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早いもので年度末のテストが終了した。私とベンヤミン、ヘルミはクラスを変わることなく1年を終えることができた。2年目の始まりもAクラスからスタートだ。そして入学当初のクラスメートもほぼ変わることなく、そのままAクラスに進級することが決まった。
『結局ホベック語は追いつけないままだったな』
ベンヤミンは1年間、別カリキュラムでホベック語の授業を受け続けた。指導する教師も大変だったとは思うが、試験も私たちと同じものは受けられず、代わりに大量の課題提出を課せられていたのだ。
「2年生こそは同じ授業を受けられるようになりたいですね」
『夏休み返上するか』
「えっ?!」
瞬時にマルクスの顔が青ざめたのがわかった。
『冗談だマルクス。私も休暇は欲しい
だが、追いつくにはそこしかないよな』
ベンヤミンと同じ時間だけでは永久に追いつけないんだ。
『ベンヤミンは領地へ帰るんだったな』
「船だからすぐ戻って来られるぞ。レオも行くか?」
運河が完成し、王都とノシュール領が水路で行き来できるようになった。早速ベンヤミンとデニスは船旅を楽しんでくるらしい。
『それもいいが。マルクスたちの予定はどうなっている?』
「僕は王都で過ごします」「俺もです」「僕も予定はありません」
私も含めた残りの4人は王都で夏を過ごすようだ。
『そうか。これは相談なのだが、1週間ほど集中してホベック語の勉強をしないか?』
「やります!」「僕もお願いします」
「俺もやりたいです。早くベンヤミンに追いつきたいですから」
意欲の高い仲間でよかった。
この国ではさほど馴染みがないが、語学のみを学ぶ留学というものもあるらしい。語学の習得のみを目的とした留学だ。実際にホベックへ赴くことは不可能でも疑似的にその環境を作り出すのはどうか。終日ホベック語のみを使用し、ホベック語で生活を送るんだ。多分この方法が最も効果的だ。
ただ、誰に指導を頼めばよいか。生憎ホベック人に心当たりはない。いや話せることと指導力はまた別だ。ホベック語の指導ができるもの、思いつくのはやっぱり1人しかいなかった。
『よし、頼んでくるか』
せっかく4人の意志が固まったんだ。ここは早く動くに限る。
「えっ何?レオどこ行くの?」
『ああ、ベンヤミンは待っててくれ。ビリーク先生に頼んでみようと思う』
ホベック語の担当教師だもんな。まずはビリーク先生に頼みこもう。予定が合わないなら知人を紹介してもらうと言うのでもいい。先生にはホベックに伝手があるだろうから。
「俺も行きます!」「僕も!」
「とりあえず俺も行くわ」
結局5人揃ってホベック語の準備室へ向かった。ホベック語教師はビリーク先生1人のため、先生の個室みたいなものだ。
『ご相談があって伺いました』
「どうした全員揃って。まずは入りなさい」
1人で使うには充分な広さの準備室だ。棚にはホベックのものと思われる書籍がぎっしりと並んでいる。
先生もお忙しいことだろう。担当しているのは全学年の履修生徒だからな。ここは単刀直入に行こう。
『夏休みに指導をお願いしたいのですが、先生のご都合はいかがでしょう』
束の間考える素振りを見せたビリーク先生が質問を返してきた。
「どの程度の指導が希望かな」
『年度初めに先生が立てた予定までお願いします』
2年になったらベンヤミンと同じ授業が受けたい、そうマルクスが言っていた。その為には私たちが先生の予定したレベルまで努力する他ない。
なのに、ビリーク先生は言葉を濁した。
「ーあ!いや、あの時は僕もつい熱くなってしまってね。君たちはこの1年、十二分に努力してきた。自信を持っていい」
これは、無理だ諦めろと言う慰めだろうか。
予定を組み直してもらうよう願い出るべきか思案していたところ、先にノアが先生の説得を始めた。
「お願いします先生。ベンヤミンと同じ授業早く受けたいですから」
「そうです、よろしくお願いします」
ちょっと驚いたんだ。私が思っていたよりも遥かに皆やる気だったんだな。
「う、うぅ」
小さな呻き声を上げたかと思うと、先生は背中を丸め震え出してしまった。
『ど、どうしましたか?』
「変なものでも食べたんじゃ」
準備室で飲み食いを?いや、あり得るか。個室だもんな。
「先生歩けますか 、医務室まで行きましょう」
誰もが急な腹痛を起こしたのだろうと思った。が、先生の腹は正常だったんだ。
「うう、違う。素晴らしいぞ、私は今、猛烈に感動していた。かつてこれ程までホベック語を熱心に学ぼうとしてくれた生徒がいただろうか。否!よし!僕に全て任せてくれたまえ。必ずや希望を叶えてみせよう」
急な腹痛ではなかったことは幸いだ。
今度は顎を拳で支えながら部屋の中を行ったり来たり。
人って考えるとき本当にこういう行動取るんだな。
「やはり、朝から夕刻までぎっしりホベック漬けの1週間!どうだ!」
とっておきの案!とばかりに先生は拳を突き上げた。
『それならば合宿はどうですか?』
既に相談済みだったしな。皆、そのつもりでここに相談に来たんだ。
「そう!それが言いたかっーいや、流石に、そ れは、無理だ」
前半の勢いが完全に失速してしまった。最後の部分はささやきのような小声だったよ。
『何故ですか?』
「何故って今まで一度も」
どうにも歯がゆい。原因は私か?
「レオくん、王族を寮に泊めるわけにはいくまい」
やはり私だったな。妙な話だ。今だって、専科にはパルードの王族が留学してるんだからさ。
『禁止されているわけではないのですね?でしたら問題はありません。皆はどうだ?無理強いはしない」
「僕泊まりたいです!なんだか楽しそうー」
「俺も泊まりに来ます!ワクワクしてきた」
すかさず、やや呆れ口調の先生が釘を刺す。
「おい解っていると思うが遊びではないぞ。寮の中でも当然ステファンマルク語は禁止だ」
「はい!楽しみです!」
「話聞いてたか?始まってから泣いても帰してやらんぞ」
決まったみたいだ。
「それと、ノシュール君も参加するのかい?」
「いえ、俺は領地へ戻る予定です」
「そうか。では新年度の授業を楽しみにしているといい。驚かせてやると約束しよう」
「はい、俺もしっかりと勉強し直しておきます」
先生が諸々の調整を図って下さることになった。私たちは自分の支度だけ済ませるようにとのことだ。
「詳細が決まったら授業の時に伝えよう」
『ありがとうございます。ご指導よろしくお願いいたします』
こうして話がまとまり、退出した後ビリークがぽつりと呟いたことは、レオ達が知らないこと。
「はぁ、人数が少なくてどうなることかと思ったが、いい学年だな。教え甲斐があっていい子ばかりだよ」
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『レノーイはいるかな』
「いらっしゃるとは思いますが、確認して参ります」
すぐさま出て行こうとするロニーを止めた。
『ああ、いいよ。一緒に行く』
長年私にメルトルッカ語を指導してくれていたレノーイは、王宮に自分の部屋を持っている。確か城下に住まいもあるはずなのだが、そちらへ帰っている気配はない。
ロニーが扉を叩くと、中から何かの崩れる音がした。
「いらっしゃるようですね」
『そのようだな』
漸暫くして扉が開いた。
「やや王子殿下ではございませんか。このような夜更けにいかがなされましたかな」
そんなに遅い時間だったのだろうか。レノーイよりも先にロニーを見る。ロニーは首を横に振っていた。
「9時を回ったところでございます」
「あなや!」
相変わらず揶揄われているのかもしれないけれど、レノーイは早く寝る習慣があるのかもしれない。睡眠時間を削ってまで急ぐ話ではないから、今夜はレノーイの都合だけ聞いて戻ろう。
『少しレノーイと話がしたかったのだが、出直すよ』
「いやいやレオ様。この年寄りとお話しくださるとは有り難きこと。どうぞお入りくださいませ」
そういうことなら遠慮なく。
『失礼する』
レノーイとのメルトルッカ語は授業と言う形ではなくなったが、会話は今も続けている。
〈それではここからはメルトルッカ語と参りましょうか〉
《うん、今日はレノーイに相談に乗ってほしいことがあるんだ》
〈留学のことでございましょうか?〉
《それも含めて》
数年先の話だ。全く急ぐ内容ではない。けれどさ、そうのんびりともしてられないのも事実なんだ。
『ロニーもこちらへ座って一緒に聞いてくれないか』
《レノーイ、ロニーはメルトルッカ語が堪能だ》
〈承知いたしました。ではこのままメルトルッカ語で会話を続けましょう〉
〈失礼いたします〉
ロニーも椅子に座った。
私は学園を卒業後の相談をした。やりたいこと、理由、期間や規模。今の段階で考えていることを全てレノーイとロニーに話した。
〈ほうほう。レオ様のお考え、お気持ちよくわかりました。もうお答えは出ているように思いましたが、そのまま陛下へお伝えされてはどうですかな〉
〈陛下がご反対なされることはないと私も思いますね〉
レノーイとロニーが認めてくれたことで自信がついた。
《二人とも聞いてくれてありがとう。近々陛下にご相談してくる。レノーイまた報告に来るよ》
〈いつでもお待ちしておりますぞ。レオ様といると孫と話すようで年寄りには何よりの楽しみです故〉
《私もレノーイを祖父のように感じることはあるが、そこまで歳じゃないよね》
〈さあ どうでしたかな〉
最後はいつもこうだ。レノーイは年齢の話をするとすぐにごまかす。なんだかさ、とても若いんじゃないかとも思うんだ。




