないことが見て取れる。
馬車は邸の門を滑らかに進み、静かに停車した。
外から扉が開くと、そこにも懐かしい顔があった。この邸の執事だ。
「本日はようこそおいでくださいました」
挨拶を交わして、ベンヤミンを紹介する。意外にもベンヤミンがこの町に滞在するのは初めてらしい。
「早速ですが、お食事の準備が整っているようです。ご案内いたします」
食事の席で今回の訪問の目的を簡単に説明した。
「ご卒業後、各領地をお回りに。並行してマーケットの建設、でございますか」
『ああ、まだ正式に発表されていないが確定だ。この町と卿がきっかけだったんだよ』
数年前のできごとを、ドゥクティグ卿も記憶していた。嬉しい話だ。
『今後視察の同行者を募ることになるはずだ。よい人物がいれば紹介してほしい』
「1人心当たりがございます。今晩の晩餐でご紹介させていただく予定のものがおりまして」
卿の推薦であれば間違いない。会うのが楽しみだ。
まだまだ未熟なものではございますが、と卿は謙遜する。子息かそれに近い存在なんだろう。
それにしてもこの邸の料理は旨い。余程意欲的な料理人がいるとみえる。
魚介をたっぷりと使ったホワイトソースの煮込み、ゴロゴロとした塊り肉の入っているブラウンソースの煮込み、さらに数種類の豆入りのスパイシーな煮込み。昼間から3種類もの煮込みが用意されていた。
そこへ付け合わせてあるのは米を野菜と共にスープで炊いたピラフだ。
そして新鮮な野菜のサラダ。生のトマトやルッコラ、レタスーそこへ茹で野菜や揚げ野菜も入っていて、このサラダ1つだけでも充分な昼食になりそうな気がする。
「旨い。王都ともノシュールとも違うな」
ベンヤミンも喉を唸らせている。
「お口に合いましたようで何よりでございます」
『この邸の料理には何度も驚かされるよ。全て旨い』
嘘偽りない賛辞だ。良くも悪くも完成された城の料理と比べ、この邸で振舞われる料理は、食も驚きになると言うことを教えてくれる。
「邸のものたちが食べることが大好きだからでしょうな。その筆頭が料理長でございますから」
ドゥクティグ卿も目を細めている。
食事の後、卿に町を案内してもらうことになった。
「中心部は歩いてすぐに見終わるほどですので、今日は周辺部をご案内しようと思っておりましたが、いかがでしょうか」
それに同意して、ベンヤミン、ロニーも共に馬車に乗りこんだ。
『ここは舗装も行き届いているんだな』
「はい、先代の代官が数年かけて実施したと記録が残っておりました」
『そうか、手入れもしっかりとされている』
その方が町にとっても好都合なのでございますよ。と卿は説明を続ける。尤もこれは王都の施策を取り入れただけでございますが、と。
「好都合?」
ベンヤミンが不思議そうな声を上げた。
「はい。このように道を整備して花を植えるように致しましてから、町が清潔になりました。流行病の発生もかなり抑えられるようになったと考えております」
陛下が王に就いて最初に行った政策のことだ。王都の、特に下町の衛生環境を一から見直ししたのだ。以前の環境を私は紙面の中でしか知らないが、現在の王都はかなり清潔に保たれていると思う。
先王の病は流行病ではなかったが、病に罹る人を減らしたいという陛下の強い決意がそこにあった。
「王都を倣い屎尿やゴミから堆肥を作っております 。今からご案内申し上げますのは、それらを利用した畑でございます」
案内された畑には、収穫を待つ夏野菜が目いっぱい光を浴びて葉を茂らせていた。
「運河のおかげで王都がより近くなりましたので、今の時期は王都向けの葉野菜を中心に育てております」
この辺りは平地が続き、元から農業が盛んな土地だ。今までも王都向けの作物をたくさん育ててきたが、運河ができたことにより、より繊細で傷みやすい作物も育てるようになったようだ。
「もう一ヵ所是非ご覧いただきたい畑があるのですが、今からご案内差し上げてもよろしいでしょうか」
『是非お願いしたい』
卿がそこまで言う畑とは一体どんな畑なのだろう、否が応でも期待が高まる。
次に着いた場所では見渡す限りトマトが植えられていた。小さな1口サイズのミニトマトだ。畑道を挟んで反対側はパプリカ畑だ。こちらも黄色やオレンジの実が鈴なりに実っている。
「パプリカは主に赤、そして黄色を収穫しています。ここからは見えませんが黄色い実のトマトもあります」
『赤と黄色には何か意味が?』
「あちらの建物の中でご説明いたします」
そう言って畑のそばにある大きな建物へと向かった。
建物は瓶詰工場だった。ちょうど今はトマトを瓶に詰めているところだ。
「蜂蜜やハーブを加えてピクルスにしています。パプリカも同じようにピクルスに加工しています」
工場の中いっぱいに甘酸っぱい香りが広がる。
「完成品の棚がありますのでご覧ください」
階段を降りると地下は貯蔵庫になっていた。棚には今見てきたトマトやパプリカのピクルス、そして人参のジュースも並んでいる。トマトはどの瓶にも1粒、2粒黄色い実が入っていて、パプリカの方はというと瓶の中で丁寧に赤と黄色が交互に並べられていた。
『このために赤と黄にこだわっていたのか』
「はい、この色をこの町の商品というシンボルにしようと考えまして」
このアイディアには感服した。
「ようやく今年完成したところなのです。いち早くお2人にご覧いただけて良かった」
短い言葉の中に、何年も試作を重ねた苦労が見えた気がした。
「これは冬に出荷するのですか?」
「はいノシュール様 、その予定です。新鮮な野菜が少ない時期に喜ばれる野菜は何かと、町のものにも広く聞いて回りまして、この2種類に絞りました」
ズラリと並んだ瓶詰を見て、ふと浮かんだことを口にする。
『ドゥクティグ卿、この瓶を再利用することは可能だろうか』
「再利用でございますか?はい、お召し上がりいただいた後もお使いいただけますね」
うん、それもいいのだが、そうではなくて。
こうして大量に並んでいると忘れそうになることだが、ガラス製品は貴重だ。現に下町の祭りでは、ジュースも木製のカップで提供していた。
例えば次に購入するときに返還させる、割引でもすれば喜んで返却するのではないだろうか。
それを説明する。
「なるほど!回収して再び瓶詰に使うと言うことでございますね!それは素晴らしい」
「レオ、そんなことよく思いついたな」
2人の反応を見るに、実現は可能のようだ。
『貴族の邸なら処分して終わりだろうが、平民の家庭だと少しでも安く買えることは魅力だと思う。工場にとっても新たな瓶を購入するよりコストを減らせるだろう』
「凄いな、俺にその発想は出来なかった」
たまたまだ、ベンヤミン。下町の祭りに行った記憶が新鮮な今だから思いついたんだろうしさ。
「はい、私も驚きました。そこまで市井のものの暮らしに深い理解をお示しとは。
殿下のマーケットが完成致しましたら、是非こちらもお取り扱いください。回収方法もそれまでに整えたいと思います」
ドゥクティグ卿からの了承も得た。後のことは卿が決めてくれる。
『ありがとう、必ず成功させなくてはならないな。よいマーケットになるようこれからも卿には意見を是非聞かせてほしい』
「微力ではございますが、協力させていただきます。いやー楽しみになってきましたな」
微力どころか、卿の力が必要なんだ。
直に全ての王都民が、この直轄地の存在を知ることになるだろうと信じている。




