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「皆急に誘って悪かった。来てくれてありがとう」
ノシュール家の茶会だ。今日も9人全員が顔を揃えた。
「おかえりーデニスにベンヤミン。運河はどうだった?」
「イクセルよく聞いてくれた!素晴らしいぞ!船は最高だ」
以前に比べて格段に行き来がしやすくなったこともあって、今回は予定より早く王都へ戻ってきたそうだ。常日頃冷静なデニスが、珍しく興奮気味に話している。
「俺たちは船で1泊して行ったけれど、早朝に発てばその日のうちに着くらしいぜ。すげーよな」
ベンヤミンもやはり昂っている。それも納得だ。今までは3日かかっていたもんな。
「凄いや!とっても便利になったんだね」
「そのうちまた招待するよ。次は是非、船で来てほしいからな」
船の話題で盛り上がっているところへ、さらに皆が喜ぶものが運ばれてきた。
「イクセルへの土産が準備できたみたいだぞ」
「えっ? あ!桃だ!」
綺麗にカットされた桃がどっさり大皿に盛られている。
「持ち帰ってきたんだ。皆に食べてもらいたくてさ、それで誘うのが急になってしまった」
「こんな理由なら大歓迎だよー」
早くもイクセルは皿に飛びつき、桃を取り分け始めた。
「他にも色々用意したんだ。今日は桃をたっぷり味わっていってくれ」
テーブルの上には桃のゼリーやタルト、コンポートと様々な桃のスイーツが並べられていく。
これにはアンナだけではなく全ての令嬢から大歓声が上がった。
「素敵!こんなにたくさんの桃のスイーツが!夢みたい」
「ピンクと赤で可愛い!」
桃とベリーの組み合わせは、格別彼女たちの心を掴んだ。
「食べるのが勿体ないですわ。でも早く食べてみたい」
4人が4人とも、じぃーとテーブルから目を離せないでいる。
「直に王都でも桃は珍しい果物ではなくなるな」
『ようやく1歩、進んだな』
「1歩どころではないな、100歩は進んだんじゃないか」
100歩、とデニスが言うのもわかる。ノシュール領は遠い地ではなくなった。時間の短縮は鮮度にも繋がる。そして繊細なものも運搬が可能になった。この桃のように。
「ダールイベック領への運河はいつ頃完成なのですか?」
散々迷った挙句、タルトを皿に1つのせたヘルミが尋ねる。
『全て順調に進めばあと3年、ー恐らく4年かかるだろうな』
王都とダールイベックの港を直線で結ぶと間に山がある。その為かなりの迂回をしなければならなく、時間がかかってしまっている。
『運河を待っていられないからな、ダールイベックへは次の夏に行くつもりだ』
「そうなのですか?レオ様」「決まったのか?レオ」
スイーリとアレクシーの声が重なった。
『昨夜提出したばかりだから、ダールイベック公の許可待ちだけれどな』
陛下の言葉を信じるならば、問題なく次の夏にダールイベック領への訪問が叶うだろう。
「ねえねえ、僕たちも行っちゃダメかなぁ」
「俺も行きたいな。前にアレクシーが誘ってくれたまま機会を逃していたし」
イクセルとデニスが乗り気だ。
各領地を周る視察とは違って、私も学園の休暇を利用していくわけだから友人の同行も気が軽い。
「皆で行こうぜ、ヘルミやアンナ、ソフィアはどうだ?」
アレクシーが声をかけると、3人も即決だった。来年の夏の楽しみが増した。
「決まりだな、直接俺が言う方が早いだろう?今晩父上に話しておくよ」
陛下をアテにするより確実だな。
『アレクシー、任せていいか?陛下にも伝えてはいるんだが』
おう!と快く引き受けてくれた。
陛下が動くときは呆れるほど早いのは周知の事実ではあるけれど、そうじゃない時は、まあそういうことなんだ。
先程からちらちらと視線を寄越していたベンヤミンが、のろのろと口を開いた。
「レオ、頼みがあるんだ」
なんだか表情が硬い。運河の話をしていた時ははしゃいでいたはずなのに。
『どうしたんだ?何かあったのか?』
ベンヤミンの思いつめた様子に、皆も何事が起ったかと口を噤みベンヤミンを見ている。
「レオ、俺もついて行ったらダメかな」
『もちろんベンヤミンも入っているだろう?全員で行こうと話していたところだ』
「そうじゃなくて」
ベンヤミンの話が見えず、続きを待つ。言い出しにくいことなのか、なかなか続きが出てこなかった。
ようやく決心したベンヤミンは一息に言い切った。
「俺、レオが領地を周る旅について行きたい。メルトルッカへも行ってみたい」
突然の申し出に咄嗟に返事が出来なかった。でもそれは拒絶という意味ではなかった。
「俺さ、領地に帰っていた間もずっと考えていたんだ。卒業後どうすればいいのか、どうしたいのか
俺はレオと同じ景色が見てみたい
父上にこのことを話したら、まずはレオに聞けって。
留学は卒業までに資格を取れたら行っても構わないって、そう言われたんだ」
『そうか』
正規に留学するには学園での選考で選ばれる必要がある。それ以外でも可能ではあるが、遊学の扱いになってしまうのだ。ノシュール公はベンヤミンに正規留学の条件を付けたということだ。
『正直に言う
ベンヤミンが旅を共にしてくれることは有難い。貴重な1年を費やしてしまうことになるから、私から誘うわけにはいかなかった』
「ありがとうレオ」
ぱぁっとわかりやすくベンヤミンの顔は明るくなった。でもな、まだ大きな課題が半分残っている。
『留学は、今からだと厳しいぞ。学園の勉強と並行して進めなくてはならない』
ベンヤミンは今から学園でメルトルッカ語の授業を受けることはできない。別途教師を探して1から学び、選考に間に合わせなくてはならないんだ。それはベンヤミンと言えど容易なことではない。
「わかってる。でもレオたちも1年であれだけホベック語を身につけたんだ。俺もやってみせるよ」
『わかった協力する。私に出来ることならなんでも言ってくれ』
「うん、ありがとう本当に頼るよ?」
『任せろ』
メルトルッカ語なら助けになれる自信がある。1年分の恩返しだ。
「メルトルッカへ行くのは4人になったわけか」
アレクシーの言葉にベンヤミンが驚いた声を上げた。
「なんだって?4人?!」
「俺は護衛。もう1人はスイーリだ」
「「スイーリ様が?!」」
「スイーリちゃんも?」「えっスイーリも?」
一斉に驚きの声が上がったが、それを遮ってアレクシーが続けた。
「言っておくが、メルトルッカへの留学を決めたのはレオより先なんだぞ。
俺も妹もレオの留学先はパルードだろうと決めてかかっていたところがあってさ、それで妹はレオのいない寂しさを勉強で紛らわそうと。メルトルッカへの留学を決意したというわけだ。だから留学先が重なったのは偶然なんだよ」
「兄様そんなことまで言わなくても」
全てを明かされてしまったスイーリが、アレクシーを恨めしそうに見る。
「それに私も学園で推薦をいただく必要がありますので、まだ行けると決まったわけではー」
ごめんなスイーリ。学内の選抜を受ける必要がない自分のことを少しすまなく感じる。
「それを言うなら俺もそうだ 。騎士科を卒業して、レオに任命をもらわなくてはならないからな」
こうして気ままに過ごす時間も終わりが見えてきたことを、誰もが気がついていた。
「3年後にはこの茶会メンバーも半分になるのか」
ぽつりとデニスが呟いた。それを聞いたイクセルまでもが
「寂しくなっちゃうね」
2人はすっかりしんみりとしてしまった。
「まだ3年もありますわ。私達はこれから入学ではありませんか、イクセル様」
ソフィアがぴしゃりと言い放つ。ソフィアは肝心なところでいつも頼もしい。
「あと何年で入学だ、と騒いでいた時期が懐かしいな」
「デニス、その言い方なんだかおじいちゃんみたいだよ」
「イクセルも間もなくわかる。学園での1年は驚くほどに早い」
デニスの言葉にはきっとアレクシーもヘルミも頷いているだろう。本当に早い1年だった。
「その通りさ、あっという間に卒業だったよ
まーだからメルトルッカの2年だって過ぎてしまえば一瞬だろうさ。行ったと思ったらすぐ帰国だろうよ」
だがアレクシーはその先を言わなかった。「戻ってきたらまた今まで通り集まれるだろう」とは。




