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朝、やはりいつもより早くに目が覚めた。
枕が変わると眠れない、などという繊細さは全く持ち合わせていない。昨夜もぐっすりと眠った。多分気持ちが高ぶっているんだろうな。小さな子供みたいだ。
手早く着替えを済ませて訓練場へ向かった。アレクシーが来るまで走ろうと思って。
けれど、訓練場にはもうアレクシーの姿があった。
「よう!お早う」
『早いなアレクシー、お早う』
約束した時間より、かなり早いはずだったが、アレクシーは既に身体を慣らし終えているようだ。
「レオは絶対約束の時間より先に来るだろうと思ったからさ、俺も早く出てきたよ。走るんだろう?」
『そうだな、走ろうと思って出てきた』
「レオは走るの好きだよな。剣の鍛錬と同じくらい好きそうだ」
並んで走りながら会話を続ける。
『そうかもな、走るのは好きだ。走っている時は頭の中からっぽにできる』
へえー、とアレクシーは肯定でも否定でもない声を漏らした。
「そういう走り方もあるんだな 。俺なんていつも早く終われってことばかり考えながら走ってるよ」
『ははは、そんなに嫌なのか』
「好きなやつの方が少ないと思うぞ。疲れるし」
そんなもんかな。悪くないと思うんだけどな、ひたすら走るってのも。
『それは残念だ』
今日はアレクシーと走っているから数は数えていなかった。そうすると頭の中にあれこれと浮かんでくる。それを振り切りたくていつもは走るのだが。
『もう10年なんだな』
「ん?」
先日の茶会の時、ふいにそのことに気がついたんだっけ。
『アレクシーたちと知り合って10年が経ったって、この間気がついてさ』
「そうだな。もうそんなに経つんだな」
私とはまだ10年経っていない、それがチクりと小さな棘のように刺さった気がした。だがそれには気がつかないよう自分に言い聞かせる。
『皆さ、それぞれ自分の将来見据えていて、その為に努力もしていて実も結び始めている。素晴らしい才能の持ち主ばかりでさ、改めていい友人に囲まれていたんだなと思ったよ』
「うん」
もちろんその中にアレクシーもいる。それはわかっているよな?
『私は何しているんだろうな。私には皆のように突出しているものが何もない。努力しているつもりになっていただけで何もしてなかったんだな』
今朝の私はしゃべりすぎだ。走ることに集中しないのが悪かった。
その時アレクシーが急に立ち止まった。私も足を止め振り返る。
「逆だよレオ、完全に反対だ」
『どういう意味だ?』
2歩、3歩近づいたアレクシーが再び足を止めた。
「レオが俺たちに努力をさせてくれたんだよ。少なくとも俺はそうだ。レオと並びたいから、レオと共にありたいと願うからこそ俺たちは頑張ってこれたんだ」
それは思いがけない言葉だった。
「くさい言い方をするとさ、レオは光なんだ。俺たちにとってのさ。」
あー!と言いながら頭をポリポリと掻いている。だがな、アレクシー。少しは聞いている私の身にもなってほしい。
「とにかくあれだ、レオは存在しているだけで既に才能なんだよ」
そんな才能など聞いたことがない。
返す言葉も見つからない私を待たず、アレクシーは続けた。
「わかった、思い出した[カリスマ]だ。授業でこの言葉を初めて聞いたときさ、俺はすぐにレオが浮かんだんだ」
「レオの突出したところ。他の誰もが持っていなくてレオだけが持つものは、カリスマだ」
アレクシーの言葉が遠く感じる。その時ふとレオのことが浮かんだ。そうだな、あいつならばアレクシーの言葉に頷くんだろう。そう思うと憎らしかった。
「だから取り柄がないとか2度と思うなよ」
『わかった、ありがとうアレクシー』
今は黙って頷くことにするよ。いつかそこに到達できればと思っている。
そんな私の気持ちなどまるで知る由もないアレクシーは、次々と私を褒めそやした。他の、例えばクラスメートの誰かだったなら軽く受け流すところだけれど、相手が友人ともなるとその重みはずしりと響く。
「しかしあれだな、才能に溢れすぎるってのも問題なんだな。レオがそんなこと考えているなんて思いもしなかったよ。デニスに聞かせたら冗談抜きで腰抜かすと思うぜ」
これでも自分のことは客観視できているんだ。本当に才能が溢れていればよかったと思う。私が持つものは全て、自分なりに精一杯努力してきた結果だよ。
その後のアレクシーの言葉は効いた。痛感した、と言うべきかな。
「レオに足りないものが解った、ようやく解ったわ。
自信だよ、レオに唯一欠けているものが自信だ」
『自信か、そうだなそれは認める』
アレクシーにも見抜かれているくらいだ。その通りさ。
「周りから言われて簡単に身に着くものではないとはわかる。でも自信持てよ」
以前、ロニーにも似たようなことを言われたことがあった。あれはノシュールの周年祭の時だ。
あの時は、ロニーに認めてもらえたことが嬉しかったし、安心もしたはずなんだ。でも時間が経つと忘れてしまうんだろうな。それをそのままアレクシーに伝えた。
「それなら忘れないよう俺が時々言ってやるよ、レオは凄いやつだ自信持てってな」
『洗脳か』
「そうだな、洗脳してやるよ」
恐ろしいなと言いながら笑いあった。
「さ!そろそろ走るのは止めて打ち合おうぜ。ついてきて」
アレクシーが向かった先にあるのは射場だ。鍵を開けて中へと入っていく。
『射場で剣の稽古してもいいのか?』
「ランドルッツ卿に許可貰ってあるから大丈夫」
そっか、アレクシーは鍵を持っていたもんな。私のために、普段から人気のない射場を選んだんだろう。
「よし!始めるか」
アレクシーとの鍛錬はヴィルホとはまた別の緊張感がある。兄弟だけあって、アレクシーの剣戟もとても洗練されていて美しい。しかしアレクシーの場合、美しいだけではなく何を仕掛けてくるのかわからない緊張感があるのだ。
『アレクシーとは久しぶりだが楽しいな』
「俺も。1週間限定なのが残念だよ」
訓練場を走っていた時とは打って変わって、生き生きとした目をしている。明日からは時間通りに来ればいいからな、アレクシー。
『ヴィルホは本気出してくれないからさ、厳しいのに甘い』
手加減されているのがわかるのさ。尤も相手は騎士団の副団長だ。歯が立たなくて当然なんだけど。
「そうなんだ。俺にもちょっとは甘くしてくれていいのにな、って!えっ!」
『1本いただいた』
アレクシーは落とした剣を急いで拾いながら恨み節だ。
「ー今のはちょっと油断した」
『そうか?油断しているようには見えなかったが』
「次だ!」
さっきまでのもやもやした気持ちが晴れていく。走るのもいいが、打ち合うのもそれ以上にいい。
「この辺にしておくか?飯食う時間なくなっちまうだろう。先に風呂入りに行こうぜ」
『風呂もあるのか?』
これも初耳だった。ロニーに聞きそびれていた。
「あるよ、寮に大きいのがあるんだ。サウナもあるぜ」
『風呂にする』
「そう言うと思った」
やっとわかってくれたか。私は風呂派なんだ。
『はぁーっ、いいな寮暮らしも。毎日この風呂に入れるのか』
アレクシーの言う通り、寮には大層な広さの風呂場があった。その上サウナもあると言う。騎士科の連中が冬場にやりだしそうなことが頭に浮かんでしまい、ふるっと頭を横に振った。
「いいだろ、騎士科に入りたくなった?」
『なった。ランドルッツ卿、推薦くれないかな』
風呂場に響き渡る声でアレクシーが笑ってる。
「間違いなくくれるわ。レオ、身体出来上がってるじゃないか。ほんと王子にしておくの勿体ないな」
アレクシーにしてみれば、何の気もない一言だったんだろう。だが、私はどうしてもそこに引っかかりを覚えた。
『なあ、一度聞いてみたかったんだけど』
「なんだ?」
『アレクシーの思う王子像って絶対筋肉ないよな』
おい、目が点になっているぞ。「しまった」みたいな顔するなよ。
アレクシーは何も答えない。よし、今度は私が追及する番だ。
『ペンしか持ったことないような男を想定しているよな』
『何の影響だ?まさか幼い頃に読んだ絵本だとか言わないよな?』
無言は肯定だ、アレクシー。
『何て題名だ、国中に閲覧禁止令を出してやる』
「ちょっと待て!」
ようやく話す気になったか?アレクシー。
『言え!』
「それは暴君すぎる」
何言ってんだ?とんでもない。
『有害図書だろう、国民のためだ』
そこでアレクシーは宝刀を抜いた。
「スイーリもよく読んでいたぞ、多分」
『ー卑怯だぞ』
くそ。
「調略も戦法のひとつさ。特に正面から勝てない相手には重要だ』
同時に我慢の限界を超えたらしい。大爆笑して風呂から出た。
「俺も食堂寄って行くわ。昼まで鍛錬していく」
『そうか 、 いいな』
後半は口には出してないつもりだったのに、しっかり聞こえたらしい。
「なんだよホベック語より鍛錬したいってかー」
『皆には言うなよ』
食堂に入ると、既に3人が揃っていた。
「おはようございますレオ様、あれ?」
『おはようノア。こっちはアレクシー、知っているよね』
「邪魔していい?」
3人の座る席にアレクシーと加わる。
「もちろんどうぞ!ダールイベック先輩」
「おはようございます」「おはようございます」
『おはようマルクス、ルーペルト』
食事をしながらのんびり会話だ。ビリーク先生がいないこともあってか、全員が合宿の規則を忘れている。もちろん私も。
「ダールイベック先輩も寮に泊まっているのですか?」
「俺は朝来たところ。昼には邸に帰る」
「そうでしたか」
それ以上は誰も何も尋ねなかった。詮索するようで気が引けるのかもな。おかげで助かった。
「ホベック語これしかいないのか。少ないんだな」
アレクシーは改めて気がついたらしい。
『ああ、ベンヤミンを入れて5人だ。アレクシーは何取っていたんだ?』
「俺はパルード語 。でも騎士科ではメルトルッカ取ろうと思っている」
それを聞いてマルクスが驚いた声を上げた。
「騎士科でも座学があるのですか!」
「おいおい脳みそまで筋肉にする科じゃないんだぞ?座学もある」
「知りませんでした」
マルクスは騎士科を目指してはいないはずだ。それでも相当衝撃を受けている。でも実を言うと私も知らなかったよ。騎士科に進んでも座学があるんだな。
「とは言っても本科のような算術や歴史なんかはないけどな。必修だと人体学とか、ベーレング語も必修だな。本科生が午後は訓練場を使うだろう?あの時間は専ら騎士科の座学の時間に充てられているんだ」
なるほど。訓練場の都合もあるんだ。
騎士科の座学の話よりも、私には気になることがあった。アレクシーの外国語選択のことだ。
『何故パルード語をやめたんだ?』
「あー、パルード語をやめたと言うよりも、メルトルッカ語が必要になったから、かな。
原則本科で履修した外国語を取る決まりならしいが、頼み込んでメルトルッカにしてもらった」
「必要に、ですか」
必要になった。その言葉には心当たりがあった。それは私のためなのか?アレクシー。
「そ、将来の主がメルトルッカに行くことになったからな。護衛するのに言葉わかる方がいいだろう?」
やはり。
騎士の叙任を受けて、護衛としてメルトルッカへ向かう。アレクシーは既にそこまでの未来を見ている。
それを当然のように言うんだ。
「まーあれだ。それなりの成績取っておくと、いざって時融通も利かせてもらえるってわけ。だからお前たちも頑張れよ」
アレクシーが最後に付け加えた言葉には、マルクスたちも絶句せざるを得なかったらしい。
「は、いー」
「それなりの、成績、ですか」




