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2日目の授業が始まった。
その前にー
昨日の午後はビリーク先生が図書館から持ってきた図鑑を見ながら行う、確かに'生物学'の授業だった。私たち4人にとっては専門用語も多く、辞書を片手に話を追うので精一杯だったが、生物学が初めてだというダニエラたちも興味深く話を聞いていた。
〈どうだね?光合成や発芽の仕組みについて、君たちはとっくに学んでいると思うが、ホベック語で聞くとまた新鮮だろう?〉
純粋な会話の時間よりも集中できたと思う。それは私だけではなかったようで。
〈はい!生物学の時間には習わなかった話も聞けましたし!〉
〈ホベック語は難しかったですが、楽しかったです〉
皆口々に感想を述べた。
〈こんな感じで 、午後のうち2時間は息抜きの授業にしようと思うが、希望はあるかな?〉
息抜きになっているのは先生1人だけのような気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
《ホベックの産業について聞いてみたいです》
〈よし!明日はそれにしよう 。私も下準備をしてこなくてはならないね〉
ここで授業は終わった、はずだった。
〈先生、1つ質問があります。 'へたれ'とはどういう意味ですか?〉
そうだったな、昼休憩の時ダニエラが吐いた言葉だ。
〈ルンドステン君、その言葉はどこで覚えたのかな?〉
珍しく温度のないビリーク先生の声色に、皆が少し驚く。
〈あの、それはー〉
ノアは言葉を濁したものの、目線がしっかりとダニエラの方を向いている。
〈やはりそう言うことか。ダニエラ!〉
先生から怒鳴られたと言うのに、当のダニエラは図鑑に夢中だ。
ため息をつきながら先生は
〈その単語を覚える必要はありません 。参考までに意味を言っておくと'臆病者'や'意気地なし'となるね〉
思わず4人で顔を見合わせた。
'へたれ'ね。絶対忘れない単語の1つになりそうだ。
そして、今日。
2日目も初日同様、会話を中心にした授業から始まった。
今日は2グループに分かれて簡単なディベートだ。ダニエラのグループとツィリルのグループに分かれる。最初私とノアはダニエラのグループになった。
〈では最初のテーマを発表するよ。 [学園は必要か]これは勉強が必要か否かを問うものではない。学びの場としてこの場所が必要かどうかを討論してもらおう。ダニエラ班は必要、ツィリル班は不要で進めてくれ〉
良かった、私は学園は必要だと考えている。自分の考えと同じ組み分けなら意見を述べることは難しくない。後はそれをホベック語で発言すればよいのだ。ーそこが一番難しいのだが。
〈まず不要と考えるものの意見を聞かせてもらおう、サラマント君〉
最初に指名されたマルクスはかなり困惑の表情を浮かべている。マルクスも[必要派]なのかもしれない。
〈はい、家庭教師から充分に学べますから、学園は不要です〉
〈なるほど、もっともな意見だ。では必要と考えるグループの意見を聞こうか、ルンドステン君〉
ノアは難しい単語も使いこなし、滑らかに意見を述べた。
〈家庭教師と一対一では片方通行になります。様々な意見を知るには学園で学ぶことが重要です〉
〈ふむ、正に今この授業のことを言っているのだね〉
ビリーク先生も感心している。
〈ルンドステン君、片方通行の別の言い方はわかるかな?〉
会話の途中でもこうして抜き打ちで単語のテストが入る。油断はできない。
〈いいえ、わかりません〉
1人目がこう答えると、次はこう聞かれるからだ。
〈誰かわかるものはいないか?〉
〈一方通行?ですか?〉
〈その通りだ、アルムグレイン君。この言い方もよく使うから覚えるように〉
その後3つのテーマが出された。[夏と冬どちらが好きか][不老不死になりたいか]
どちらもシンプルな題なだけに、なかなかに白熱したやり取りが繰り広げられた。因みに私は[冬派]と[不老不死になりたい派]だった。どちらも自分の意見とは反対の組み分けに入ってしまい苦労した。
そして3つ目
[生まれ変わるとしたら今と同じ性がいいか]
私はツィリル班[今とは反対の性に生まれ変わりたい]になった。
これは難しいな。私自身はもし次の世があるのなら男でいたいと思うが、何か引っかかりを感じる。どう説明しようか。
〈私は何度生まれ変われたとしても、絶対に女性がいいわ!〉
ダニエラは両の拳を握りしめて力説するが、先生は手のひらをダニエラに向ける。「待て」ということらしい。
〈ダニエラ 、その理由を述べなさい。これは決意表明をする場ではないのだよ〉
〈簡単だわ。女性は綺麗なドレスを着られるし、髪を結ったり美しく飾ることができるからよ〉
13歳の少女らしい答えだなと思った。これは私にも充分聞き取ることができた。
〈男性でもドレスを着ることは可能だと思う 。美しい男性だっているんじゃないかな〉
私たちのグループのリーダーであるツィリルが反論を繰り広げる。今日4度目のこの話題が最も2人を、いやダニエラを熱中させるテーマだったようだ。彼女は感情的に言い返した。
〈そういう話をしたいのではないわ!〉
うん、これに関してはダニエラの意見に賛成だ。ツィリルは少し論点がずれていたな。
〈俺もー、生まれ変われたら女性になりたいですー〉
そこで一度言葉が止まったのはルーペルトだ。とりあえず割り当てられた意見を表明したものの、続く言葉が見つからないらしい。ここは全員が、ダニエラも含めてルーペルトの言葉を待った。
〈えー理由は、ーいつまでも美しい高音で歌うことができるから? です〉
ルーペルトは声楽の授業を受けてはいないはずだけど、確かにこれは男女で大きく異なる点の1つだ。
《私も、異性に生まれ変わってみたいと思います。
異性の考え方や判断の基準を理解することは難しいからです》
今、私の考えうる最も無難な発言をしたと思っている。
そこへマルクスが反対の意見を述べる。
〈僕は次も男に生まれたいです。着飾る必要もないし、大きな口を開けてもはしたないと言われませんから〉
マルクスが言い終わるのを待たず、ダニエラが両手で机を叩き反論を返す。
〈何を言うのよ!着飾ることも出来ないなんて、そんな人生クソつまらないわ!〉
すかさずビリーク先生が割って入った。
〈ダニエラ、これは男女どちらに生まれ変わりたいかを議論しているのではない。君とサラマント君は同じグループだろう。それから汚い言葉は慎みなさい〉
ピシャリと叱られるとダニエラは、こう言い直した。
〈そうだったわ。そうね、男性が次も男性で生まれてきてくれないと、世界は女性だらけになってしまうわ〉
ダニエラは今、全女性の代表のようだ。全ての女性が、何度生まれ変わろうとも同じ性を選ぶと信じて疑わない。
〈世の中が女性だけになってしまったら、着飾る必要もなくなってしまうね〉
何気ないマルクスの一言にダニエラが噛みつく。
〈何を言っているのよ!男の子のために着飾るだけが全てじゃないの!見栄よ!女同士の見栄も重要なの!〉
ダニエラは人生何度目なんだ。
長年社交界の荒波を渡り歩いてきたかのような、13歳の少女とは思えぬ発言に思わずため息が漏れた。
〈女性は強いね〉
ノアも感心したような、いや引いているような感想を漏らす。
マルクスの時とは違って、ノアに対するダニエラの当たりは柔らかい。というより誇らしげだ。
〈そうよ!ホベックの女は強いの。ホベックの家庭は'かかあ天下'なのよ!〉
《〈〈〈かかあでんか・・・?〉〉〉》
4人が反復を返した。皆、一様に首を傾げている。
〈それも覚えなくてよろしい!〉
ビリーク先生がいきなり大声を出した。しかもかなりの早口だ。
〈ステファンマルクで暮らす君たちには縁のない言葉だよ〉
なんだろう?そう言われると気になる。
〈どういう意味なのですか?気になります〉
皆の気持ちを代弁してくれたのはルーペルトだ。ありがとう、私も意味が知りたい。
はぁー、とため息をついたビリーク先生が渋々答えた。
〈かかあ天下とは、妻が実権を握っている家庭と言う意味だ〉




