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「皆急に誘って済まなかった 来てくれてありがとう」
ノシュール家の茶会だ。今日も九人全員が顔を揃えた。
「おかえりデニス ベンヤミン 運河はどうだった?」
「イクセルよく聞いてくれた!素晴らしいぞ!船は最高だ」
以前に比べて格段に行き来がしやすくなったこともあって、今回は予定より早く王都へ戻ってきたそうだ。
「俺たちは船で1泊して行ったけれど 早朝に発てばその日のうちに着くらしい」
「凄いや!とっても便利になったんだね」
「そのうちまた招待するよ 次は是非船で来てほしい」
「うんうん 楽しみだなー」
「イクセルへの土産が準備できたみたいだぞ」
「えっ?・・・あ!桃!」
綺麗にカットされた桃がどっさり運ばれてきた。
「持ち帰ってきたんだ 皆に食べてもらいたくて誘うのが急になってしまった」
「こんな理由なら大歓迎だよー」
「冷たく冷やしてあるからどんどん食べて」
「他にも色々用意したんだ 今日は桃をたっぷり味わっていってくれ」
テーブルの上には桃のゼリーやタルト、コンポートと様々な桃のスイーツが並べられていた。
これにはアンナだけではなく全ての令嬢から大歓声が上がった。
「素敵!こんなにたくさんの桃のスイーツが!夢みたい」
「ピンクと赤で可愛い!」
桃とベリーの組み合わせは、格別彼女たちの心を掴んだらしい。
「食べるのが勿体ないですわ でも早く食べてみたい」
「直に王都でも桃は珍しい果物ではなくなるな」
『ようやく一歩 進んだかな』
「一歩どころではないな 百歩は進んだんじゃないか」
「ダールイベック領への運河はいつ頃完成なのですか?」
『全て順調に進めばあと三年・・・恐らく四年かかるだろうな』
王都とダールイベックの港を直線で結ぶと間に山があるのだ。その為かなりの迂回をしなければならなく、時間がかかってしまっている。
『運河を待っていられないから ダールイベックへは次の夏に行くつもりだ』
「そうなのですか?レオ様」
「決まったのか?レオ」
スイーリとアレクシーの声が重なった。
『昨夜提出したばかりだから ダールイベック公の許可待ちだけれどな』
「ねえねえ 僕たちも行っちゃダメかなぁ」
「俺も行きたいな 前にアレクシーが誘ってくれたまま機会を逃していたし」
イクセルとデニスも乗り気なようだ。
「皆で行こうぜ ヘルミやアンナ ソフィアはどうだ?」
「私も一度ダールイベック領へ行ってみたいと思っていました」
「私もまた皆さまと旅がしたいですわ」
「はい私もご一緒したいです」
「決まりだな 直接俺が言う方が早いだろう 今晩父上に話しておくよ」
『一年後だぞ そんなに急がなくても』
「善は急げだよ!」
「あのさ・・・」
今日は極端に口数の少なかったベンヤミンが話を切り出した。
「レオ 頼みがあるんだ」
いつもより表情が硬い。
『どうしたんだ?何かあったのか?』
ベンヤミンの雰囲気に、皆も何事が起ったかと顔色を変えた。
「レオ 俺もついて行ったらダメかな」
『もちろんベンヤミンも入っているだろう?全員で行こうと話していたところだ』
「そうじゃなくて」
「俺 レオが領地を周る旅について行きたい メルトルッカへも行ってみたい」
突然の申し出に咄嗟に返事が出来なかった。拒絶という意味ではない。
「俺 領地に行っていた間もずっと考えていたんだ 卒業後どうすればいいのか どうしたいのか
・・・
俺はレオと同じものが見てみたい
父上にこのことを話したら まずはレオに聞けって
留学は卒業までに資格を取れたら行っても構わないって そう言われたんだ」
『そうか・・・』
正規に留学するには学園での選考で選ばれる必要がある。それ以外でも可能ではあるが、遊学の扱いになってしまうのだ。ノシュール公はベンヤミンに正規留学の条件を付けたということだろう。
『正直に言う
ベンヤミンが旅を共にしてくれることはとても有難い 貴重な一年を費やしてしまうことになるから 私から誘うわけにはいかなかった』
「ありがとうレオ」
『留学は・・・今からだと厳しいぞ 学園の勉強と並行して進めなくてはならない』
「わかってる でもレオたちも一年であれだけホベック語を身につけたんだ 俺もやってみせるよ」
『わかった協力する 私に出来ることならなんでも言ってくれ』
「うん ありがとう本当に頼るよ?」
『任せろ』
「メルトルッカへ行くのは四人になったわけか」
アレクシーの言葉にベンヤミンが驚いた声を上げた。
「四人?!」
「俺は護衛 もう一人はスイーリだ」
「「スイーリ様が?!」」
「スイーリちゃんも?」
「えっスイーリ?」
一斉に驚きの声が上がったが、それを遮ってアレクシーが続けた。
「言っておくが メルトルッカへの留学を決めたのはレオより先なんだぞ
俺も妹もレオの留学先はパルードだろうと決めてかかっていたところがあってさ それで妹はレオのいない寂しさを勉強で紛らわそうと メルトルッカへの留学を決意したというわけだ だから留学先が重なったのは偶然なんだよ」
「兄様そんなことまで言わなくても・・・
それに私も学園で推薦をいただく必要がありますので まだ行けると決まったわけでは・・・」
「それを言うなら俺もそうだ 騎士科を卒業してレオに任命をもらわなくてはならないからな」
「三年後にはこの茶会メンバーも半分になるのか」
ぽつりとデニスが呟いた。それを聞いたイクセルまでもが
「寂しくなっちゃうね」
二人はすっかりしんみりとしてしまった。
「まだ三年もありますわ 私達これから入学ではありませんか イクセル様」
ソフィアがぴしゃりと言い放つ。
「それでも 私達も卒業後のことを考えなくてはなりませんね」
ヘルミがソフィアと頷きあう。
「あと何年で入学だと騒いでいた時期が懐かしいな」
「デニス その言い方なんだかおじいちゃんみたいだよ」
「イクセルも間もなくわかる 学園での一年は驚くほどに早い」
「その通りさ あっという間に卒業だったよ
まーだからメルトルッカの二年だって過ぎてしまえば一瞬だろう 行ったと思ったらすぐ帰国だろうさ」
だがアレクシーはその先を言わなかった。「戻ってきたらまた今まで通り集まれるだろう」とは。




