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「王子殿下 ノシュール様 ようこそおいでくださいました」

船着き場にはドゥクティグ卿が自ら出迎えに来ていた。


『わざわざ船着き場までありがとう 加えて急な訪問への快諾も感謝する 滞在中よろしく頼むよ』

「小さな町ではございますが ご案内させていただきます ですがまずは邸へ 昼食の用意をさせております」

『わかった』


ドゥクティグ卿と共に馬車に乗る。

「ここから邸まではすぐでございます」


前回は夜に到着して翌朝には発ったため、町の様子を見ることは出来なかった。あの時とは季節の違いもあるが、とても綺麗で美しい町だ。街路樹は手入れが行き届いており、その根元には花が咲き乱れている。

街路は大変丁寧に整備された石畳で、雨の日でも泥濘を恐れる心配のないことが解る。


馬車は邸の門を滑らかに進み、静かに停車した。

外から扉が開くと、そこにも懐かしい顔があった。この邸の執事だ。

「本日はようこそおいでくださいました」

『急で済まなかったね こちらはベンヤミン=ノシュール この町へ滞在するのは初めてだそうだ』

「ノシュール様 お待ちしておりました」

「初めまして ベンヤミン=ノシュールと言います」


「代官様 昼食の準備も整っております」

執事が邸の長に告げる。

「早速ですが お食事をご用意させていただいてよろしいでしょうか」

『ありがとう ご相伴に与るよ』


食事の席で今回の訪問の目的を簡単に説明する。

「ご卒業後 各領地をお回りに・・・そしてその後のご計画も」

『ああ まだ正式に発表されていないが確定だ この町と卿がきっかけだったんだよ』

「あの晩殿下とお話しさせていただいたことは 今もよく覚えております 大変に光栄でございます」

『今後視察の同行者を募ることになるはずだ よい人物がいれば紹介してほしい』

「一人心当たりがございます 今晩の晩餐でご紹介させていただく予定のものがおりました」

『そうか 卿の推薦であれば間違いないな』

「まだまだ未熟なものではございますが」


それにしてもこの邸の料理は旨い。余程意欲的な料理人がいるのだろう。

魚介をたっぷりと使ったホワイトソースの煮込み、ゴロゴロと大きな肉の入っているブラウンソースの煮込み、さらに数種類の豆入りのスパイシーな煮込み。昼間から三種類もの煮込みが用意されていた。

そこへ付け合わせてあるのは米を野菜と共にスープで炊いたピラフだ。

そして新鮮な野菜のサラダ。生のトマトやルッコラ、レタス・・・そこへ茹で野菜や揚げ野菜も入っていてこれだけでも充分な昼食になりそうな気がする。


「旨い 王都ともノシュールとも違うな」

ベンヤミンも喉を唸らせている。

「お口に合いましたようで何よりでございます」

『この邸の料理には何度も驚かされるよ 本当に旨い』

「邸のものたちが食べることが大好きだからでしょうな その筆頭が料理長でございますから」

ドゥクティグ卿も目を細めている。



食事の後、卿に町を案内してもらうことになった。

「中心部は歩いてすぐに見終わるほどですので 今日は周辺部をご案内しようと思っておりましたが いかがでしょうか」

『うん それで構わないよ』


ベンヤミン、ロニーも共に馬車に乗る。

再び馬車は滑り出した。

『ここは舗装も行き届いているんだね』

「はい ひとつ前の代の代官が数年かけて実施いたしました」

『そうか 手入れもしっかりとされている』

「その方が町にとっても好都合なのでございますよ 尤もこれは王都の施策を取り入れただけでございますが」


「好都合?」

ベンヤミンが不思議そうな声を上げた。

「はい このように道を整備して花を植えるように致しましてから 町が清潔になりました 流行病の発生もかなり抑えられるようになったと考えております」


父上が王に就いて最初に行った政策のことだろう。王都の特に下町の衛生環境を一から見直ししたのだ。以前の環境を私は紙面の中でしか知らないが、現在の王都はかなり清潔に保たれていると思う。

先王の病は流行病ではなかったが、病に罹る人を減らしたいという父上の強い決意がそこにあった。


「王都を倣い屎尿やゴミから堆肥を作っております 今からご案内申し上げますのはそれらを利用した畑でございます」


畑には収穫を待つ夏野菜が、目いっぱい光を浴びて葉を茂らせていた。

「運河のおかげで王都がより近くなりましたので 今の時期は王都向けの葉野菜を中心に育てております」

この辺りは平地が続き、元から農業が盛んな土地だ。今までも王都向けの作物をたくさん育ててきたが、運河ができたことにより、より繊細で傷みやすい作物を育てるようになったようだ。


「もう一ヵ所是非ご覧いただきたい畑があるのですが 今からご案内差し上げてもよろしいでしょうか」

『是非お願いしたい』

卿がそこまで言う畑とは一体どんな畑なのだろう、否が応でも期待が高まる。


案内された畑は見渡す限りトマトが植えられていた。小さな一口サイズのミニトマトだ。畑道を挟んで反対側はパプリカ畑だ。こちらも黄色やオレンジの実が鈴なりに実っている。

「パプリカは主に赤 そして黄色を少し収穫しています ここからは見えませんが黄色い実のトマトもあります」

『赤と黄色には何か意味が?』

「あちらの建物の中でご説明いたします」

そう言って畑のそばにある大きな建物へと向かった。


建物は瓶詰工場だった。ちょうど今はトマトを瓶に詰めているところだ。

「蜂蜜やハーブを加えてピクルスにしています パプリカも同じようにピクルスに加工しています」

工場の中いっぱいに甘酸っぱい香りが広がる。


「完成品の棚がありますのでご覧ください」

階段を降りると地下は貯蔵庫になっていた。棚には今見てきたトマトやパプリカのピクルス、そして人参のジュースも並んでいる。トマトはどの瓶にも一粒、二粒黄色い実が入っていて、パプリカの方はというと瓶の中で丁寧に赤と黄色が交互に並べられていた。

『このために赤と黄にこだわっていたのだね』

「はい この色をこの町の商品というシンボルにしようと考えまして」

『卿のアイディアには毎回感服するよ 素晴らしいな』

「ようやく今年完成したところなのです いち早くお二人にご覧いただけて良かった」


「これは冬に出荷するのですか?」

「はい その予定です 新鮮な野菜が少ない時期に喜ばれる野菜は何かと町のものにも広く聞いて回りまして この二種類に絞りました」


『ドゥクティグ卿 この瓶を再利用することは可能だろうか』

「再利用でございますか はいお召し上がりいただいた後お使いいただけます」

『うん それもいいのだが 例えば次に購入するときに返還させる 割引でもすれば喜んで返してくるのではないだろうか』

「なるほど!回収して再び瓶詰に使うと言うことでございますね!それは素晴らしい」

「レオ そんなことよく思いついたな」

『貴族の邸なら処分して終わりだろうが 平民の家庭だと少しでも安く買えることは魅力だと思う 工場にとっても新たな瓶を購入するよりコストを減らせるだろう』


「凄いよ 俺にその発想は出来なかった」

「はい私も驚きました そこまで市井のものの暮らしに深い理解をお示しとは

 殿下のマーケットが完成致しましたら 是非こちらも置かせてください 回収方法もそれまでに整えたいと思います」


『ありがとう 必ず成功させなくてはならないな よいマーケットになるようこれからも卿には意見を是非聞かせてほしい』

「微力ではございますが 協力させていただきます いやー楽しみになってきましたな」

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