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「二日後の夜にお時間をいただきました」
『わかった ありがとう』
陛下からは夏になる前に結論を出すようにと言われていた。先日レノーイとロニーに相談もして心は固まった。後は報告するだけだ。
ついでに夏休みのホベック語合宿の話も済ませよう。その前にロニーに話さなくてはな。
『ロニー 夏休みに入ったら一週間寮に泊まってくる』
「・・・どなたがですか?」
『私だ』
「・・・どちらへお泊りになると?」
『寮だ 学園の』
「聞き間違えではありませんでしたか」
『そんなに驚くことなのだろうか』
「恐らく前例のないことだとは思います」
『教師もそのように言っていたが・・・ホベック語を勉強するためだ』
「なるほど・・・レオ様の発案でございますね」
『半分はそうなるのかな』
「かしこまりました ご準備いたします」
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「遅い時間になって悪かったね」
『いえ お時間をいただきありがとうございます』
「待っていたわ レオ」
『王妃殿下もご一緒でしたか ありがとうございます』
「レオ 今は私たちしかいないのよ 殿下はよしてちょうだいな でなければ私もあなたのことを王子殿下と呼ぶわよ」
『わかりました母上』
「レオも少し付き合わないか?」
テーブルの上には既にグラスが三脚、それと白ワインが置かれていた。母上がお好きなワインだ。
『はい いただきます』
「それで 決まったのかね」
『はい』
「パルードか?それともメルトルッカか?」
「オスカリ様急かしすぎですわ まずはレオに話をさせてあげましょう
レオ パルードに気を使わなくてよいのですよ レオの希望を聞かせてちょうだい」
『はい 私は留学には行きません』
父上は当然のこと、これには母上も驚いた顔をしている。
『私は卒業後 一年をかけてこの国を見てきたいと考えています 一年で五十五全ての領地を廻ることは難しいですが、可能な限り周ってみたい』
お二人とも沈黙されている。父上はしきりに顎をさすりながら何を言うべきか迷っているようだ。
『駄目・・・でしょうか』
「あ・・・いや・・・レオがこのような結論を出すとは予想もしていなかったからね・・・いや・・・素晴らしいのだ 素晴らしいのだが・・・」
父上は私に留学をさせたいのだ。自分ができなかった経験を私にはさせてやりたいという親心なのだろう、私もその気持ちを無下にすることが心苦しく、この結論を出すまでに時間をかけてしまった。
「いつから考えていたのかね」
『きっかけは ノシュール領を訪問した時に立ち寄った町でした』
「そうか」
「レオ
レオがそれほどまでにこの国と真剣に向き合おうと考えていることはとても嬉しい これは王としての私の嘘偽りなき言葉だ だが息子には世界を見せてやりたい 違う世界を知ってほしい・・・これは父としての願望だ 困らせるとは解っているが言わずにはいれない」
・・・・・・
沈黙を破ったのは母上だった。
「どうして二人ともどちらかしか選択がないと思い込んでいるのかしら 本当にそっくりな親子ですこと」
ゆっくりとワインを一口含み、ニッコリと笑みを浮かべて続ける。
「一年しっかりと国を周って その後留学してもよろしいのではなくて?」
そんなことが許されるのか?と問うよりも先に父上が膝を叩いて言った。
「素晴らしいよイレネ 何故私にはそれが思い浮かばなかったのだ!
レオ!留学も一度は考えたのだろう?どの国だ?」
『は はい メルトルッカに行ってみたいと・・・』
「よし!決まりだ!三年後となるとまだ動くのは早いか 先に国内の調整だな 視察の順番はもう組んでいるのか?」
き、来た。一度決まると話が猛スピードで進み始める。父上はそういうお人だ。
『詳細はまだ何も 冬の間に準備をして春に出発できれば良いかと考えていました』
「ふむ・・・確かに冬にめがけて東部や北部へ向かうのは効率も良くない 出発の時期はそれが良いだろう 具体的に計画を立てなさい レオの計画を元に調整を進めよう」
『ありがとうございます』
「レオ あなた視察の後にも何か計画しているのではなくて?」
『はい・・・大まかにではありますが考えていることはあります』
私の空いたグラスに父上自らワインを注いだ。
「そうか それも聞かせておくれ」
『ありがとうございます はい少し長くなりますが・・・』
以前訪れた町で越冬させた人参のジュースの存在を知ったこと。良いものを作っても売る場がない、機会がない、そんな特産品がこの国には沢山埋もれているのではないかと思ったこと。
『この国は王都の一極集中です それを変えることは難しい でしたら王都で販売の場を作るのはどうかと考えました』
地方の領地を周り、私が直接王都とのパイプを引く。王都に地方の特産品だけを扱うマーケットを作りたい。一部の貴族だけにではなく、幅広い層に愛されるマーケットが良い。
「なるほど・・・
そのようなことを考えていたのか あの時お前をノシュールにやって本当に良かった」
「レオ 立派に成長しましたね 嬉しいわ」
『如何でしょうか 実現は可能でしょうか』
「これを正式に王太子の直轄事業とする レオ 王太子の初仕事だ 全てお前に任せるよ」
『ありがとうございます』
「留学前にマーケットの建設を始めておけばよいだろう 帰国する頃には完成しているはずだ その前に土地だな もう目星はつけてあるのかい?」
『はい ~~~』
遅くまで両親と語り合った。私の中でぼんやりと丸く浮かんでいたものが、どんどん形作られ根を張っていくかのようだった。




