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『城下で会うのも久しぶりかな』
「そうですね、前回このカフェに来た時はまだ長袖を着ていましたから」
夏休み初日の今日、私はスイーリと2人、彼女のお気に入りのカフェに来ている。初めて来たのは交際を始めたばかりの冬だった。「とても美味しいアップルパイのお店があるので一緒に行きたい」そう手紙に書かれていたことを思い出す。今の季節はチェリーパイと柑橘のパイが人気だそうだ。
先程からスイーリはメニュー表とにらめっこを続けている。私はその表情を見ているのが楽しくて、黙ってそれを見続けていた。
「はっ!ごめんなさい 。どちらにしようか迷ってしまって」
残念。視線に気がつかれてしまった。
『いいよ、じっくり選んで。どれで迷っている?』
「ええ、チェリーパイと柑橘のパイ、それとルバーブも気になります」
全部じゃないか、3種類のパイで悩むスイーリがとても可愛らしい。
『わかった、シェアしよう』
「はい!」
嬉しそうなスイーリの声を聞いてか、タイミングよく店員が近づいてきた。
「ご注文はお決まりですか?」
『チェリーパイと柑橘のパイを。それとルバーブのパイは持ち帰りたい、夕方取りに寄るよ』
「かしこまりました 。焼きたてをご用意してお待ちしております。お召し上がりのパイはシェアいたしますか?」
『うん、お願いする』
それから飲み物も注文して、店員は厨房へ向かっていった。
スイーリはアイスのアップルティーで、私は温かい紅茶だ。
『ルバーブは持って帰るといい。今日はアレクシーもいるだろう?』
3つは食えないからな。焼きたてを用意するとも言っていた。アレクシーへの土産にちょうどいい。
「ありがとうございます。兄様もルバーブがお好きなので喜びます」
いつ頃からか、この店では注文をシェアするか聞かれるようになった。予め半分にカットして盛り付けてくれるのだ。些細なことだが、今までどの店でも提供していないサービスだったため、とても新鮮に映った。サクサクのパイはカットするのが難しいので殊更気の利いたサービスだと感じる。
2種類のパイとバニラのアイスクリーム、そして小さなパイが添えられた皿が私たちの前に置かれた。
小さなパイを店員が指して説明をする。
「こちらはルバーブのパイです。よろしければご試食くださいませ」
「わぁ!ありがとうございます」
スイーリが迷っていたのも全部見られていたみたいだ。注文した2つのパイより少し小さめにカットしたパイも、バランスよく並べられている。
「美味しいー」
お目当てのパイが全て並んだ皿に、スイーリもご満悦だ。
今のうちに報告もしておこう。合宿をする話は手紙で伝えた。その時にはまだ日程は決まっていなかったんだ。
『寮に泊まるのは月曜日からに決まったよ』
「わかりました。お手紙は、お送りするのが難しいですよね」
不可能ではないけれど、特別扱いをするなと申し出たのは私の方だ。手紙のやり取りのためにロニーを呼ぶことは避けたい。他の3人も1週間従者なしで泊まり込むからな。
『そうだな、寮からは私も送ることが難しいと思う。後でまとめて送ることになるが書いてもいい?』
夜は1人で過ごすことになるだろうから、時間はたっぷりあるんだ。目新しい話は期待できそうにないけれど、手紙を書こうと思っている。
「書いていただけるのですか?嬉しいー!私も毎日書きますね」
スイーリは普段からこまめに手紙を送ってくれる。合宿の間、スイーリも毎日書き溜めてくれるのかと思うと、新しい楽しみができた。
『それを励みに頑張ってくるよ。次の月曜の夜には戻るからーいや、月曜の帰りに届けに寄るよ』
少しでも新鮮なうちに届けたいからね。
「ありがとうございます。その時私からもお渡しして良いですか?」
スイーリが直接受け取ってくれることほど嬉しいことはない。それでも付け足しておこう。スイーリのことだ。言っておかないと朝から待ち続けてしまいそうだから。
『何時になるかまだわからない。だから出掛けていても構わないからね。』
「いいえ、お待ちしています。私もお会いできるのが嬉しいですから」
じゃ、その日は邸で過ごしてもらうとするか。スイーリの好意だもんな。
合宿もこれからだと言うのに、終わった後の手紙の交換が今から待ち遠しい。ビリーク先生に聞かれたら叱られそうだ。
今日は話したいことがまだまだたくさんある。
『スイーリ、入学の準備は進んでいる?』
「はい、制服ももうじき届きます」
『そうか。ようやく9月からは同じ学園生になれるんだな』
次の9月が来れば、スイーリは学園に入学する。
放課後の制服デート、念願だったそれがもうじき叶うのかと思うと、つい頬が緩む。
「制服姿のレオ様と寄り道ができるようになるなんて、考えただけで今から楽しみでたまりません」
考えていたことと全く同じことを口にされ、驚くと同時に愛おしさが込み上げてきた。
『驚いた。心の中を見透かされたかと思ったよ』
「はい、見透かしてしまいました」
そう言ってスイーリも笑った。
スイーリの笑顔が嬉しい。1年前のスイーリの誕生日以降、暗い表情を見ることはなくなった。私のことを信じると言ってくれたスイーリ。絶対に不安など抱かせたくはない。彼女にはいつも笑っていてほしかった。
そうだった。この話もスイーリにはまだしていなかった。
『デニスたちは月曜日に発つらしい。1泊だが初めての船旅だと喜んでいたよ』
「ノシュール領がとても近くなりましたね。いつか私も夏のノシュールへ行ってみたいです」
以前冬のノシュールで約束したんだ。夏のノシュールに行くと。
展望室から見る夏の海を1度は見てみたい。
『うん、でもその前にダールイベック領にも行きたいと思っている』
手をぱちんと合わせて、わぁ!とスイーリは喜んだ。
「是非いらしてください。とは言っても私もあまり詳しくはないのですが、ご一緒させていただきたいです」
『うん、もちろんスイーリと共に行きたいと思ってる。それも含めて話しておきたいことがあるんだ。土曜日の茶会で話そうと思っているんだが、スイーリには先に話しておこうかと思って』
「はい、是非お聞かせください」
学園を卒業した翌年の春から国を周る旅に出ること、更に次の春からメルトルッカへ留学する予定であることを説明した。
『スイーリと長い間離れなくてはならない 。何か不安があれば言ってほしい。必ず全て解決してから出発すると約束するよ』
スイーリは一瞬の躊躇いも見せず笑顔で答えた。
「平気です、何も心配はありません。レオ様は卒業後留学なさると思っていましたから、離れ離れになる覚悟はもうできています」
『そうか。』
強くなったんだな、そして信頼してもらえていることが何よりも嬉しかった。
「あの、私」
『どうした?』
自分の話ばかりしてしまったな。スイーリが話をしたそうにしていることに気がついてなかった。ごめん、次はスイーリの話を聞くよ。
「レオ様はパルードへ留学なさるのかなと思っていました」
留学先を気にしてくれてたんだな。
『そう考えているものは多いだろうね。私も一度は考えたよ』
なんだかスイーリの様子が変だ。何か不満でもあるんだろうか。
何度も言いかけては止めている。髪を触るクセはないはずなのに、髪を触ったり、袖口を気にしたりと忙しい。何度目かになる口を開いた瞬間に目が合ってしまい、ようやく覚悟を決めたのか話してくれた。
「その、私。
レオ様が留学されている間、私も留学をしたいと思いまして、そのために勉強を始めているんです」
『そうなのか!どの国へ行こうと思っているんだ?』
それは大決意だな。けれど、私を相手にそんなに言い出しにくかったのかと少し寂しくも感じた。
その後もスイーリは手のひらを何度も重ね直したり、指と指を組んでみたりと珍しく落ち着きがない。それに留学先もなかなかおしえてくれなかった。
辛抱強く返事を待っていると、ようやく話す気になったらしいスイーリが顔を上げた。完熟ベリーみたいな顔をしていたよ。
「メルトルッカなのです。パルードへ追いかけていくのはご迷惑になると思って。でもレオ様のいらっしゃらないこの国で過ごすと思うと寂しくて、別の国へいってみようかなって。こんな動機で留学しようなんてダメですね」
今度は私が赤面する番だ。スイーリと留学、全く予想もしていなかった展開に頭の回転が追い付かない。
『スイーリが、卒業後メルトルッカへ。
私と全く同じ時期になるというわけか。向こうでは同級生になるんだね』
それを聞いたスイーリの顔は沸騰寸前だ。
『3年離れ離れになることを覚悟していたが、1年足らずで済むというわけか。
一緒に行こうスイーリ。留学がとても楽しみになってきた』
今、この瞬間まで留学は陛下の、父上の願望を叶えるのが主な目的だった。だが今日からは自分のための留学だ、現金だと言われようが仕方ない。
「私、メルトルッカ語頑張ります。必ず留学出来るようにしっかり学びますね」




