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アレクシーの騎士科進学も決まったらしい。
専科への進学は本人の希望と教師の推薦で決まる。試験はないのだ。その代わり推薦が1つももらえなければ望みは完全に断たれる。再挑戦はない。
専科は全寮制だ。学費その他在学中の必要経費は全て国から支給される。平民にとって専科への進学はその後の人生が保証されるという意味でも極めて重大なことだ。だが、貴族令息令嬢にとっても狭き門であるが故に、進学を目指すものは教師の覚えを良くするため3年の間必死で鍛錬や勉学に励む。
次年度の騎士科進学者は4名だそうだ。何名が志望したのかは聞いていないが、選考が相当に厳しいことは予想がつく。
『スイーリ、ここでいい?』
「はい 、お手伝いしますね」
今私たちは王宮の森へ来ている。1年前スイーリの誕生日の日に初めて2人で来たあの東屋のある泉だ。
木陰に敷物を敷いて2人で座る。
ふぅーっ、ー脚を投げ出し大きく伸びをする。
つばの広い帽子を被ったスイーリも小さく伸びをしていた。
『はぁーっ、スイーリといると浄化される気がする』
「浄化、ですか?ふふ嬉しいです」
その笑顔だよ。うん、なんだか少し清らかになった気分だ。
『なんだかさ、最近心が汚れていっているような気がしていたんだ。スイーリの顔を見たら少し浄化された』
ぼやきのようなものなのに、スイーリは血相を変えて抗議する。
「まあ!レオ様のお心が汚れているだなんてあり得ませんわ」
そう思ってくれるのは嬉しいよ。でもな、そんなことないさ。
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数日前の昼休憩時、学園の庭でベンヤミン達と話をしていたところへアレクシーが通りかかった。
「アレクシー 聞いたぜ。騎士科合格おめでとう」
「おう!ありがとうなベンヤミン」
紹介するよと言って、アレクシーは隣にいた男を示した。
「会ったことなかったよな。ペットリィ=ビョルケイ、こいつも騎士科に合格したんだ」
「初めまして。ペットリィ=ビョルケイ、男爵家の嫡男です。よろしくお願いします」
『よろしく、ペットリィー』
ペットリィと目が合った時、全身の毛が逆立つような不快感を感じた。身体中が警戒音を発しているようだ。初めての感覚に戸惑う。
ビョルケイ、聞いたことのない名だ。[男爵家の数は非常に多い]とはいえ世代の近い子息がいる貴族家は全て記憶していたはずなのに、漏らしていたんだな。
「殿下は剣術の授業を受けておられないそうですね」
ペットリィが話しかけてくる。
『ああ、剣術は苦手でー授業にも興味がない』
アレクシー、そしてベンヤミンも「はっ?」とでも言いたそうな顔をしているが口を噤んでいる。そしてペットリィは雄弁に語り続けた。
「ご安心ください。必ずや騎士になりましてしっかりお守りいたしますよ」
『そうだな、その時は頼む』
不快だ。耳障りだ。聞いているだけで苦痛だ。
「レオ 、顔色悪いぞ」
アレクシーが慌てたような声を上げた。
「本当だ。大丈夫か?いつから調子が悪かった?」
ベンヤミンも私の顔を覗き込んでいる。調子は悪くないから心配するな。ちょっと不愉快になっているだけだ。理由は全くわからないけれど。
『なんともない』
「なんともないって顔じゃないぞ。ひとまず中へ入ろうぜ」
ベンヤミンの言葉に従うことにした。一刻も早くこの場を離れたかったんだ。
『アレクシー、ペットリィ、すまないがここで失礼する』
「俺たちも付き添うぞ、歩けるのか?」
悪いなアレクシー。今回ばかりは離れてくれないか。
『問題ない、大丈夫だ』
先程のあれは何だったのか。生理的な嫌悪などと言う程度ではなかった。絶対に信用するなと身体中が警告しているのが解った。他人に対してこのような感情を持ったことは一度もなかったのに何故。
「レオ、本当に大丈夫なのか?」
校舎に入ってからも、ベンヤミンが心配そうに何度も振り返る。
『突然すまなかった。もう全く問題ないよ』
ペットリィは優秀な学園生で、秋からは騎士科へと進学をする人物だ。今私の前にあるのはその事実のみ。『理由はないが気に入らない』私がうっかり漏らした言葉でペットリィの人生を狂わせてしまうことだってあるのだ。迂闊なことは言えない。
その日の夜、ビョルケイ家について調べてみた。ビョルケイ男爵は今年の春に叙爵されたばかりの新興貴族だった。ダールイベック領南端の小さな漁村に邸があるらしい。漁村から男爵へ、か。ありえないこともないのだろうがかなりレアなケースだろう。功績はなんだ?叙爵を受けるほどの功績ー
そこには[絹織物の普及に多大な貢献をした]と書かれてあった。家族構成は妻、長男。この長男がペットリィだ。学園に入学した時には平民だったということか。やはり相当の努力家で才能もある人物であることは間違いないらしい。
『不審な箇所は見当たらないか』
漁村で絹織物と言うのも若干気にかかるが、繊維工場があるのだろう。これについての詳細は書かれていなかった。
翌朝の鍛錬後、それとなくヴィルホに聞いてみた。
『ヴィルホは初対面の相手に、全身が拒絶するような感覚を持ったことはある?』
「いえ、ございませんね」
即答だった。そうだよな。
ないのが普通だ。私だって今までそのような経験は一度もなかった。
「そのようなものに会われたのですか?」
肯定も否定もしなかった。しかしその沈黙をヴィルホは肯定と受け取るだろう。
「私にはありませんが、騎士の中には直感に優れたものもおります。殿下もその力が備わっておられるのでしょう」
『どうなんだろうな』
曖昧に返事を返す。私の立場で軽はずみの発言はできない。
「しかし相手によりましては捨て置くこともできません。必要とあればそのものの名前をお教えください」
今は言えない。繰り返すがペットリィは、専科への推薦を受けるほど教師からの覚えもよい、優秀な学園生だ。ひとつの瑕疵もない。だが合わない。動物で言う天敵みたいな感じだ。
『いずれ力を借りるかもしれないし、ただの勘違いかもしれない。当分はヴィルホの胸の内へ納めておいてくれないか』
束の間思案した様子のヴィルホだったが「かしこまりました」と返事があった。
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「レオ様?」
『なあスイーリ、アレクシーは学園の友人を邸に招くことはあるのか?』
「いいえ、今までにはどなたもいらしていないと思います」
『そうか』
ペットリィとスイーリを会わせたくない。だが突然そんなことを言い出しても困惑するだろう。スイーリはあの男の存在すら知らないんだからな。私だってようやく名前と顔を知っている程度だ。
『アレクシーが友人を招くと言い出したら、スイーリは私のところへおいで。荒々しい騎士の卵たちに大切なスイーリを見せるわけにはいかない』
「レオ様」
スイーリは少し驚いたように目を丸くしたかと思うと頬を染めた。
『冗談だ、だが今後騎士科のものを紹介されたら、私にも知らせてくれないか』
「はい、もちろんお手紙に書きますわ」
『うん、そうしてほしい』
ここまでにしよう。貴重なスイーリとの時間をこれ以上あの男に奪われたくはない。
『さあ食べようか 。今日はカールがスイーリのためにベリーのタルトを焼いてくれたんだ』
バスケットを開ける。
カップを2つ取り出し、ポットからアイスティーを注いだ。
「この香り!アールグレイですね!」
『正解。リンゴンベリーのシロップ入りだ』




