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夏の茶会は大抵が庭で開かれる。ステファンマルクの夏は短いが、カラリとした晴天が続く。今日も外で過ごすには最適な日だ。
「そうか、3人とも同じクラスだったんだな、よかったな」
イクセルとスイーリにソフィア。今年入学する3人も揃ってAクラスに決まったそうだ。
「今年の代表挨拶はイクセル様ですわ」
「そうなのかイクセル、おめでとう」
ソフィアとベンヤミンから祝われているイクセルの表情は固い。
「僕、緊張しちゃうな」
緊張とは無縁だと思っていたイクセルだったが、代表挨拶は緊張するものらしい。よし、ここは励ましてやらないとな。私はイクセルに、前担当者としてアドバイスを送ることにした。
『一言話せば充分だ』
1年前は私が挨拶をした。だからこれは最適なアドバイスだと自信を持って言える。だがベンヤミンはしつこい上に根に持つ男だった。
「ってのは嘘だからな。しっかり考えろよイクセル。レオの言葉信じたらダメだからな」
ベンヤミンはご丁寧に2度も私のことを否定した。
「2年連続一言でご挨拶が終われば、慣例になって感謝されそうですが」
ほら。ヘルミは認めてくれてるじゃないか。挨拶は短いに限るんだ。
「何言ってんだよヘルミ、あんな珍事はレオにしか許されないぜ」
ベンヤミンは食い下がるけれど、私からしてみればわかってないのはベンヤミンの方だ。長々続く話なんて、誰も聞きたくはないのさ。
ベンヤミンはまだイクセルに話し足りないようだから、2人で存分に話してもらうとしよう。
私はデニスとアレクシーの会話に加わることにした。
「アレクシーは寮暮らしが始まるな」
騎士科へ進むアレクシーは寮生活になる。王都に邸があろうと、それが決まりならしい。
デニスも次の年には専科へ進むだろうから、何かと気になってるんだろう。
「週末には帰るよ。模擬戦のある時以外の日曜日は、休む決まりがあるんだ。鍛錬禁止だってさ」
アレクシーの話によると、専科には独自の規則が多いみたいだ。騎士科が特に厳しいのかもな。
「へぇ、そうなんだ。年中鍛錬しているどこかの誰かに聞かせてやりたいな」
いつの間にこちらの話に加わっていたのか、ベンヤミンが明らかに私のことを見ている。今日はやたら突っかかって来るじゃないか。相手に乗る気はないからな。幸い?アレクシーはベンヤミンの言葉には興味がなかったようで、その話が続くことはなかった。のはよかったけれど。
今度はアレクシーが、少し面倒なことを聞いてきた。
「それで思い出した。レオ、この前どうしてあんなこと言ったんだ? ほら中庭でペットリィを紹介したことがあっただろう」
『うん?』
とぼけてやり過ごそうとしたものの、あの場にはベンヤミンもいたからな。上手くごまかすことはできなかった。
「ああ!あの時は俺も驚いたぜ。余計なこと言わなくて良かったよ」
それには感謝してる。あの場では2人とも一切口を挟まずいてくれたもんな。
「何があったのですか?」
話の流れがわからないヘルミのために、アレクシーが説明をしている。イクセルやソフィアたちもアレクシーの話を聞きに寄ってきた。
「いや、たまたま中庭でレオとベンヤミンに会ってさ。その時俺は、他に騎士科が決まったやつと一緒にいたから2人に紹介したんだが、レオが剣術には興味がないってそいつに向かって言ってさ」
ヘルミがうんうん頷いたり、驚いたりしている。
でも私にも皆が納得するような言葉は返せそうもない。自分でもわかっていないからな。
『何故だろうな』
投げやりなつもりはないけれど、答えようもなくて適当な相槌を打った。
「何故って、そんな他人事みたいに」
今度のベンヤミンの言葉には揶揄う風はない。だよな。自分でもそう思うよ。
少し考えて、仕方なくもっともらしい言い訳を口にした。
『剣術を取っていない理由を聞かれるのも飽きたからな。興味がないと言えば話が終わると思っただけさ』
実際には誰からも聞かれたことはない。ああ、初日のベンヤミン以外にはな。
恐らくペットリィに会った時の私は、一刻も早くその場から離れたかったんだろう。それとペットリィにどんな些細なものであれ、私の個人的な事情を知られたくはなかったのかもしれない。
理由はない、強いて言うなら本能だ。
「まあ、でもそういうことにしておくよ。あいつも先輩たちも正式な騎士になれば嫌でも知ることになるだろうけどな」
「驚くだろうな。レオが興味がないどころか並みの騎士より腕が立つって知ったらさ。うわーっ!それ大事になりそうだな?」
「俺も思ってた。はっきり言って、騎士科の先輩よりレオの方が強いし」
楽しそうにしているから口は挟まないが、アレクシーもベンヤミンも買い被りすぎだ。
挨拶の話に続いてこの話題も居心地が悪かった。何か別の話をしよう、そう思った時、想定外のところから言葉が飛んできた。しかも強い語気で。
「何も問題ありませんわ。レオ様は興味がないとおっしゃっただけなのですよね、それもお1人にだけ。興味がなくても優れていることなど、レオ様にはいくつもおありになると思いますわ」
まさかソフィアからそんな風に言われるとは思わなかった。
ソフィアそれは言い過ぎ、と言いかけた言葉は全部かき消された。イクセルのデカい声に。
「そうだね!ソフィアちゃんいいこと言うねー。レオはさ、音楽にはそれほど興味がないみたいだけれど、レオの伴奏はとても弾きやすいんだよ。僕、そう思うんだー。初めて聴いたときにわかったもん」
イクセルと演奏をしたことはまだない。これ以上話を膨らませないでくれないか。
「それよりも私が驚いたのはレオ様、剣術の授業をお取りになっていないのですね」
またそこに戻るのか。皆、私の話が好きだよな。
いやいいんだ、アンナにはあまり学園の話をしてこなかったからな。知らなくて当然なんだ。
「あ、そうなの?レオ!僕も聞き流しちゃってた。レオが剣術取らないで何やってるの?」
いいだろう、おしえてやる。今日だけだからな、イクセル。
『弓術だ。弓術はいいぞ、人数が少ないから思う存分練習できる』
たった2人のための授業だ。少ないと言われているホベック語のさらに半分だ。剣術とは比べものにならない練習量さ。イクセルもやってみたくなるだろう?
イクセルは引き気味に笑った。声も立てずに。
「なあレオ。来週俺も寮に行こうか?泊まるんだろう?」
アレクシーから早朝の鍛錬の誘いを受けた。寮で過ごす間はヴィルホとの鍛錬も出来ないので、それはかなり魅力的な誘いではある。けれど
『いや、アレクシーは9月からずっと寮暮らしになるんだ。夏休みの間くらい邸で過ごせよ』
「俺がレオと鍛錬したいんだよ。じゃー、泊まらないで鍛錬だけしに行くよ、いい?」
そう言ってくれるのは嬉しい。それならば断る理由がない。
「決まりだな。安心して!他の奴らに見られる心配ない場所にするから、と言っても今は寮にも人残ってないけどな」
『うん、助かる』
合宿の楽しみがまたひとつ増えた。ホベック語とは関係のない楽しみばかりだ。
「アレクシーが騎士科に進むっていうのは前から聞いていたけれど 、デニスはどうするの?」
イクセルも入学を目前にして、他のやつらの進路が気になり始めたみたいだ。
「俺?俺は政治学科目指すよ」
「そっかー、デニスも専科に行くんだね」
「イクセルは芸術科か?」
デニスは何気なく聞いたんだろうと思う。イクセルの音楽への熱量は、今では皆が知っているからな。しかしイクセルは芸術科への進学は考えていないと言い切った。
「ううん、僕は3年で卒業するつもりだよ。芸術科へ進めたとしても音楽の道には行けないからね」
「そうか」
イクセルはベーン家の嫡男だ。騎士科や芸術科に進学を希望する者の中に高位貴族の嫡男はまずいない。自由に生きているように見えて、イクセルは自分の置かれている立場を既に充分に理解しているのだ。
「政治学科に進むというのもあるかなー、えへへ僕らしくないよね」
「そんなことないだろう。イクセルがその気ならいくらでも推薦は取れると思うぞ」
「ありがとーデニス。まだ時間はあるから、もう少し考えようかな」
ごめんイクセル、今のイクセルに私はかける言葉を持っていない。好きな音楽を存分に楽しめばいいと言ってやりたいが、イクセルはその言葉をきっと望んではいないのだろう。
「僕よりさ、レオは決めたの?」
『うん、決めた』
今日話そうと思ってここに来た。
「そうなんだね!どこに決めたの?やっぱりパルード?」
『いや、少し長くなるけれど皆聞いてくれるか?』
卒業後の計画、予定を全て話した。
「あの時立ち寄った町がきっかけだったのですね」
ノシュールへ一緒に向かったソフィアは、当時のことをよく憶えているみたいだった。そうなんだ、あの直轄地が全ての始まりだったんだと思う。
「凄いな、あの町は俺たちも毎回通っているが、運河といい全く思いもつかなかった」
3年前の冬をそれぞれが思い出していた。
そしてこの先のことを口々に応援してくれる。ありがとう、結果を残すと約束するよ。
『皆ありがとう。でもまずは卒業だよな。あと2年あるんだ、落第しないようにしないとな』
それだ。落第なんてしてしようものなら、全ての計画が無駄になる。
「レオが言うと嫌味にしか聞こえないからやめておけ」
ずいぶんと平坦で温度のない声だな、アレクシー。私は本気で言ってるぞ。
『油断はできないさ。それに、主席卒業のアレクシーに言われてもな』
「俺は油断しなかった!」
言いながら2人で笑った。そうさ、アレクシーにも負けられないからな。無事卒業してみせるよ。
レオとアレクシーたちとの付き合いも10年になった。適当に、とまでは思わないものの、ただ年の近い貴族の子息へ声をかけたのだろうとしか考えていなかったが、4人共がそれぞれ素晴らしい才能の持ち主だった。10歳にも満たない子供の才能をここまで見抜いていたとは、選出したものの予見力が空恐ろしくもなる。
そしてこの仲間たちといると、つくづく自分には突出したものが何一つないことを思い知らされる。劣っているとは思っていない。私も自分なりにできるだけの努力は重ねてきた。だが、誇れるものが何もないことに気がつかされる。
何もかもが中途半端なんだろうな。何を突き詰めたところで将来は変わらない、どこかそう考えているのかもしれない。
「レオ様?」
『スイーリ、どうした?』
今日はなかなかスイーリと話す時間がなかったね。先に話しておいてよかったよ。
「何か考え事をされていましたか?」
『いや、アレクシーたちと知り合ってもう10年かと思い返していただけだよ』
「良かった、何かお悩みなのかと思いました」
そんな神妙な表情になっていたのか、無自覚だった。
「レオ様、明日はお忙しいでしょうか」
スイーリからの誘いだ!
『予定はないよ、どこかへ出かけようか』
スイーリはキョロっと素早く左右を確認すると、囁いた。
「あの、アイリスがリカルドにお会いしたいと言っています」
なんて可愛らしい誘いだろう。
『それは嬉しいな。明日の朝アイリスを迎えに行くよう言っておくよ』
スイーリに合わせて返事をしてみた。
「ありがとうございます、嬉しい!」
『どこに行きたい?』
「下町でお祭りがあるそうなんです。行ってみませんか?」
下町の祭りは初めてだ。明日が待ち遠しい。スイーリが、今度はどんな姿を見せてくれるのかも楽しみだ。




