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淡いグレーの麻のシャツに黒のパンツ。腰にはいつもの剣を佩く。髪はこげ茶にした。前から見ると以前の髪型に近い長めのバングだが、後ろは短く刈り上げてある。最近若い騎士の間で一番多い髪型だ。


「今日は・・・騎士ですか」

支度の終わった私を見てロニーが言った。


『当たり 非番の見習い騎士ってとこかな』

「護衛が苦労しそうですね 見失わないか心配です」

『危険なんてないんだ 見失っても構わないさ』


「・・・撒こうとお思いですか?」

『それはしない スイーリも一緒だからね』

「それを聞けて安心しました」

王都の下町も治安は悪くない。危険に巻き込まれる心配はしていないが、急にスイーリが体調を崩さないとも限らない。護衛はその為の保険みたいなものだ。


『行ってくる』

「いってらっしゃいませ」



『おはようスイーリ とアレクシー・・・』

「おはようございます レオ様」

困惑顔のスイーリと何やらニヤニヤしているアレクシーが並んで立っていた。

「そんな驚いた顔しなくてもいいだろう 心配しなくてもついて行かないよ」

「驚かせてしまいごめんなさいレオ様 兄様がレオ様の変装を見たいと言いまして・・・」


「今後のためにも一度変装を拝見しておきたいと思いまして それとも御供致しましょうか殿下」

『・・・勘弁してくれ アレクシーは今日非番だ』

それを聞いて声を上げて笑っている。


「いやーこれで人ごみに紛れたらわからないな」

『それは良かった 今日の私は見習い騎士だ

 お嬢様の護衛をお任せいただけますか?』

「ああ任せた しっかりと頼んだぞ」

「兄様!」

スイーリが真っ赤な顔をして抗議している。


「足止めして悪かった 二人とも楽しんでこいよ」

『ありがとうアレクシー では参りましょうかお嬢様』

馬車の扉を開き、右手を差し出すと相変わらず真っ赤なままのスイーリが消え入りそうな声で

「よろしくお願いします」

と手を預けてきた。



『今日も可愛い よく見せて!これは伝統衣装だね』

「はい 下町のお祭りではよく伝統衣装を着ると聞きましたので」

今日のスイーリは刺繍の入った白いブラウスに黒くて短めのベスト、これにもブラウスと同じカラフルな花の刺繍が刺されている。小花柄のスカートを履いてその上にはエプロンを巻いていた。このエプロンも刺繍がたくさんだ。編み上げのブーツを履き、ブルネットの髪を結いあげている。


『もしかしてこの刺繡も?』

「はい 図柄は伝統衣装の本で勉強しました」

『そんな本もあるのだね いつ見てもスイーリの刺繍の腕前は素晴らしいよ それに

 とてもよく似合っている』

「ありがとうございます レオ様も今日は本物の騎士様みたいです お休みの日の騎士様という感じがします」

『スイーリお嬢様の護衛という役割も魅力的なのだけれどね それだと手が繋げないから今日もアイリスは私の幼馴染みで恋人だ いい?』

「はい 喜んで 今日一日よろしくお願いしますリカルド」

『こちらこそ アイリス』



馬車を降り、並んで歩く。

広場は既に賑わいを見せていた。中央ではオルガンやアコーディオンを奏でるものたちが民謡を演奏している。この国で生まれ育ったものなら誰もが知っている曲だ。

「わぁ 楽しそうですね」

『近くへ行ってみようか』

「はい!」

スイーリと手を繋ぎ、演奏を囲んでいる輪の中に入った。すると輪の中から笛を吹きながら演奏に加わるもの、手製の木琴のようなものを首から下げているものなど、次々と演者が増えていく。

「凄い あんな楽器があるなんて

 見てください!あの方の叩いている楽器は何かしら?不思議な形をしているわ」

スイーリはすっかり夢中だ。


演奏が終わると大歓声が巻き起こった。

オルガンを弾いていた男が大仰に礼をしたかと思うと、サッと次の曲に移る。次も古くから愛されている民謡だ。

「さぁさぁ楽器を手にしているものは中へ そうじゃないものは踊ってー」

その言葉を待っていたかのように、周りにいたものたちが次々と踊り始める。

「ほら お兄さんたちも踊って踊って ここじゃ面倒な決まりは何もないよ 皆好きに踊るんだ」



『だって 踊ろうかアイリス』

「はいっ」

スイーリの手を取り踊り始める。不思議だ。ダンスには興味がなかったはずなのに、青空の下で自由に踊るダンスはいつまでも踊っていたいと思わせてくれた。


スカートの裾を翻して軽やかに踊るスイーリ。

「リカルドはダンスもとてもお上手だったのですね」

『踊るのは初めてなんだ アイリスにそう言ってもらえてほっとしたよ』

「そうなのですね!嬉しいー!私も初めてなんです」

初めてのダンスはスイーリと決めていた。先のことと思っていたそれが今日叶うとは思わなかった。


曲が終わり向かい合って礼をする。

そのまま手を取り輪の外へ出た。

『何か飲もうか』

「ええ」

手を繋いで屋台を見て回る。

『これにしましょう リカルド』

そこはアイスティースタンドだった。何種類もの果物が並んでいて自由に組み合わせてもらえるらしい。


「いらっしゃい フルーツティーにするかい?」

「ええ!えーと・・・リカルドは何にしますか?」

『そうだなーオレンジにしようかな』

「私はー ・・・桃があるのね!桃がいいわ!桃のミルクティーでお願いします」

「べっぴんさんお目が高いね 桃は今日手に入ったばかりだよーお嬢さんが初めてのお客だ」


注文を聞くと、果物を切ってグラスにたっぷりと入れ冷やした紅茶を注いでいく。スイーリが注文した桃のグラスにはミルクティーだ。

「はい お待ちどう!オレンジと桃だよ!」

グラスにスプーンを差して渡してくれた。

『ありがとう』


グラスを受け取り木陰へと移動する。

『はいアイリス 王都で初めての桃ミルクティーだ』

「ありがとうございます 桃はノシュール領でいただいて以来です もう王都に桃が届くようになったのですね」

『俺も初めて見たよ イクセルにも早く知らせてやらないとな』

「そうですね」


『「ポリーナにも早く食べさせてあげたいな」』

二人同時に同じことを言ってしまい吹き出した。

『あはは 考えることは全く同じだったか』

「今頃くしゃみされていますね」

『だな』


『この祭りは他に何があるか聞いている?』

「午後から時代パレードがあるみたいです」

『時代パレード?』


「古い時代の衣装を身に着けた方たちと花売りの子供たちのパレードなんだそうですよ」

『それは面白そうだな』

「ええ 私も楽しみにしてきたんです」

『ではパレードが始まるまで屋台でも見て回ろうか』

「はい!」


王都でもすっかり定番となったブリトーや、小さな揚げ菓子をつまみつつ祭りを楽しむ。

食べ物以外の屋台も多く並んでいて、よく見ると家族でやっている店もあるようだ。小さな女の子が売り子をしている。

「いらっしゃいませー」

「リカルド 少し見て行ってもいいですか?」

『ああ勿論』


「これはね ぜんぶおかーさんがつくったの じょうずでしょ」

台の上には布で作られた人形や、刺繍の入った巾着に東袋などが並べられている。

「どれもとっても素敵ね」


中にいた男が笑顔で話しかけてきた。

「いらっしゃい もうすぐ店じまいするから安くするよ」

『ああすまない もう祭りが終わる時間だったか』

「いやいや・・・兄さんたちこの祭りは初めてだな?

 祭りは夜中まで続くよ いやなに俺たちはもうすぐパレードが始まるから早めに終うのさ」

「おかーさんがぱれーどにでるんだよ おとーさんとみにいくの」


「まぁ!あなたのお母様がパレードに参加されているのね」

「そーなの きれーなどれすをきるんだよ」

「と言うわけだ 気に入ったものがあったらいくつでも持って行っておくれよ」


『アイリスどれにする?』

「では・・・この袋をいただこうかしら」

スイーリが手にしたのは柔らかい麻で出来た東袋だ。白い紫陽花の刺繍が刺してある。

『ではこの東袋と人形にするよ』

ピンク色の髪に赤いずきんを被ったその人形は、初めてデートした時のスイーリの格好を思い出させる。

『覚えている?これアイリスに似てるなと思って』

「はい 覚えています」

少し頬を赤くしたスイーリがそう答えた。


「まいどありー 二人はパレード見て行くのかい?」

『ああ そのつもりなんだ』

「じゃあいい場所おしえてやるよ あの角のソーセージ屋が見えるかい?」

男の差す方角を二人で見る。少し先の右手にソーセージの屋台があった。

『あの右にある店だね?』

「そうそう あれを曲がって少し行くと開けた場所がある 今ならいい場所が残ってるはずだぜ」

『ありがとう 行ってみるよ』

人形と袋を受け取って言われた先へ歩いて行った。


『ここみたいだな』

「そうですね ここで待ちましょうか」

そこにはパレード待ちなのか、人々が集まり始めていた。


程なくして演奏が始まった。気がつくと後ろには多くの人が集まっている。

「始まるみたいですね」

『うん』


先頭は吟遊詩人の姿をした少年だ。笛を吹きながら歩いてくる。大きな歓声が巻き起こった。

鎧を着た騎士たちがそれに続く。槍?それとも旗の替わりか、長い棒を掲げて行進している。

続いて華やかな衣装に身を包んだ女性たち、先程の少女の母親もこの中にいるのだろうか。

女性達と共に子供達がバスケットに花をたくさん詰め込んで歩いている。

『これが花売りかな?』

道の両側の観客の前へ進み出て何やら話しかけているようだ。

「そうみたいですね」


すると一人の男の子が私たちの前にもやってきた。

「お兄さん花はいかが?」

『うん アイリスどれがいい?』

バスケットの中には色とりどりの小さな花束が入っている。

「ダメダメ お兄さんが選ばなきゃ」

『そ そうなのか?』

「ははーん この祭り初めてだろう? ほら!どの色にする?お兄さんが選ぶんだよ」


なんだ・・・?何か意味があるのか?!


赤、ピンク、黄色、水色、オレンジ、紫、様々な色の花束の中、白い花がふと目に着いた。とても小さなアイリスと紫陽花のブーケだ。この季節にアイリスが咲くとは知らなかった。ちょうど先程スイーリが選んだ刺繍も白い紫陽花だったなと思い、それを取り出すと周囲から大歓声が起こった。口笛を吹きならすものもいて大騒ぎだ。

花売りの少年もニッコリと笑い

「ご馳走様 それはプレゼントするよ」

と言って次の客の元へと行ってしまった。


「どうしたのでしょう?ご馳走様?」

スイーリにも事情がわからないらしい。周囲の視線が集中していることにも気がつかず、受け取った白いブーケをスイーリに手渡した。

『これはアイリスに』

「ありがとうございます」


「「「わー--!!!」」」

「おめでとうー!」

「やったな兄ちゃん!」

何事かと見回すと私たちを取り囲んだ輪が出来ていて、皆が拍手をしていた。

「えっ?!」

『な なんだ?!』


「まだ若いだろう?その歳で大したもんだ!」

「幸せにしてやれよ!」

「いやー久しぶりに見れたな 何年ぶりだ?」

「私ゃ初めて見たよ 羨ましいねぇ こんないい男からだったら私も貰いたかったよ」


・・・何かやらかした気がする。周囲の反応で予想はついたが確実にやらかした気がする。

恐る恐るスイーリの方を見ると、同じく何かを察したのか真っ赤な顔をしている。

『ア アイリス・・・少し移動しようか 後ろのものたちも花を買いたいかもしれない』

「そ そうですね ええ移動しましょう!」

その場を離れようとスイーリの手を取ったところでまた揶揄いの言葉が飛んできた。


「幸せになー」

「来年も顔出せよー」

「来年は三人になってるかもなー」


ようやく解放され、少し離れたところまで来ると先程の父子と再び出会った。

「あー!さっきのおにーさんとおねーさん!」

「よう!パレードは見れたかいっ!

 ・・・おおーあの歓声はお前たちだったのか!いやーおめでとう!」


私が聞くより先に、スイーリが口を開いた。

「あの・・・この花束には何か特別な意味が込められているのでしょうか?」

「なんだい お嬢さん知らないで受け取ったのかい?兄さんが泣くぜ?

 白は愛情って意味でな 普通は女房へ贈るものなんだ だがお嬢さんが持っているのは特別なやつさ 籠に一つしかなかっただろう?」


『・・・プロポーズ・・・・・・・』

「おうよ!兄さんはちゃんと知ってたんだな まあともあれおめでとう!お幸せにな!」



『「・・・・・」』



『「あの!」』



『・・・アイリスから先に言って』

「いえ・・・リカルドからどうぞ・・・」



『うん・・・』




『その・・・


 もちろんそのつもりだ・・・


 だけど ごめん こんなんじゃなくて・・・きちんと

 その時が来たら改めてその・・・

 今日のは なしで・・・というか・・・いや嘘ではないんだけど・・・その・・・

 あの・・・アイリス?』

スイーリの肩が震えている気がして慌てて顔を見る。すると涙を溜めて笑いを堪えていた。


「ごめんなさい こんなにしどろもどろなリカルドは初めてで・・・お顔も真っ赤です」

『あっえっと・・・その ごめん』

もう何に謝っているのかわからない。


「ありがとうございます 素敵な花束をありがとうござました リカルド」

『う うん・・・』


『スイーリには・・・

 スイーリにはいつか私の言葉で伝えたい』

もう少し待って、と言おうとしたら花束で顔を隠してしまった。花の間からは真っ赤になった耳と頬が見えていた。

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